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第6話:先輩たちマジリスペクトっす!

 ドリームライブプロダクションの事務所はとにもかくにも規模が大きい。


 そのため内部は迷路のようになっていて、予備知識がなければ完全に迷ってしまう。


 かくいう朱音が、今正に迷子になっていた。



「ここは、どこだ?」



 本日は収録がある。そのため事務所に出勤したわけだが、肝心のスタジオがどこにあるか把握できていなかった。


 同じ場所をもう何度も行き来しているような気がする。


 このままたどり着けなかったらどうしよう。一抹の不安が脳裏にふっとよぎった。



「う~ん……どうしたもんかなぁ」


「ん? ねぇそこの君。そこで何してるの?」


「え?」



 背後からやってきたその女性は、とても美しかった。


 タマモとはまた異なる美が彼女にはある。ウェーブのかかった青みがかった長髪に、星のような模様を有した瞳はその独特さ故に神秘的な雰囲気をひしひしとかもし出す。黒と白のジャケットを見事に着こなした女性に、朱音は咄嗟に頭を下げた。



「お疲れ様です、星宮先輩」


「うんお疲れ。後、ウチのことはアキラで大丈夫だから気にしなくていいよ」


「あ、すいません。なかなか下の名前で呼ぶのが慣れなくて……」


「マジで真面目じゃん。まぁそっちのほうがいいんだけどさ」



 星宮アキラ――タマモと同じアイドルにして同期である。彼女の売りはなんといってもその圧倒的な歌唱力とダンスにあった。


 キレのある動きは時に妖艶で、発する玲瓏のごとき声は耳にした者の心をたちまち魅了する。


 一方でホラーゲームが苦手で、絶叫してはわんわんと泣く姿が度々目撃されている。



「ところで、こんなところで何してるの?」


「恥ずかしながら、実は第二スタジオがどこにあるかわからなくて……」


「あ~まぁ来て間もないとそうなるよねぇ。いいよ、ウチも第二スタジオを通るから案内してあげる」


「面目ないです。感謝します星宮先輩」


「だからアキラで良いってば。それに固いって。もっとこう砕けた感じでいいからね?」


「ぜ、善処します……」


「ほらもうそこが固いんだってば。もっと肩の力抜かないと疲れちゃうよ。これ先輩からのアドバイスだから」


「は、はい!」



 皆、とても心優しい先輩たちばかりだ。


 所属する全Vtuberとの顔合わせはまだであるが、認知だけはもう全員しているとのことらしかった。


 中には初配信兼コラボを同時視聴する者もいたらしい。そうして間接的により多くの視聴者に知られた結果、わずか数日ですでにCh登録者数は三十万を軽く越えた。


 収益化の申請も無事に終わり、後は通るのを静かに待つばかりである。


 いくらなんでも勢いが破竹すぎる。一万でも十分にすごいというのによもや二桁になるなど想像すらしなかった。


 他の先輩と比較すればまだまだ彼女たちの足元にも及ばない。歴が違う、格が違う。そう簡単に並べると思うことこそ実に愚かしいのだ。



「……なんだか顔色優れないけど、大丈夫?」



 アキラがずいっと顔を覗き込んできた。


 近い。鼻腔を甘く優しい香りがそっとくすぐってくる。



「ア、アキラ先輩近いですってば……!」


「いやそんなに驚くことないじゃん。女同士なんだから気にしてどうすんの」


「あ、そ、そう……ですね。あはは」


「まぁそれは置いといて。配信でもなんでもそうだけど、相手を楽しませるよりも先にまず自分が楽しまなきゃだめよ」


「自分が、楽しむ……」


「そっ。ウチは歌ったり踊ったりするのが好き! だから配信でも思う存分全力で楽しんでやってる。これって当たり前のことだけどとても大切なことだから」


 人とは、嫌なことに対しては徹底してやる気がなくなる。


 逆に楽しいと感じることへの情熱は熱く、それこそ時間の概念を一切気にしない。


 アキラの言い分には一理あった。



「……勉強になります。アキラ先輩」


「うむ、素直でよろしい! ということではい、第二スタジオについたよ」


「あ、本当だ。ありがとうございますアキラ先輩」


「気にしない気にしない。それじゃあ今日の収録、がんばってね」


「はい!」



 アキラと別れた後、目的地の第二スタジオに朱音はぎょっと目を丸くした。


 見知った機械がずらりと並んでいた。つい最近体験したばかりで、あの時の高揚は昨日の出来事のように鮮明に思い出せる。



「どうしてここに【バーチャウォーズ】の機械が……?」



 本来それはゲームセンターにある代物だった。


 それがVドル事務所にもあるのだから困惑するのは無理もない。


 一台にかかる費用だって決して安くはないはずだ。それこそ一般人ならばまず手が出せない。


