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第3話

 サクラがそう宣言をすると、仮面の隙間から見える男の目つきがより険しくなった。


 目は口ほどに物を言うという言葉を、これほど実感したことはない。

 仮面の男からは、激しい憤りが伝わってくる。

 サクラは男の感情には気がつかないふりをして、言葉を続けた。


「私は王になることに魅力を感じないの」


 死にゲーは、このジャンルを好まない者にはドMゲー、馬鹿ゲーなどと揶揄されることがある。


 とくにサクラが好んでプレイしていたアクションRPGにおける死にゲーは、初見殺しをしてくるだけではない。

 敵の攻撃に対する回避に優れた観察眼や操作精度が要求され、死亡回数を重ねるような設計になっている場合が多い。

 せっかく余暇を充実させるために金を払って買ったゲームなのに難しすぎてクリアできない、といったストレスが常につきまとう。

 この欠点のせいで、死にゲーを好んでプレイするのは限られた者になりがちなのだ。


「私はあなたと一緒に、この世界で平和に暮らしたいの!」


 サクラは黒い仮面の男に向かって訴えた。

 彼に心があるならば、真摯に言葉で伝えればわかってもらえるはず。

 サクラはそう信じて、男の目をじっとみつめる。


 この世界で王を目指す。

 それはすなわち、幾多の困難が待ち受ける険しい道のりを歩まなければならないということだ。

 冒険に魅力を感じないわけではない。だが、絶対に死ぬわけにはいかない。


 ゲームならば喜んで王になることを目指すだろうが、現実ならば話が違う。

 ここで喜んで冒険に出発するのならば、間違いなくサクラはドMの変態になってしまう。

 もしこの世界で死を迎えたとして、生き返れる保証はどこにもない。

 そもそも、ゲームだからコントローラーやキーボードがあれば戦えるのであって、生身で戦闘するスキルなんて持ち合わせてはいないのだ。


 ──こんな状態で王になれだなんて、死にゲーを初見でノーデスクリアしろって言われているようなものじゃない。よっぽどの変態じゃなきゃ無理な話だもん!


 ノーデスクリア。

 それはそのままの意味で、自分の操るキャラクターを一度も死なせずにゲームをクリアすることだ。


 サクラの返答一つで、すでにゲームでは聞くことのできなかった台詞がNPCの口から飛び出してきている。

 この世界がサクラのプレイしていたゲームの世界と同じなのだとしても、すでにサクラの知る遊びではなくなっていることの証拠だと言っていいだろう。


 ──私が死なずにこの世界を生き抜くためには、まずは落ち着いてこの世界の情報を集めなきゃダメだ。叫んで逃げ回るなんて、もう絶対にしてはいけない!


 これからサクラがどういう道をこの世界で歩むとしても、まずは情報が足りなすぎる。

 とはいえ、情報を集めるにしても、この世界には先ほどの熊のような化け物がうじゃうじゃ存在している。

 サクラひとりではこの場から動き出すことすら困難な状況だ。


「私はこの世界のことをなにも知らない。どうしても私に王になれと言うのならば、うわべだけの情報じゃなくて、きちんとこの世界のことを教えてよ」


 サクラは自分の顔を、ぐいっと黒い仮面の男に近づけた。

 いまここでこの男に見捨てられてしまっては、サクラがこの世界で生きていくのは困難を極めるのは確実だ。

 サクラの目の前にいる黒い仮面の男は、この殺伐とした世界で少なくともこの場までやってくることができる力がある。


「私をあなたのそばにいさせてください」


 ここはもうサクラの知るアクションRPGの世界じゃない。

 たとえ今この場で黒い仮面の男に自分の靴のつま先にキスをしろと言われたとしても、縋りつかなくてはいけない。


 ──このNPCに見捨てられたら私は死ぬ。大好きなゲームに、ちょっと恋愛シミュレーションの要素が加わったと思えばいいのよ。


 このNPCのサクラに対する好感度を上げる。

 黒い仮面の男は恋愛シミュレーションゲームにおける攻略対象だと思えばいい。

 アクションRPGが恋愛シミュレーションゲームにすり替わっただけだ。


 無茶苦茶な考え方だが、このときのサクラは死にたくないという思いで必死だった。

 サクラは絶対に逃がしてなるものかと、力強い視線を黒い仮面の男に向ける。


「あなたが私の近くで手取り足取りこの世界のことを教えてください。そうしたら王になることだって検討してもいいわ」


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