「ちょ、ちょっとヴァルカさん。さっきからそんなに取り乱してどうしちゃったのよ?」
ヴァルカはがっしりとサクラの腕を掴んできた。
今度はそのまま、わんわんと泣きはじめる。
サクラは泣き喚くヴァルカをなんとかなだめながら、近くにある応接室に彼女を連れていった。
応接室の中には、大きなソファがある。サクラはそこへヴァルカを押すようにして座らせた。
「……どうかな? 少しは落ち着いたかしら」
サクラはヴァルカの隣に座る。彼女の背中を優しく撫でながら、そっと声をかけた。
「ええ、ええ。私としたことが、サクラさまにお手間をかけさせてしまうなんて……。もうしわけございませんわ」
「そんなことはさ、まったくかまわないのだけどね。あんまりに泣くから心配になっちゃうよ」
ヴァルカは取り出したハンカチで、勢いよく鼻水を拭く。
それでも顔はぐちゃぐちゃだったが、ヴァルカはどうにか呼吸を整えてサクラに視線を向けてきた。
「ですがですが、サクラさまが婆やの心配することをおっしゃるからいけないのですわ。衝撃のあまり、倒れてしまうかと思いましたもの」
ヴァルカは鼻の穴を大きく膨らませながら訴えてくる。
せっかく泣き止んだが、彼女の興奮はおさまってはいない。
「私は老いさき短い身でございます。いつまでも旦那さまのお世話をするわけにはまいりません」
「いやだなヴァルカさん。そんな老いさき短いだなんて、悲しいことは言わないでくださいよ」
「いいえいいえ! そんな建前はけっこうですわ。婆やは真面目に話をしておりますの」
ヴァルカはカッと目を見開いて、サクラに顔を近づけてきた。
サクラは驚いてからだを後ろに引いたが、ヴァルカに肩を掴まれて戻されてしまう。
「どうか、どうかお願いいたします。サクラさまには、いつまでもあの方の伴侶としてそばにいてさしあげてほしいのです」
いつになく真剣なまなざしのヴァルカに、サクラはなにも言えなくなってしまう。
そんなサクラをみつめながら、ヴァルカは穏やかに微笑んだ。
「旦那さまがおっしゃらないので、婆やからはなにも言いませんでしたが。私はお二人が本当は恋人などではないことはわかっておりますわ」
そう言われて、サクラは肩をびくりと震わせてしまった。
サクラの肩に手を置いているヴァルカには、動揺が伝わってしまっただろう。
返答に困っていると、ヴァルカはサクラの頬に手をあててきた。
「旦那さまは、とてもとてもお優しいかたですからね。きっとお困りのサクラさまを放っておけずに、自宅まで連れ帰ってこられたのでしょう?」
「…………いままでにも、そういうことがあったの?」
サクラがおずおずと尋ねると、ヴァルカは大きく頷いた。
「ですがですが、自宅でお世話を続けるなんてそうそうないことです。きっとサクラさまに特別な感情があってのことですわ」
だから出て行く準備をするだなんて言わないでほしい、ヴァルカは絞り出すような声で語った。
「どうかどうか、ご安心なさってくださいまし。サクラさまに愛情が芽生えているように、旦那さまもきっと……」
ヴァルカがサクラに縋りつくような視線を向けてくる。
そんな言い方をされてしまっては、勘違いしそうになる。
──もしかしたら、私もクロビスに対してこんな顔を向けていたのかな。クロビスは私が異世界人にだから優しくしてくれているってわかっているけど……でも。