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「……そうか。あの顔役が夫婦を操っていたのだな」
数馬は片倉の元へ行き、太兵衛とお七の二人から聞いたことを報告した。
ある日、太兵衛とお七は山の木々を伐採するという噂を村人たちから聞いた。
それは、堤を補修する金を捻出するためで、村の安全を守るためには必要なことであるという。
二人は思い入れのある山桜の木も切り倒されてしまうのではないかと恐れた。
噂の真偽を確かめるため、彼らは顔役の元を訪れた。
「はい。顔役は山桜の木だけは切らないで欲しいと懇願してきた二人が、村で噂になっている怨霊騒ぎと関係があるのではと、すぐに疑ったようです」
「それで町を追われた理由を知ったわけだな。町でのことや、怨霊騒ぎの元凶であると村の者に知られたくなければ、指示に従えと」
その通りでございますと、数馬は力強く答えた。
「まったく呆れたものだ。怨霊が出るとなれば気味悪がって誰もお山に近づかなくなるだろうと考えるなど。あまりに浅はかなことだのう」
「それだけ後ろめたいことをしている自覚があるということなのでは?」
顔役は太兵衛の弱みを握ったのをよいことに、加藤に許可を得るよりも以前から、藩有林の木々を彼に伐採させて売りさばいていたそうだ。
山へ行くにはあの山桜のある橋の脇を通って行かねばならない。そこで怨霊が出るとなれば、誰も進んでその先には行かないだろうと、顔役は考えたのだ。誰にも気づかれることなく、こっそりと太兵衛に伐採作業をさせることができる。
「今回どうしても顔役が山の木々の伐採許可を得たかったのは、以前よりこそこそと
太兵衛は売買証文などの証拠こそ持ってはいないが、顔役が伐採した木々を売りさばいていた相手は誰かわかると言う。疑うならば、その相手に確かめてくれてもよいとまで断言していた。
「藩から預かっている大切なお山に、勝手に手を出していたとはなあ」
数馬が報告を終えると、片倉はうんうんと何度も頷いた。
「……のう、数馬よ。加藤殿はご存じだったと思うか?」
「そうですね。加藤さまの性格ですと、民が勝手に藩のものに手を出したと知れば、激高なさってとうに顔役が変わっているような気がいたします」
数馬がそう答えると、片倉は穏かな笑みを浮かべて深く頷いた。
「そうだろうなあ。あの男、加藤殿を欺くなど恐ろしいことをするものだ」
「おっしゃる通りでございますね。謀られていたと知れば、さぞお怒りになられることでしょう」
「あやつの所業をすぐに加藤殿へ知らせてやるのもよいが、その前に弁明の機会を与えてやるのがよかろう。……どれ、少し話をしてこようかの」
片倉がゆっくりと立ち上がった。数馬は慌ててそれを制止しながら、腰を浮かせる。
「片倉さまがお訪ねになることはないのでは? 私があの男を連れてまいります」
「こちらから訪ねて驚かせてやるのが良いのではないか。ついでにあやつの暮らしぶりも確認したいしな」
片倉はからからと笑いながら、数馬に背を向けてぽつりとつぶやいた。
「……堤の修復には如何ほど入り用だったかな。貯めこんでいてくれると助かるのだが」