「とうとう来ちゃった。来てしまったわ」
サクラの目の前には、見慣れた城門がそびえ立っている。
その目の前で微動だにせずに佇んで警備をしている兵士の姿も、飽きるほど見覚えがある。
「街の中を歩いていても負けイベントは発生しなかったもの。大丈夫、お城の中に入ったってなにも起きない。大丈夫、怖くない」
サクラは自分に言い聞かせるように、何度もそんなことをつぶやいていた。
ぶつくさとぼやき続けるサクラを、ノルウェットは不思議そうな顔をしてみつめてくる。
「あのう、サクラさん。お忙しいところ申し訳ないのですが、こちらで入城の手続きをしていただきたいのですー」
「……あ、ごめんね。ついついぼんやりしちゃってたわ。お城の中に入るのに手続きとか必要なんだね」
「はい! ここは領主さまのお住まいですからね」
「……そっか、そうだよね。そりゃそういうものだよね」
ノルウェットが胸を張って得意げに答えた。
領主の居城で働けるというのは、きっと立派なことなのだ。
ノルウェットにとって、自慢したくなるような誇らしいことなのだろう。
「普通は重要な場所に立ち入るときには、手続きくらいするわよね。道場破りスタイルで突撃していくほうがおかしいんだよね」
サクラがゲームをプレイしていたときは、城門前の兵士を切り捨てて堂々と城内に侵入していた。
たいていのRPGゲームでも同様のことが行われている。
プレイヤーの操る主人公キャラクターは、基本的にどんな場所でも不法侵入スタイルで突き進んでいくのだ。
壺を割ったり、棚をあさったり、時には宝物を堂々と自分の所有物にしてしまったり。
そこにいる者を切り捨てて、身につけている装備品を奪い取ってしまうことすらよくあることだ。
とにかく、プレイヤーはやりたい放題なのである。
ゲームの中であれば、それが当たり前なのだ。
コンピュータRPGゲーム内でそういった行為をすることに、躊躇などない。
サクラはそういった行為をせずにゲームクリアしたことなど、きっと一度もないだろう。
しかし、常識的に考えれば非道な犯罪行為であることは間違いない。
執行猶予がつかない可能性のある犯罪のオンパレードなのだ。
「おい、軍医殿のところの坊主じゃないか。そんな大荷物を抱えてどうした?」
城門の前でサクラがノルウェットと話をしていると、声をかけられた。
声をかけてきたのは、城門警備をしていた兵士だ。
ここは、この地域一帯を治める領主の城なのだ。厳しい目を持った警備兵がいて当然である。
サクラたちがいつまでも入城手続きをせずに、門の前に立っているので怪しんでいるのだろう。
サクラは警備兵からの問いかけに、自然とからだに力が入ってしまう。
──大丈夫、絶対に大丈夫。ノルくんと一緒にいるんだし。稀人だってバレてないんだから、いきなり切りかかってきたりはしないはず。
そう言い聞かせても、不安を消し去ることはできない。
なにせ、この城はゲームをプレイしている者にとって、最初の難関だからである。
城という作り込まれた立体的なダンジョン。
そこを探索しながら敵との戦闘や駆け引きが楽しめるレベルデザインと攻略性の高いマップ。
そしてなにより、ここにはゲーム内のメインストーリー攻略に討伐必須のボスが存在する。
中ボス一体、大ボス一体の、合計二体だ。
死にゲーのストーリー攻略に討伐必須のボスともなれば、その強さは折り紙つきだ。
ゲームの発売初日には、両ボスともにその名前がSNSを賑わせトレンド入りしていたほどだ。
そのボスたちに辿り着くまでの道中に点在している名前のないモブの敵すらも、やりごたえのある強さとなっている。
つまり、目の前の兵士も舐めてかかると、あっという間に命を取られてしまうのだ。