 それが十台以上もあるのだから、ドリームライブプロダクションの財力は凄まじいと断言できよう。



「金のある企業っていうのはすごいんだな……」


「あ、きたきた! アカネちゃんおはよう~」



 すっかり見慣れた顔がたったったっ、と軽やかな足音と共にやってきた。


 相変わらず、今日もタマモは元気である。その元気は周囲にも伝染し、つい頬を緩めてしまう。


 これも彼女の魅力の一つなのだろう。視聴者から人気が高い理由もうなずける。



「おはようございます、タマモ先輩」


「ちゃんと迷わずにこれて偉い偉い」


「ここまでアキラ先輩に送ってもらいました」


「そうなんだ。アキラちゃんすっごく面倒見がいいからねぇ」


「ところでタマモ先輩、この第二スタジオはいったい……」


「ふっふっふ~。何を隠そう、ドリスタはあの【バーチャウォーズ】と専属契約を結んでいる数少ない企業だったりするんですよ!」


「そうなんですか?」



 これにはさしもの朱音も驚いた。


 よもや一介のVドル事務所が専属契約を結んでいるとは思いもしなかった。


 どんなコネを使ったのだろう。朱音ははて、と小首をひねった。



「タマモたちはここでいつでも【バーチャウォーズ】のプレイと配信が可能なんです。今日の収録はこの【バーチャウォーズ】の新ステージのテストプレイをします。早い話が案件ですね」


「な、なるほど……だけど、そんな重大な案件に自分なんかが出ても大丈夫なんですか?」



 朱音は不安な面持ちを示した。


 所属してまだ一カ月も経過していない。自分の配信すらまだの状態だ。


 にも関わらず、重大な案件配信に選抜されたことに朱音はどうしても不安が拭えなかった。


 他の先輩たちに申し訳が立たない。彼女たちだってきっと快く思っていないに決まっている。どうしてあんな新人に、とそう思われても致し方なし。


 彼女らの面子を立てるならば今すぐにでも辞退すべきではないか。それがいいに決まっている。朱音は辞退を申し出ようと口を開き――「あー! 新人ちゃんきたー!」と、けたたましい声によって遮られる。


 桃色のツインテールがとてもよく似合う少女だった。


 タマモよりかは、若干年下ぐらい。あどけなさの残る顔立ちだが、アイドルをやっているだけあってとてもかわいらしい。Vtuberでなくても彼女ならばきっと異性からモテたに違いない。黄色の入った黒のジャージに半ズボンとボーイッシュなコーディネートが特徴的だ。


 彼女は、誰だろう。朱音はひとまず静かに会釈した。



「あ、そう言えば紹介がまだだったよね。この娘は天風カエデ、通称カエカエ。我がドリスタ内が誇る究極のポンコツ兵器でもあるのだ!」


「はぁ~? だぁぁぁれがポンコツ兵器じゃこらぁ! カエデはこう見えても超優秀なんですぅ! だから新人もこのカエデに黙ってついてきな!」


「は、はぁ……えっと、斬咲アカネと申します。よろしくお願いします、天風先輩」


「おいおいおい~そこは普通にカエデ先輩って言えよなぁ」


「は、はい。すいませんカエデ先輩。改めまして、よろしくです」


「お、新人ちゃんもきたのねぇ」



 おっとりとした口調が特徴的なその女性は、とても大きかった。


 言わずもがな、そのふっくらとした双子山に視線を向けぬ男はおそらくこの世に存在しない。


 容姿端麗な彼女の金色の髪がふわりとなびく。その姿でさえも妖艶で大変美しい。


 正しく大人と呼ぶに相応しい女性に、朱音は慌てて頭を下げた。



「はじめましてぇ。ウチは鬼嶋きしまレイナっていうのぉ。ウチのことは気軽にレイナって呼んでいいからねぇ」


「は、はい! よろしくお願いいたしますレイナ先輩!」


「おいおいおいカエデと態度が全然違うじゃねーかよぉ! どないなってんだオイ!」


「え、い、いやぁ……」



 他者を比較するのはよろしくない。


 それを十分理解した上であえてするならば、カエデとレイナとではそれこそ子供と大人だ。


 カエデは見た目こそかわいいが、小柄な体躯と言動からどうしても幼さが目立ってしまう。


 対するレイナに、非の打ち所は一つとしてない。理想の女性像だ。



「――、というわけで今回の配信はタマモたち一期生……通さんヨウズと新人のアカネちゃんとでコラボ兼案件配信、やっちゃいましょー!」


「腕がなるわねぇ」


「ふっふっふ~アカネの強さを見せつけてやんよぉ」


「せ、精一杯頑張らせていただきます……」



 豪華すぎるメンバーとのコラボ配信。この事実がプレッシャーとなってずしりと重く伸し掛かったのは言うまでもない。


 下手なことは、許されない。自分なんかで本当に務まるものなのか……?


 やるしかない。朱音は覚悟を決めた。



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