「おお、そうだ。ところで数馬よ」
こちらに背を向けていた片倉が、なにかを思い出したような声を上げて数馬を振りかえった。
視線の合った片倉は、いつもの笑顔ではなかった。真剣な表情で見つめられ、数馬は何事かと身構える。
しかし、次に片倉から発せられた言葉に、脱力してしまった。
「その夫婦についてどう思った?」
漠然とした質問に、どう答えるべきか迷う。一拍おいて、数馬は口を開いた。
「……愚かなことに手を貸してしまったものだと、呆れております」
「それだけか?」
なんとか絞り出した答えだったにも関わらず、間髪入れずに問い返されてしまった。
面食らっている数馬を、片倉は力強い目でじっと見つめてくる。片倉が納得できる答えを数馬が言うまで、質問は終わらないと理解した。
数馬は目を閉じて、太兵衛とお七の二人とのやり取りを振り返る。
「……許可なく山の木を切って売り捌く。その不正に手を貸してしまったこと、それ自体はやはり愚かな行為だと思います」
全てのやり取りを振り返ったあと、数馬はゆっくりと目を開いて話はじめた。
「ですが、そうするに至った経緯、動機に関しては致し方ない部分もあったかと思います」
失火は重大な過失だが、幸いにも延焼せずに済んだ。
失敗を犯してしまうことは誰にだってある。そこからどうやって挽回をしていくかが重要なのだと、数馬は思っている。
気持ちを新たに、家族三人で暮らしていこうと決意したはずだ。その矢先に子を失ってしまったのは、簡単には言い表せないほどの悲しい出来事である。
「我が子との思い出にすがりたい。そんな親心に付け込んで不正を手伝わせた顔役のことは、心の底から軽蔑します。ですが、太兵衛とお七の二人には同情の余地があるかと……」
数馬がそこまで話すと、片倉はいつものように穏やかに微笑んだ。
「そうか。お前はそう思うか」
「はい。子を想う親心というものには驚かされました。……私も子が産まれたらあのようになってしまうものでしょうか?」
片倉にも子供がいる。
数馬が真剣に尋ねると、片倉は大きな口を開けて笑った。
「あはははは! そのように心配しているのだから、お前はよき父になる。実際に子を目の前にしたら、そのような悩みなど吹き飛ぶぞ」
そう言ってひとしきり笑ったあと、片倉は再び真面目な顔をした。
「……実はな、そろそろ私はこのお役目を外されるのだ」
突然の片倉の発言に、数馬は腰が抜けそうなほど驚いた。怨霊だとか火の玉よりも、数馬にとっては恐ろしい知らせだった。