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「豊島さま、本当にやるのですか?」
「……そういうことを言うのならば、ここで引き返してもよいが」
村役人が辺りをきょろきょろと見回しながら、落ち着きなく尋ねてきた。
その態度になんとなく腹立たしくなってしまい、数馬はその場で立ち止まった。村役人をぎろりと睨みつけながら、淡々と言葉を並べる。
「お前が代わりにやるというのならば、喜んでこれを渡そう。どうだ、お前がやるか?」
「──っい、いいえ! 私では務まりません。豊島さまに退治をしていただけるのならば、非常に助かるのですが……」
村役人がびくりと大きく肩を跳ねさせた。彼は不安そうな表情を浮かべながら、数馬の手にしている弓を見つめて固まってしまう。
「なんだ、私では不満か。これでも弓には自信があるのだぞ」
「……あ、いえ。そういうことではないのですが」
「鬼は弓の弦を弾く音を嫌うというのは知っているだろう? 源氏物語でも
「鬼が弓矢を嫌うことは存じております。……ところで、豊島さまは源氏物語など読まれるので?」
数馬がぺらぺらと話していると、村役人がいぶかしんだ顔を向けてきた。その表情を見て、落ち着きがないのは自分だと気づかされた数馬は、急に恥ずかしくなってしまった。
「………………暇を持て余していたのだから、致し方あるまい」
「なにかおっしゃいましたか?」
「……っなんでもないさ。さあ、早く橋のところまで行くぞ」
あまりにきまりが悪くてぼやいてしまうと、それが聞こえていた村役人にあっさりと聞き返されてしまった。
数馬は誤魔化すように村役人から視線を逸らし、山桜の木がある橋に向かってさっさと歩き出した。
数馬は豊島家の養子になる前は、貧乏御家人の三男坊だった。
道場に通って武芸の腕を磨くか、家にこもって静かに書物を読んで過ごしているしかない生活だったのだ。
もう戦もない平和な世になって、武芸の道を極めることにどんな意味があるのかと疑問に思うこともあった。だが、あの頃ひたすらに取り組んでいたことが、こんな形で役立つとは思わなかった。
「……うう、もう真っ暗闇じゃないですか。やっぱり帰りませんか?」
数馬と村役人の二人が橋のたもとにやってきたときには、すっかり太陽は沈んでいた。周囲はわずかな月明かりが照らすだけの暗がりになってしまっている。
「くどいぞ。お前はただ私が怨霊を退治するところを見届けるだけでよいのだ。怖いのなら隠れておけ」
「そうしたいですが、こんなところで一人は嫌です!」
村役人は身体を震わせて怖がりながら、数馬の傍にぴったりとついたまま離れない。
「近くにいるのは構わんがな。邪魔だけはしてくれるなよ」
数馬はこれからこの村役人の前で、見事に怨霊退治をしてみせるのだ。
正直に言ってしまえば邪魔でしかたがないが、証人がいないのではこれから行うことに意味がなくなってしまう。
祈るように手を合わせて小声で念仏を唱えている村役人に呆れながらも、数馬は矢を番えた。いつ怨霊が出てきても問題がなく事が進められるように、覚悟を決めて山桜の木をみつめる。