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第7話:ホラゲ配信での絶叫っていいよね

 ――ようこそ、【バーチャウォーズ】の世界へ――



 ――新規ユーザー情報確認。“斬咲アカネ”でプレイを開始します――




「あれ? 前にやったデータと違ってる……?」


「タマモたちは専属契約しているから、特別にこの姿のアバターでプレイができるんですよ」


「なるほど。だからですか……って、でもこれはさすがにちょっと……」



 袴……もとい本当にスカートをはいているわけではない。


 ここは仮想空間だ。今この姿も所詮は仮初にしかすぎない。


 そうとは頭の中でわかってはいても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。


 少し動けば見えてしまいかねない下着に、つい袴の裾を押さえてしまう。



「お~お~初心な反応ですなぁ。でも、恥ずかしがっていちゃだめですよぉ? そんなことしてる間にやられちゃいますからねぇ」


「……タマモ先輩は、その、恥ずかしいとか思わなかったんですか?」


「そりゃもちろんありますよ。けれどねアカネちゃん……ヒトって、慣れてしまえばなにも感じなくなる生き物なんですよ」


「あ、はい……」



 重みのある言葉だった。明後日を向くタマモのその表情は果たして、なにを思っているのだろう。


 まるでくみ取れない。だが、一つだけ確かなのはそこには覚悟の色があった。


 羞恥心を捨て、エンターテインメントにその身を捧げる。そう覚悟したかのような表情は雄々しくもある。


 いつか、自分もあんな風になってしまうのだろうか? 朱音はそんなことを、ふと思った。



 ――本日は新機能『ホラーモード』でプレイされます――



 ――迫りくる敵を倒しつつ、時間制限内にゴールを目指してください――



 ――尚、脱出するためには鍵が必要となります。どこかに隠されているので協力して探しましょう――



 ――それでは、皆様のご武運をお祈りいたします――




「ホラーかぁ。これがさっき言っていた新機能なんですね」



 朱音は感嘆の息をもらした。


 いつの間にか世界観もがらりとその姿を変えてしまっている。


 さぁさぁと降りしきる雨はとても冷たい――実際に濡れているわけではないのにとてもリアルだ。


 雷鳴がとどろいた。どんよりとした漆黒の雲の中を、金色の稲光が激しく駆け抜ける。


 頬を撫でる風はひどく冷たい。まるで骨をも突き刺す冬の凍風のようだ。


 目の前には廃校がひっそりと佇んでいた。もう何年、何十年と放置されてきたのだろう。外観はひどく錆びつき、一部は今にも崩壊しそうな雰囲気をひしひしとかもし出す。


 人の気配は皆無で、しんとした静寂は不気味以外のなにものでもない。


 なかなかいい演出をしているじゃないか。朱音は意気揚々とした足取りで早速敷地内に入った。



「そう言えば……」



 朱音ははたと周囲を見やった。自分を除く他のメンバーの姿がどこにもない。


 はぐれたのだろうか? それはありえない。スタート地点は同じであるのだからはぐれようがない。



「……まさか。そのスタート地点が全員バラバラなのか?」



 次の瞬間、遠くの方で絹を裂いたような悲鳴が上がった。


 誰のものかまでははっきりとわからない。だが、あの三人の誰かであるのは確かだった。


 早速何かしらに襲われているようだ。悲鳴を頼りに朱音は校舎を駆け抜ける。



「たたた、助けてぇぇぇぇぇぇ!」


「カエデ先輩!」


「あ、アカねん助けてぇぇぇぇぇぇ!」


「なんですかその仇名。まぁいいですけど、いったい何に追われて――」



 視線の先、深淵の闇より静かに姿を晒したそれは正しく亡霊の類だった。


 ボロボロの軍服を纏い、軍刀を手にこちらへ向かってくる男の形相は険しい。


 あれではまるで、鬼のようではないか。地獄の悪鬼すらも裸足で逃げ出しそうな亡霊に朱音は腰の太刀を静かに抜いた。


 幽霊に果たして物理攻撃が通用するのか? これについてはさして朱音は興味がなかった。


 効果があればそれでよし。なければ、別の手段を講じるまで。やる前からあれやこれやと思考するのはあまり得策ではない。それ以前に、ここはよくできてこそいるが【バーチャウォーズ】の世界だ。ゲームなのだから、プレイヤーに圧倒的不利が働いてしまっては意味がない。



