「……………………いつもの婆さんじゃ、ない?」
警備兵はゆっくりと口を開いた。
そして、たっぷりと時間をかけて、そんなことをつぶやいた。
どう見たって婆さんではないだろう。この容姿を作り上げるのに何時間かけたと思ってんだ、とは口が裂けても言えない。
サクラはふと、ヴァルカのことを思い出した。
クロビスと関係がある人物で婆さんと呼ばれる者は、ヴァルカしか思いつかない。
「いつもの婆さんですか? もしかして、ヴァルカさんのことでしょうかね」
サクラの問いに、警備兵は困惑した顔をして頬をかいた。
「申し訳ない。名前は知らないが、騒がしい婆さんのことだ。軍医殿のとこの手伝いっていったら、あの騒がしい婆さんだからな」
「あら、じゃあやっぱりヴァルカさんだわ」
騒がしい婆さんって2回もおっしゃいましたね、とはさすがにつっこめない。
サクラも騒がしい婆さんを、あっさりとヴァルカのことだと判断してしまった。警備兵に文句を言える立場ではない。
そんなことをサクラが考えていると、ノルウェットが会話に入ってきた。
「こちらはうちの師匠の婚約者さまですー」
ノルウェットのこのひと言に、警備兵の動きがまた止まる。
「サクラさんって言うんですよー。入城の手続きをお願いします!」
サクラを間近でみつめながら目をぱちくりとさせている警備兵に、ノルウェットが明るく言った。
その瞬間、警備兵がノルウェットを振り返り、素っとん狂な声で尋ねる。
「師匠ってあれだよな。軍医殿だよな?」
「はい! クロビスさまですー」
「軍医殿に婚約者なんて、いたのか?」
「はい! 僕も最初は驚きましたー。お二人はとっても仲良しさんですよ」
ニコニコと笑いながらノルウェットが答える。
兵士はあんぐりと口を開けると、視線をサクラに戻した。
「……マ、マジで軍医殿の婚約者さん?」
「え、ええ。サクラと申します。よろしくお願いいたしますわ」
サクラは荷物を地面に置いた。
身だしなみを軽く整えると、兵士に向かって丁寧にお辞儀をする。
しかし、兵士は黙ったまま固まっていた。
ぎょろぎょろと視線だけを動かして、じっとサクラをみつめてくる。
──な、なにごとなの? まさか、異世界人かどうか見極めていたりするのかな。
警備兵はサクラのことを、上から下までじっくりと眺めている。
何度も何度も、視線が上下に動いている。
──もしここで稀人判定されたらどうする? いきなり切りかかられたらどうしよう? どう対応するのが正解なの⁉︎
警備兵はなにも言わない。
ただ黙ってサクラを見ている。
サクラには、この時間が恐ろしくてたまらなかった。