「サクラさま! なにをぼんやりなさっているのですか。てきぱき手を動かしてくださいませ」
「──っは、はい! サクラてきぱき動きます」
考えごとをしながら朝食の乗った皿を運んでいたことが、ヴァルカにバレてしまう。
大声で指導を受けてしまい、サクラは背筋を伸ばして返事をした。
サクラはそこから、きびきびとからだを動かして食卓の上に皿を並べはじめる。
「……よし、これで完璧だわ」
「おはようございますサクラさん。わあ、今日もおいしそうなごはんがいっぱいですねえ」
「あら、おはようノルくん」
ちょうどサクラが食卓に朝食を並べ終わったとき、クロビスの弟子であるノルウェットが食堂にやってきた。
サクラがこの家にやってきた日、脱衣所から大声をあげて走り去っていった少年だ。
「わお、ノルくんってば。今日も寝ぐせがすごいままだよ」
「えへへ、遅くまで本を読んでいたら寝坊しそうになってしまってえ」
ノルウェットの頭は、みごとな鳥の巣状態だった。
──ゲームだと、自キャラのアバターにわざとこういう髪型させる人っているよね。しかも、そういう人にかぎってめっちゃ対人とか強いの。
ノルウェットはサクラに寝ぐせを指摘されると、慌てて髪の毛をおさえる。
しかし、指の間からおさえきれない髪の毛が飛び出していて、サクラは声を出して笑った。
「あはははは! 毎朝のことだけど芸術的な髪型だねぇ」
「まあまあ、サクラさま。なにを笑っていらっしゃるのですか。あらあら、ノルウェットさまでございますね。おはようございますわ」
「おはようございます。今日もポットから素敵な香りがしますねぇ」
ノルウェットのすぐあとに、ティーポットを持ったヴァルカが食堂へ顔をみせた。
ヴァルカはニコニコと機嫌よさそうに笑って、ノルウェットに朝の挨拶をする。
そんなヴァルカに挨拶を返そうと、ノルウェットは頭をおさえていた手をおろす。
すると、彼の髪の毛が重力に逆らってくるんと立ち上がってしまう。
「んまあ、ノルウェットさま! 身だしなみをきちんと整えてからお食事にくるようにと、何度おつたえすればおわかりいただけるのですか」
「ご、ごめんなさいー。ついつい夜更かしをしてしまいましてえ」
「まあまあ、言い訳はけっこうですわ! 旦那さまがいらっしゃる前に直してきてくださいまし」
ぺこぺこと頭を下げているノルウェットに、ヴァルカは大声をあげる。
朝も早くから大賑わい。
これがこの家の日常の風景だ。
「……まったく、朝から騒々しいですね」
ヴァルカとノルウェットがぎゃあぎゃあと騒いでいる。
そこへ、家の主であるクロビスがのっそりと姿をあらわした。
「おはようごさいますご主人さま。今日もいつも通りでなによりだね」
「おはようございます。そうですね、変わらない毎日というありがたみを嚙みしめるべきかもしれません」
サクラが挨拶をすると、クロビスはそれに素っ気なく答えながら席に着く。
「ヴァルカ、ノルウェット、もういいから席につきなさい。落ち着いて食事ができない」
席に着いたクロビスは、目覚めのコーヒーを一杯飲む。
そうしていると、たいていはヴァルカとノルウェットの喧騒はおさまる。
しかし、今日はそれでも静かにならず、クロビスはため息交じりに二人へ声をかけた。
「あらあらまあまあ。騒がしくて申し訳ございませんわ、旦那さま」
「師匠、いらしていたのですね。失礼いたしました!」
ヴァルカとノルウェットの二人は、クロビスの存在に気がつくと慌てて席についた。
この家では使用人と弟子が主人と同じ食卓につく。
どうやら主人であるクロビスの方針らしい。
サクラはヴァルカとノルウェットの二人が席についたことを確認して、自分も席についた。
屋敷の主のクロビス、使用人のヴァルカと弟子のノルウェット、それから主の婚約者であるサクラ。
こうして同じ屋根の下で暮らす四人での生活のいち日が幕を開ける。