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第9話

 ──どうしてここまでの道中で気づかなかったのよ! 私はこの世界にアバターの姿で転生してきたってことなの? 私は元の世界で死んじゃったってこと? わけがわからない!


 落ち着こうとしてもできなかった。

 顔を上げてもういちど鏡を見てみる。

 やはり、そこに映り込んでいるのは、間違いなくサクラがゲーム内で使用していたアバターの姿だった。


 ゲームの発売日に丸一日かけて作り上げた、愛着のあるキャラクターの姿だ。

 頭のてっぺんからつま先まで、自分の思い描く最高の美女を作り上げようと時間をかけたのだ。


 手足の長いすらっとした長身の女性。

 出るとこは出ていて、そうでないところはしっかりと引き締まっている。

 まっすぐな艶めく黒髪が腰まで伸びているのは、ものぐさな現実の自分ではあり得ないことだ。


「……うそうそうそうそ。なんで、思い出せない。どうしてこうなっちゃったんだっけ?」


 鏡の前でぶつぶつと小声で囁き続けるサクラを前にして、ヴァルカが再び涙を流す。

 きっと彼女には、サクラが家族を失ったことが受け入れられず、錯乱したように見えたのだろう。


「とつぜん叫び声が聞こえたと思ったら、そんな格好でなにをしているのですか」


 背後からクロビスの声が聞こえた。 

 その瞬間、ふわりとからだがなにかに包み込まれる。


「せっかく温まったからだが冷えてしまいますよ」


 素っ裸の状態で肩に服をひっかけていただけなので、腰を抜かしたときに落ちてしまっていたらしい。

 クロビスが背後から脱衣所の床に落ちていた服をかけてくれた。


「あ、あのね、わたし!」


 鏡にクロビスの姿が映り込む。サクラは彼を振り返り、今の状態を説明しようとした。

 しかし、今の姿が本来の自分のものではなく、自分が作りあげたアバターのものだということはどう言えば伝わるのか。

 サクラは勢いよく立ち上がると、クロビスの腕にしがみついた。


 ──ど、どうしよう。なんて説明すればいいの? 分身、それとも写し身といえばわかるかな。いや、このことは伝えないほうがいいの?


 サクラがあれこれ考えて苦しんでいると、クロビスがゆっくりと息を吐いた。


「申し訳ないですが、お二人とも外に出てくれますか? 私とサクラだけで話がしたいのです」


 クロビスが室内にいる者に声をかける。

 てっきり室内にいるのは自分とクロビス、それからヴァルカの三人だと思っていた。

 クロビスが「お二人とも」と声をかけたので、サクラは視線を動かして、室内にいるもう一人の人物を探した。

 サクラはすぐに、脱衣所の入り口に少年が立っていることに気がついた。

 少年はサクラと目が合うと、慌てて視線をそらして声を上げる?


「──っご、ごめんなさい! あまりに大きな悲鳴だったので、一大事だと思ったんです。けしてのぞきをしようとか、そういうことではありませんからあああああ」


 少年は頬を赤く染めてそう叫ぶと、背中を向けて走り去っていった。

 そのあとを追うように、ヴァルカもクロビスに向かって一礼してから脱衣所を出ていく。


「落ち着きのない子供ですみません。とはいえ、あなたが叫び声なんてあげるからですよ」


「こ、子供? まさかあなたの息子さんなのかしら」


「勘違いしないでください。あれは私の弟子です。住み込みで雑務をこなしながら、医者になるための勉学に励んでいるのです」


「あら、そうなのね。あなたは意外とかっこいいから、子供の一人二人いてもおかしくないと思っちゃった」


 サクラは苦笑いを浮かべながら、少年の出て行った脱衣所の扉をみつめて大きく頷く。

 クロビスと会話をしているうちに、鏡を見た衝撃がすっかり落ち着いていた。


「さてと、彼のことはまた後できちんと紹介するとして。どうして叫び声なんてあげたのですか?」


「……ちょっと服の着方がわからなくて鏡を見ただけなんだけどね。実は……」


 悩んだ結果、サクラは正直に事実をクロビスに話すことに決めた。

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