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「……なるほど。そういうことでしたか」
サクラの説明をひと通り聞いたクロビスは、顎に手をあてて大きく頷く。
「高所から地面に叩きつけられても無事だったのは、いまのあなたのからだは作り物の肉体だからなのでしょうか」
クロビスがあっさりと話を信じてくれたようで、サクラはひとまず安心する。
荒唐無稽な話をしていると、呆れられなくてよかった。
現状サクラがこの世界で頼れるのはクロビスだけなのだ。彼にはできるだけ不信感を抱かれたくはない。
万が一このままクロビスの家から放りだされてしまったら、そこで負けイベントが発生してしまうという事態をもっとも恐れていた。
「彼方からやってくる流れ人は、皆そうしているのでしょうか。強いからだに魂を入れ替えてやってくるのですか?」
「さあ、それはどうなのかわからないけれど……」
考えてみれば、このゲームの世界には人形を操る魔術が存在しているはずだ。
魔術師たちが人のからだを精巧に模した人形を作り、そこへ死者の魂を入れて操るという術を使用していた。
ゲーム内ではプレイヤーを襲ってくることのない一般的な市民の姿をしているモブキャラが、実は姿を隠している魔術師が操っている人形だということがあった。プレイヤーが市民に背中を見せた途端に、襲い掛かってくる。
初見で見抜くことはまず不可能で、必ず一度は死ぬことになるトラップのひとつだ。
ゲームシナリオの後半で登場する魔術なので、おそらく習得するのは困難な魔術のはずだ。
一般的に浸透している術のようには感じられないが、物体に魂を入れ込む技術があること自体は当たり前の知識としては広まっているのかもしれない。
「私は自分以外の異世界人がこの世界にいることだって知らないし。この世界に来てしまった人がいるとして、みんな私と同じ状態かどうかなんてさっぱりだわ」
「なるほど。そうなのですね」
サクラが答えると、クロビスは不満そうに顔を歪めて鼻を鳴らした。
「もし人工的に作り上げた肉体に魂を入れているのだとしても、正直にそのことを教えてくださる善良なお方がいらっしゃるとも思えませんしね」
クロビスが蔑むような視線をサクラに向けてくる。
その態度にひっかかりを覚えたサクラは、腕を組んで彼をじっとみつめた。
「ちょっと待って。それって真実をあなたに話した私のことを馬鹿にしているの?」
「どう受け取るのかは、あなたにお任せいたします」
クロビスはにこりと微笑むと、サクラの頬を両手で包みこむ。
いまサクラがいるのはクロビスの自宅だ。身分を証明するための仮面を、彼はもう身につけていない。
ゲームをプレイしているときにはわからなかったが、こうも表情がころころと変わる人なのだと意外に感じる。
仮面をしているときは無骨な雰囲気が感じられることもあったが、こうしていると見た目の歳よりも若い印象すら受ける。