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第8話

 サクラがヴァルカに腕を引かれてやってきたのは風呂だった。

 着ていた服を無理やり脱がされ、浴室の中に押し込まれる。

 そのままヴァルカにからだを洗われそうになったサクラは、慌てて彼女を浴室の外に出そうとする。


「だ、大丈夫です! 一人ではいれますから」


「あらあら、そうですか? 遠慮しなくてもいいのですよ」


「本当に大丈夫です! なにかあれば声をかけますから、一人にしてほしいです」


 人にからだを洗われるというのは、どうにも気恥ずかしい。

 手伝うと言って聞かないヴァルカを、サクラはなんとか浴室から追い出した。

 しかし、サクラの言い方が悪かったのか、ヴァルカは目を潤ませていた。彼女は黙ったまま頷くと、静かに脱衣所から出ていった。


「……もしかして、クロビスの作った設定のせいでめちゃくちゃ落ち込んでいるって勘違いされた? いや、落ち込んでいるって思われていた方が余計な詮索されないだろうからいいんだけどさ……」


 サクラは言い方をもっと考えるべきだったと反省する。

 うんうん呻きながら、サクラは今後のヴァルカとの接し方を湯船の中で考えた。


 ──いくらクロビスの使用人といったって、私の味方とは限らないもの。できるだけ敵対関係にならないように注意しないといけないよね。


 そうしてどれほどの時間が経過していたのか、浴室の外からヴァルカにそっと声をかけられてしまった。


「……もしもしサクラさま、どうかされましたか? お湯が熱すぎたでしょうかね」


「っい、いえいえ。お湯加減はちょうどいいです! お気遣いありがとうございます」


「それはそれは、ようございました。脱衣所に濡れたおからだを拭くものと、新しいお着替えをご用意いたしましたわ。廊下におりますので、ご不明な点がございましたら、お声かけくださいましね」


「はい! ありがとうございます」


 サクラはヴァルカにそう返事をすると、慌てて湯船からあがった。

 あまりゆっくりしていると、ヴァルカがサクラを心配するあまり浴室の中に飛び込んできそうだと思ったからだ。

 サクラは浴室を出ると、脱衣所に用意されていた布ですばやく濡れたからだを拭く。


「……着替えってこれだよね。着方のわからないような、複雑な服じゃないといいのだけど……」


 ゲームならボタン一つで着替えが完了するが、現実ではそうはいかない。

 ヴァルカに着替えを手伝ってもらうのは居た堪れない。サクラは、民族衣装のような知識がないと着こなしの難しい服でないことを祈った。


「……これは、どっちが上だろう? どう合わせて着るのが正解かなぁ」


 サクラは丁寧にたたまれていた服を手に取って広げる。

 不安が的中してしまい、サクラは首をかしげる。


「裾の長いワンピースのようなものだというのは理解できるけど。問題は右と左、どっちを上にして合わせるかということだけどなあ……」


 ひとまずは羽織ってみて、細部の作りや柄の合わせで判断できるかもしれない。

 サクラは肩に服をひっかけた状態で、脱衣所の隅に置かれた姿見の前に立った。





「──っきゃあああああああああああああああああああああ!」


 鏡に映った自分の姿を見て、サクラは叫び声をあげた。

 森の中で熊に出会ったときに上げた声と負けないくらいの声量だった。


「サクラさま! いかがされましたか⁉」


 サクラはあまりの衝撃に腰を抜かしていた。

 サクラのとんでもない叫び声に、ヴァルカが脱衣所に飛び込んできた。


「あ、ああ。か……っ鏡に、鏡にいいいいいいい!」


「鏡ですか? 鏡がどうしたのでしょう」


「かか、鏡に、あ、あばば、あばばば、アバターが……」


「あばば? あばばとはどういうことでございましょうか。婆やにもわかるように、ゆっくりとお話しくださいませ」


 あまりの衝撃でろくに話せなくなってしまったサクラに、ヴァルカが困惑している。


 サクラが叫び声をあげたのは、鏡に映った姿が本来の自分でなかったことに衝撃を受けたからだ。


 鏡に映っていたのは、サクラがゲーム内で使用していたアバターの姿だったのだ。


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