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第3話

「……………………いつもの婆さんじゃ、ない?」


 警備兵はゆっくりと口を開いた。

 そして、たっぷりと時間をかけて、そんなことをつぶやいた。


 どう見たって婆さんではないだろう。この容姿を作り上げるのに何時間かけたと思ってんだ、とは口が裂けても言えない。


 サクラはふと、ヴァルカのことを思い出した。

 クロビスと関係がある人物で婆さんと呼ばれる者は、ヴァルカしか思いつかない。


「いつもの婆さんですか? もしかして、ヴァルカさんのことでしょうかね」


 サクラの問いに、警備兵は困惑した顔をして頬をかいた。


「申し訳ない。名前は知らないが、騒がしい婆さんのことだ。軍医殿のとこの手伝いっていったら、あの騒がしい婆さんだからな」


「あら、じゃあやっぱりヴァルカさんだわ」


 騒がしい婆さんって2回もおっしゃいましたね、とはさすがにつっこめない。

 サクラも騒がしい婆さんを、あっさりとヴァルカのことだと判断してしまった。警備兵に文句を言える立場ではない。


 そんなことをサクラが考えていると、ノルウェットが会話に入ってきた。


「こちらはうちの師匠の婚約者さまですー」


 ノルウェットのこのひと言に、警備兵の動きがまた止まる。


「サクラさんって言うんですよー。入城の手続きをお願いします!」


 サクラを間近でみつめながら目をぱちくりとさせている警備兵に、ノルウェットが明るく言った。

 その瞬間、警備兵がノルウェットを振り返り、素っとん狂な声で尋ねる。


「師匠ってあれだよな。軍医殿だよな?」


「はい! クロビスさまですー」


「軍医殿に婚約者なんて、いたのか?」


「はい! 僕も最初は驚きましたー。お二人はとっても仲良しさんですよ」


 ニコニコと笑いながらノルウェットが答える。

 兵士はあんぐりと口を開けると、視線をサクラに戻した。


「……マ、マジで軍医殿の婚約者さん?」


「え、ええ。サクラと申します。よろしくお願いいたしますわ」


 サクラは荷物を地面に置いた。

 身だしなみを軽く整えると、兵士に向かって丁寧にお辞儀をする。


 しかし、兵士は黙ったまま固まっていた。

 ぎょろぎょろと視線だけを動かして、じっとサクラをみつめてくる。


 ──な、なにごとなの? まさか、異世界人かどうか見極めていたりするのかな。


 警備兵はサクラのことを、上から下までじっくりと眺めている。

 何度も何度も、視線が上下に動いている。


 ──もしここで稀人判定されたらどうする? いきなり切りかかられたらどうしよう? どう対応するのが正解なの⁉︎


 警備兵はなにも言わない。

 ただ黙ってサクラを見ている。


 サクラには、この時間が恐ろしくてたまらなかった。

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