「普通に生きている人間と変わりないように思うのですが、これが作り物の肉体とは驚きました。あなたのいた世界はずいぶん魔術が発達しているのですね」
「うーん、魔術とは違うはずなんだけどね。この世界へやってくる直前の記憶がなくて、私にもこの状況は説明できないの」
「それは残念です。医師としてあなたのからだの作りがとても気になります」
サクラの頬を撫でたり軽くつねったりしながら、クロビスはまるで子供のように無邪気に笑っている。
「機会があれば、少しおからだを調べさせていただいてもよろしいですか?」
「さすがに解剖したいだとか、そういうのは嫌よ。触ったり採血したりするくらいならいいけど……」
サクラの返答を聞いた途端、クロビスは薄笑いで唇をゆがめた。
「……痛いのは絶対ダメだからね。睡眠薬とか、そういうのも勘弁してよ?」
「くすぐったいと感じる程度には、感覚があるようですねえ」
クロビスがそう言いながら気味の悪い笑顔をするので、サクラは目を細めてキッと睨みつける。
すると、クロビスは穏やかに微笑みを浮かべた。
「ご不快になるようなことはしませんよ。それよりも、服の着方がわからないのなら着付けてさしあげます。いかがいたしますか、婚約者どの?」
「……それはどうもありがとう」
サクラは負けずに微笑み返し、クロビスにからだを預けるように両手を大きく広げた。
てっきりもう少しくらいからだに触れられるのかと思っていた。
しかし、クロビスは手際よくサクラに服を着させてくれただけだった。
「こうして女性の服を脱ぎ着させるのはお得意なのかしらね」
「こう見えて私は医師なものですから。衣服の着脱の介助くらいできますよ」
「……なんだか介助と言われてしまうと、少しばかりがっかりするのはなぜかしらね」
「残念ながら、私に人形を抱く趣味はありませんから。人形の着せ替えをする趣味もないはずなのですけどね」
服を着せてくれたあと、クロビスはサクラの肩に手を置いた。
そうして、じっくりとサクラのからだを上から下まで眺めたあとに、ぽつりと呟いた。
「……ヴァルカに仕立屋を呼ぶように言っておきます」
「あらあら、着せ替えしたくなっちゃった?」
サクラが意地悪く笑うと、クロビスは出会ってから何度目かわからないため息をついた。
「仕立屋には流行りの服を作るようにしてもらいますが、あなたからも採寸のときに直接つたえてください」
「……ああ、そういうことなのね。わかった、ご主人さまの意向だってきちんとつたえるわ」
ヴァルカがサクラのために用意してくれた服は、どうやら古風なデザインらしい。
サクラはゆっくりと頷きながら返事をする。
──それにしても、クロビスって女性ものの服の流行りまで把握しているんだ。なんか、想像していたキャラクター像からどんどんかけ離れていくんだけど⁉︎
サクラはクロビスの意外な一面をまたひとつ知ることになった。