翌日の朝になった。
数馬は今日も橋のたもとにある山桜のもとへ行き、周辺の様子を調べてみようと考えていた。
「日が経つと気がつくこともあるかもしれないからな。それが終わったら、昨日までに話を聞けていない村人に声をかけてみるか」
功を焦ってもよいことはないとわかってはいても、あまり片倉に報告することがないというのは情けない。今日という一日をどう行動するべきかと頭を悩ませながら、数馬は支度を済ませた。
「……さて、そろそろ村役人が迎えにくる時間だな」
数馬はため息まじりにぼやきながら、宿の玄関に向かう。
すると、宿の外がやけに騒がしいことに気がついた。気になって玄関から外に出ると、村人たちが連れ立ってどこかへ出かけるところに遭遇した。
「おやおや、豊島さま。お早いですなあ」
数馬が宿の外にでたとき、ちょうど村役人がやってきた。
村役人は慌ただしくこちらに駆け寄ってくる。なにを焦ることがあるのかは知らないが、額に汗をかいて肩で息をしている。その様子を不審に思いながら、数馬は声をかけた。
「外がずいぶんと騒がしいのでな。気になって出てきてしまったのだ。彼らは畑仕事に行くわけではなさそうだが、どこへ行くのだ?」
「……あ、ああ。あの者らはお山に行って木々の伐採を……」
数馬の質問に、村役人は歯切れ悪く答える。視線が泳いでいて、あきらかに後ろめたいことがあると顔に書かれていた。
数馬はまさかと思い、村役人を睨みつけながら問いかけた。
「先日許可を出した間引きの件か? だとしたら、人足の数が少々多いような気がするな」
「い、いえいえ。そ、そのようなことはございませんよ?」
「……まさかとは思うが、伐採する本数を誤魔化そうとしているのではあるまいな?」
語気を強めて尋ねると、村役人は数馬から視線を逸らしてうつ向いてしまった。
すぐに返事をしない村役人に苛立って、数馬は村人たちのあとを追って山に向かう。
「っああ、豊島さま! お待ちくださいませ」
数馬のあとを村役人が慌てて追いかけてくる。しかし、再び走ることになったからか、彼は足がもたついていて数馬のあとをすぐに追いかけてはこれなかった。
数馬は村役人の様子にはいっさい構わずに、まっすぐ山へと向かった。
数馬が山に到着すると、すでに多くの木が伐採されて地面に転がされていた。
「──なんてことだ。お前たちはこの山をまた禿山に戻すつもりなのか⁉」
昨日、数馬が謎の女について調べている間に、作業ははじまっていたのだろう。
数馬はようやく追いついてきた村役人を振り返って怒鳴りつけた。
「くれぐれも許可した以上の伐採はするなと言ったはずだ!」
「……っそ、それは、承知しております。ですがこれは、堤を直す金を稼ぐためでして、その……」
「藩が金を出し渋っていることは承知している。村の財政が苦しいことも理解している。だが、これでは意味がないというのはわかるだろう?」
山に緑がなければ、土砂崩れが起きる可能性が高くなる。そうすれば、再び村に甚大な被害がでる。
数馬が村役人を追及していると、背後から落ち着いた男の声が聞こえてきた。
「そう大きな声をお出しにならないでくださいませ。きちんと伐採の許可はいただいておりますから」
数馬が声のした方を振り返ると、そこにいたのは片倉に取り入ろうとしていた村の顔役だった。