「……あ、ああ。で、出たあ!」
いつぞやと同じように、村役人が大声を上げた。
橋のたもと、山桜の木の下に不気味な女が姿をあらわす。それと同時に、周辺には火の玉が出現してゆらゆらと漂っている。
辺りが暗くなり、数馬が村役人と到着するのを待って、山桜の木の下にお七があらわれ、太兵衛が花火に火をつけたのだ。
「…………やはり、どう見ても花火だな」
うっかりぼやいてしまった数馬は、村役人に聞かれてはいないかと慌てて彼を振り返る。
しかし、村役人はお七を指差しながらすっかり恐怖に震え上がっていたので、数馬のぼやきなど聞いてはいない様子だった。
ほっと胸を撫でおろす一方、そのまま恐怖に支配されて何も見聞きできないようでは困る。数馬はあえて村役人に声をかけた。
「──さあ、これからあの怨霊を追い払ってやるぞ! きちんと見届けてくれ」
小雪と観劇に行った芝居の役者の姿を思い浮かべながら、数馬は大仰に振舞った。
三文役者の自覚はあったが、それでも村役人は騙されてくれたようだ。彼の視線がしっかりと数馬に向けられる。その目が救いを求めるものであったため辟易してしまったが、顔には出さないように努めた。
数馬はお七のいる方角へ向けて弓を構える。
右手を弦にかけ、左手でしっかりと
狙いはお七の腹だ。そこには厚い木の板が仕込んである。
太陽の下で近づいて見れば、不格好な姿になってしまっていることはすぐにわかる。だが、辺りが暗いうえ、恐怖に支配されている村役人は、その不自然さにはまったく気がつく気配はない。
数馬は左手をぐっと前に押し込み、右ひじで弦を引きながら、さらに大きく左右均等に弓を引き分けた。
──この距離なら絶対に的を外さない。外すわけがない。
数馬は弓を引き分けた姿勢で、お七の腹にある木の板をじっと見つめる。
そのうちに、太兵衛が最初に火をつけた花火の明かりが消えた。辺りが真っ暗になり、静寂に包まれる。
その瞬間に、数馬は矢を放った。
「──ぎゃああああああああああ!」
数馬が放った矢が、お七の腹に仕込んだ木の板に刺さる音がした。その音とほぼ同時に、お七が断末魔のような悲鳴を上げる。
「…………これは」
やりすぎではないか、という言葉はなんとか飲み込んだ。
お七は矢の刺さっている腹を掻きむしる仕草をしながら、大げさに身をよじらせて苦しむ振りをしている。
そのお七の周りでは、太兵衛が新たに火をつけた花火がバチバチと音を立てて輝いているのだ。
「ぎゃああああ、ああああ、……あ…………」
お七はひとしきり苦しんだ振りをしたあと、その場にゆっくりと崩れ落ちていった。ぐったりと項垂れながら、彼女は力なく地べたに座り込んでいる。
その頃には太兵衛が新しく火をつけた花火も燃え尽きてしまい、辺りは暗くなっていた。
数馬はゆっくりと静かに弓をおろしてから、背後にいる村役人を振り返る。彼は目の前で起きたことを見てすっかり腰が抜けてしまったらしい。お七と同じように、地べたに座りこみ放心してしまっていた。