──これが異世界転移? それとも異世界転生なの⁉
サクラは心の中で叫んだ。
今はまだ、そのどちらであるかわからない。
わからないが、たったひと文字のその違いが、とても重要であることはわかる。
しかし、その違いがどうでもよくなるくらい、サクラの気持ちは高揚していく。
ゲーマーなら、誰もが一度は夢見たことがあるはずだ。
自分がプレイしているゲームの世界で暮らしてみたいと。
間違いないと断言できる。
ゲームでなくてもそうだ。
アニメや漫画、小説だって、
サクラの置かれたこの状況は、物語を愛するファンとして、飛び上がって喜ぶところだ。
しかし、サクラは自分の現状を理解するにつれ、からだ中から血の気が引いていくのがわかった。
愛するゲームの世界に自分が存在している。
そのことに対して、嬉しい気持ちがないわけではない。
ないわけではないが、このゲームだけは絶対にだめだと打ちひしがれていく。
なぜなら、サクラが知るこの世界は、アクションRPG(ロールプレイングゲーム)と分類されるゲームの中でも「死にゲー」と呼ばれる類のゲームのものなのだ。
──せっかくゲームの世界にこれたっていうのに、これじゃあ絶対にすぐ死んじゃうじゃん。そんなの嫌だ!
死にゲーと呼ばれるゲームは、たとえゲームが得意な人でもゲームオーバーになりやすく、難易度が非常に高い。
敵が事前に把握していなければ回避困難な速度の攻撃をしてきたり、初めての攻略では気がつくことの難しいトラップがそこかしこに設置されていたりする。
いわゆる
死にゲーとは、敵と戦っては繰り返し死に続け、敵の動きのパターンを覚えながら攻略を進めていく「トライ&エラー」が基本となるゲームなのだ。
ゲームなら死んでも永遠に生き返ることができる。
しかし、現実の世界で繰り返し生き返ることなんて不可能だ。
「あなたには、この世界を救う王になっていただきたいのです」
顔全体を覆う黒い仮面をつけたNPCが、このゲーム最大の目的をプレイヤーに告げる。
この台詞の直後、ゲーム画面にはオープニングムービーが流れはじめる。
壮大な物語、輝かしい冒険の日々がはじまる。
しかし、サクラがいま置かれている状況でムービーなんて流れない。
流れるわけがない。
ここはもう空気の温度まで感じられる現実世界なのだから。
頭の中で奏でられている荘厳なBGMを、サクラはどこかへ追いやった。
「あなたが王になるために、私は助力を惜しみませ……」
「そんなのは絶対にお断り!」
サクラはNPCの言葉を遮って、大きな声を出した。
「絶対に無理! そこの熊相手にだって逃げることしかできなかったんだもの。王になんてなれるわけない!」
サクラが王にならないと宣言した途端、NPCの動きが止まった。
仮面の隙間から見える目から、鋭い眼差しを向けられる。
仮面のせいで微細な表情こそわからないが、サクラの返事が想定外だという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
ここがもしゲームの世界とまるきり同じだというのなら、プレイヤーは黒い仮面の男の誘いに応じるべきだ。
そうでなければ物語がはじまらない。ゲームにならない。
「……なぜです? この世界にやってきた異世界人には、王になる素質が備わっているのですよ」
初めて聞くNPCの台詞だった。
しかも、言い方にどことなく棘がある。
ストーリーに惹かれ、世界観に焦がれ、サクラはゲームをやりこんでいた。
そのサクラにとって、初めて見聞きした黒い仮面の男のこの言動には、非常に興味を惹かれてしまった。
このNPCは、物語の中盤まではプレイヤーに友好的に接してくる。
序盤から敵対することは絶対にないキャラクターのはずなのだ。
──そうか。ここが現実なら、彼にもきちんと心が存在するんだ。
サクラは目の前にいる黒い仮面をつけた男の両手を、しっかりと握った。
「私はこの世界の王になんてなれなくていい」