「敵を倒してって最初でも言ってたんだ。だったら、斬れて当然だよな?」



 唐竹に降ろされた軍刀を半身でかわしたところで切り上げる。


 手応えは、なし。幽霊なのだからむしろそれが普通か。朱音は自嘲気味にふっと鼻で一笑した。


 だが、倒すことはできるようだ。煙のようにふっと消えた亡霊を見届けて、朱音は小さく吐息を吐いた。


 とりあえず一難は去った、とそう思ってもよかろう。とはいえ問題はまだ他にもある。むしろそちらのほうが解決が極めて難しいかもしれない。



「あの、カエデ先輩?」


「うぇぇぇぇ……ごわがったぁぁぁぁ……」



 カエデは泣いていた。


 ただしその泣き顔は、お世辞にもアイドルがしてよいものとは言い難い。


 ぼろぼろと大粒の涙を流すだけに留まらず、同量の鼻水も一緒になって垂れる。


 ぐしゃぐしゃに汚れたその顔は、ある意味外見相応の反応なのかもしれない。


 ホラーゲームの類はどうやら苦手のようだ。誰にでも得手不得手、というものは必ずある。


 それを第三者がとやかく揶揄する資格はどこにもない。朱音はカエデの傍らに片膝を着いた。


 カエデは、イメージしていたよりもずっと子供だ。こういう時に陥った対処ならば、一応心得はある。



「カエデ先輩、安心してください。怖い奴はもうどこにもいませんから……だから落ち着いて落ち着いて」



 背中をそっと擦る。決して声は荒げず寄り添うことを第一に心掛ける。



「……ありがとねアカねん。カエデ、先輩なのにだっさい姿見せちゃったな……でも、もう大丈夫だから!」



 程なくして、カエデはゆっくりと立ち上がった。



「本当にもう大丈夫ですか?」


「平気平気! さっきだって全然怖くなかったし!」



 顔は涙と鼻水で汚れ赤くなってこそいるが、少なくとももう泣いてはいない。どうにかして先輩の面子を保とうとする素振りが、どこか愛らしくあった。



「そういえば、それがカエデ先輩のお姿なんですね」


「あ、そっか。アカねんははじめてなんだよね。ふっふっふ~その目によぉく拝んでおくといいよぉ。なんたってカエデは最強の天狗だもんねー!」



 コンセプトはおそらく烏天狗なのだろう。


 衣装は修験者というよりかは巫女のような雰囲気が近しい。


 薄桃色というイメージカラーがよく似合う彼女の背中には、烏天狗の証たる小さな漆黒の双翼が生えていた。


 丸渕メガネについては、よくわからない。現実でのカエデは特に眼鏡をしていなかったはずだが……。朱音ははて、と小首をひねった。



「眼鏡キャラは昔っから頭がいいって相場が決まってるからねぇ。これでカエデも超天才って感じでしょ!」


「あ~……そうですね」


「おいなんだよその気のない返事は。そう見えるでしょ!」


「まぁ……ねぇ。カエデ先輩がそう仰られるならそうではないでしょうか」


「おいなんで目ぇそらすんだよ! きちんとカエデの目を見て言えよなぁぁぁ!」


「そ、そんなことよりも他の先輩たちは? 一緒じゃなかったんですか?」


「気が付いたらみんなバラバラになってたんだもん。カエデも探してたら、あの亡霊に追いかけられて……」


「なるほど。どうやらスタート地点はバラバラみたいですね。とりあえず他の先輩たちと合流しましょう。カエデ先輩、二手に――」


「はぁぁぁぁぁぁ!? カエデ一人にしておくとかそれでも後輩かぁぁぁぁぁ?」


「……面倒臭い人ですね、カエデ先輩って」


「誰が面倒臭い女だ! カエデは面倒臭くなんかないから!」



 十分に面倒臭い。思わず口から出そうになったその言葉を、朱音は辛うじて飲んだ。



「とりあえずここから離れましょう。急がないと敵がくる可能性がある」


「え? そ、そうなの?」


「一概に言えませんが、この手のゲームは如何に敵に見つからずに探索するのが攻略の鍵なんですよ」



 カエデのような大声は、自ら見つけてくださいとこう言っているのも同じ。


 もちろん、時にはあえて敵に知らせることで状況を打破する展開もなくはない。


 だが、少なくともそれは現在いまではない。


 遠くの方でうめき声が聞こえた。地獄の亡者のようなそのうめきに、カエデの表情が引きつる。



「とりあえず一旦隠れましょう」



 カエデを連れて近い教室に入る。廃校というコンセプトだけあって内観も損傷具合もひどい。


 特に教室は床が赤く染まっていた。濃厚な鉄のような香りがつんと鼻腔を突く。ここまで再現するのか……! いささかやりすぎのような気がして仕方がない。朱音はカエデの身を案じる。


 こんな世界は彼女のような人間には不相応極まりない。否、相応しくなってほしくなかった。



「カエデ先輩、大丈夫ですか? その、匂いとか」


「え? に、匂い? カエデは特になんとも……」


「そうですか……それならいいんですけど」



 不意に、断末魔にも似た叫び声が校内に反響した。



「な、なんだこの叫び声は……!」


「コラァァァァ! テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞマジでよぉ!!」


「あ、これレイたんの声だ」


「え? レイたんって……レイナ先輩ですか?」


「うん。レイたんっていつもはおっとりした感じだけど、キレたらマジで怖いから」



 しばしの沈黙が流れた。


 やがて、こつこつという靴音だけが不気味に響いた。


 その足音の主が誰のものであるかは確認するまでもない。


 味方であるとわかっていても、状況が状況だけにそれがとてつもなく恐ろしく感じてしまった。



「――、あ~いたいたぁ。二人ともこんなところにいたのねぇ」


「あ~んレイた~ん!」



 にっこりと微笑むレイナは、至る所に大量の返り血がべったりと付着していた。


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