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第2話

 ──こういう違いって、この後いろいろな場面で響いてくるだろうなあ。せめてファストトラベルが使えたらいいのに……。


 サクラの心の中が不安でいっぱいになる。

 その不安をかき消すために、ファストトラベルが使えたらいいのに、などと現実逃避してしまった。


 ファストトラベルとは、多くのゲームで採用されている仕組みで、プレイヤーキャラクターがすでに発見している二つの地点の間を瞬間移動することができる。ワープやテレポートといったものに似ているゲームシステムだ。


 ──そういえば、ゲーム内でファストトラベルができる地点って、今いるこの世界ではどういう扱いなのかな?


 いずれ機会があれば確かめてみるべきだな、サクラがそんなことを考えていると、ようやく街に辿り着いた。


「わあ、すっごく綺麗な街!」


 暗い森の中、クロビスの案内で小一時間ほど歩いた。

 ようやくたどり着いたのは、見慣れた街のはずだった。


「いくら最近のゲームは解像度が鮮明になったとはいえ、こうして実際に街として存在していると見え方がまったく違うのねえ」


 さっそくゲームと現実の違いを見せつけられた気がした。

 感心しながらサクラが周囲を眺めていると、クロビスが訝しげな声を出す。


「なにをおっしゃっているのかわかりませんが、あまり辺りをうろうろ見ないでください」


「ごめんなさい。こんなに立派な街を見ていたら感動してしまって……」


 クロビスは森の中で仮面を外したあと、再び装着することなくサクラを街へと案内してくれていた。

 しかし、急にクロビスの声がこもって聞こえた。不思議に思って彼に視線を向けると、いつの間にか顔が黒い仮面に覆われていた。


「あら、いつ仮面をつけたの? 声が聞こえにくくなるからしない方がいいような気がするけれど、それは必ず身につけないといけないものなのかしら」


 ゲームをプレイしていたときは、そういうものなのだと受け入れていた。

 プレイヤーとコミュニケーションをとるキャラクターに仮面をつけさせることで、表情変化などの微細な動きに割くリソースを削減しているのだと理解していたからだ。

 実際に目の前の人物が仮面をつけているというのは、なんとも奇妙な感覚がする。

 仮面をつけた人物が自宅の近所をうろついていたら、警察に通報するかもしれない。


「これは身分や地位を証明するものなのです。外出時に身につけるのは行儀作法なのですよ」


「へえ、そうだったのね。教えてくれてありがとう」


 それはゲーム内情報だけでは知らないことだったわ、とサクラは心の中で付け加える。


 ──ヨーロッパなんかだと裁判官の人がカツラをつけていることがあるけど、そんな感じなのかな?


 サクラはクロビスの仮面を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


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