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第14話

「──っ申し訳ございませんでしたあ!」


 いきなり男が叫ぶように謝罪の言葉を口にした。男はその勢いのまま、地面に膝をつく。


「申し訳ございません申し訳ございません! 悪気はなかったのです。申し訳ございませんでした!」


 男は再び土下座をしながら、数馬に向かって何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 とつぜんの男の行動に、数馬は訳がわからず助けを求めて女の方へと視線を移す。すると、女は数馬と目が合うなり、涙を浮かべて両手で顔を覆った。


「っうう、違うよ。悪いのは私なんだ。アンタが頭を下げることないよ」


 今度は女がわんわんと泣きだしてしまった。彼女は顔を真っ赤にして赤子のように泣き喚いている。

 数馬がどうすることもできずに慌てふためいていると、女は豪快に泣きすぎて眩暈でも起こしたらしい。身体をゆらゆらとふらつかせはじめてしまった。


「お、おい、大丈夫か? 頼む、手を貸してくれ」

「申し訳ございません、申し訳ございません!」


 数馬は慌てて女の肩を掴むと、倒れないように支えてやる。

 緊急事態とはいえ、夫の目の前で妻に触れるのはまずいのではと思い、今度は男に助けを求める。しかし、彼は地面に額をこすりつけて謝罪の言葉を繰り返しているので、妻の異変には気がついていない。


「私はお前たちを咎めようとして問うたのではないぞ。事情を知っているのならば、話を聞かせて欲しいだけだ。頼むから落ち着いてくれ!」


 数馬は謝罪の言葉に負けないように、腹に力を入れて男に声をかけた。

 無事に数馬の願いが届いたらしく、男はようやく謝罪を止めて怪訝そうに顔を上げた。彼はすぐにこちらの異変に気がついて慌てて立ち上がると、妻の身体を抱きしめる。


「……あー、ここではなんだ。どこか静かな場所で休ませるのがよいのではないか?」


 泣きつかれたのか、女はぐったりと夫にもたれかかっている。

 数馬はこの場にいることが気まずくなり、そっと声をかけると男は素直に頷いた。


「私たちの家はすぐ近くにあります。連れ帰って寝かせることにいたします」

「そうか。では荷物は私が運ぼう」


 女が佇んでいた河原には、大きな籠が置かれている。その籠からは衣が見えているので、夫婦が洗濯をしにここへやってきたというのは本当のことらしい。


「い、いえ。お侍さまにお手間をかけさせるわけには」

「親切で言っているわけではない。話を聞きたいから手伝いを申し出ているだけだ」


 数馬がそう言うと、男は物悲しげに微笑んだ。彼はなにかを諦めたように目をふせると、数馬に背を向けて歩き出した。


「……そうですね。全てお話をするには家まで来ていただいたほうがよいのかもしれません。どうぞこちらです」


 男のこの発言で、やはりこの夫婦は怨霊騒ぎについて事情を知っているのだと確信した。




 男についてやってきたのは、村の中心部からは離れたところにある小さなボロ屋だった。

 本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるほどのあり様で、数馬はつい足を止めてしまった。


「私どもは町を追われてこの地へ流れてきた身でして……。このような場所でも村にいさせてもらえるだけでありがたいのです」

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