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第3話:寝耳に大瀑布な気分

 朱音の主な日課として、夜には必ずネットサーフィンをする。


 特になにか明確な目的があってではない。これはいわば、単なる暇つぶしにすぎない。


 なにかおもしろいものはないか。ぼんやりと当てもなく適当に検索するからこそ、おもしろいネタに当たった時がなによりも楽しい。



「ん?」



 大手SNSの検索にて、朱音ははてと小首をひねった。



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 謎の美少女剣士

 19,993件のポスト

 ゲーム・トレンド


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 彩月タマモ

 18,343件のポスト

 エンターテイメント・トレンド


―――――――――



「タマモって……たしか、あの時の……」



 似たような名前はいくらでもある。


 彼女と同一人物であるという可能性は極めて低い。


 そう思いながらもつい検索したのはやはり、名前に関心を抱いたからに他ならなかった。


 表示されてすぐに、朱音はハッとした。どうりでどこかで見たはずだ。


 あの時思い出せなかったことを自嘲気味に小さく笑う。彼女ほどの有名人を知らない人間はそうそうにいないだろう。危うく数少ないそちら側になるところだった。



「まさか、あの大手Vtuberと実質コラボしていたとはなぁ……」



 朱音はもそりと呟いた。


 ドリームスターライブプロダクション――五年ほど前から設立された、Vtuberによるアイドル事務所の人気は今や世界中に浸透している。国内のみならず国外からの人気も熱く、イベントが開催されればわざわざ遠路はるばるやってくる海外ファンも多い。


 彩月タマモは、その事務所に所属する第一期生だ。黎明期よりずっと支えてきた彼女の人気はもはや、並大抵のアイドルでは勝てないといっても過言ではない。


 その相手と偶然とは言えコラボを果たしたのだから、さしもの朱音もこれに驚かずにはいられなかった。


 人生とはなにが起きるかわからないものだ。すこぶる本気でそう思った。



「……ん? あれ、これって……」



 ポストの内容の大半がすべて自分である。


 こうなる未来を果たして誰が想像できようか。


 本来の主役であるタマモがむしろオマケのような扱いにすらなっている。


 ポストの内容は決まって、本日の【バーチャウォーズ】のことだった。


 切り抜かれた動画で己の立ち回る姿がそこにあった。客観的に見て、動きはそこそこいい。


 特になんの問題もないが、師でもある祖父からすればきっと「この程度で喜ぶとはまだまだ未熟じゃ! 精進せい!」と、きっと一喝したに違いない。朱音は自嘲気味に小さく鼻で笑った。


 それはさておき。



「おいおいおいおい……全員俺のことを女だと思ってるぞこれ!」



 朱音は愕然とした。



▶これ、絶対アバターやん。中身おっさんで草www

  ∟これ証拠の写真な? めっちゃかわいかったで!

    ∟盗撮してて草w

    ∟通報しました。とりあえず証拠として写真は保存しておきますねー。

    ∟は? これが現実にいるとかやばいやん。ちょっと45るわ。

      ∟変態おるやんwww そういうのやめとけー。



 ユーザーの中にはどうせアバターだろう、とこうコメントするものもいた。


 できることならばそのままそう思ってもらいたい、というのが朱音の本心だった。


 だが、あの場にいたプレイヤーの誰かが撮影したのだろう。隠し撮りに近しいその行為は決して褒められたものではないし、いわばこれは個人情報の流出だ。ちゃっかり撮られた現実世界の己に殺到したコメントの数は膨大の一言に尽きた。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。自分はただ、純粋に【バーチャウォーズ】を楽しんでいただけなのに……! 朱音は深い溜息を吐いた。


 落胆ばかりしている暇はない。予期せぬ形でバズってしまったことを素直に喜ぶ気持ちはこれっぽっちもなかった。


 これは、絶対に面倒なことになる。そう確信したからこそ、これより先どうするべきか対策を立てなければならない。



「というか、たかが一般人なのになんでこんなにこいつらは盛り上がれるんだ? まったく意味がわからんしマジで迷惑なんだけど……」



 夜の中とは本当に何が起こるかわからない。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。朱音はがくりとうなだれた。


 とりあえず次回遊ぶときはきちんとアバターを作成しよう、クラスも……違うものを選んだほうがいいかもしれない。



「――、朱音よ。お主に電話がかかっておるぞ」


「俺に?」



 突然の祖父からの言葉に朱音ははて、と小首をひねった。


 時刻はもうすぐで午後九時になろうとしている。こんな時間に電話とは珍しいな……。不思議に思いつつも受話器を手に取る。



《あ、夜分遅くに申し訳ありません》



 受話器越しから聞こえたのは若い女の声だった。



「はぁ……失礼ですが、どちら様でしょうか?」


「申し遅れました。わたくし、ドリームスターライブプロダクションに所属しております、スタッフのノンというものです」


「は?」



 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。


 ノンと言えば、ドリームスターライブプロダクション……通称ドリスタを設立時からずっと支えてきたスタッフである。本来裏方に属するはずの彼女だが、意外と人気が高くたびたび配信者として出演もしている。


 アイドルでこそないものの、彼女が有名であることにはなんら変わりない。


 朱音がそのような反応をしてしまうのは無理もなかった。


 あの大手Vtuberアイドル事務所からの電話である。これが一般人であればきっと卒倒していたに違いない。


 だが、何故ウチに電話をしてきたのだろう。理由がまるで思いつかないし、そもそも電話をされるとは夢にも思っていなかった。それだけに朱音の驚愕はかつてないほど強大である。



「……いやいや、なんで?」



 朱音はすこぶる本気でそう尋ねた。


 電話をしてくる理由がまるでわからなかった。



「というか、どうしてウチの電話番号を知ってるんですか!?」


《え? ホームページが普通にありましたよ?》


「ほ、ホームページ!?」


「――、あ、そうそう。一つ言い忘れていおったけどワシ最近ここのホームページ作ったんじゃよ。朱音以外の門下生も教えたいなと思ってな」



 完全に寝耳に水だった。


 さらりととんでもないことを口にした祖父はがらがらと笑うばかりでまるで反省の色がない。そのような大事な話をどうして孫である自分にしてくれなかったのだろう……。後、勝手に写真を掲載するのだってせめて一言ほしかった――承諾は多分、しないだろうけど。朱音は深い溜息を吐いた。



「――、とりあえずご用件はなんでしょうか?」


《あ、はい。実はですね、朱音さんにお話がありまして――率直に申します。朱音さん、ぜひウチの専属Vtuberとして配信活動をしてみませんか?》


「は?」



 朱音はぎょっと目を丸くした。



「え? は?」


《あ~驚かれるのも無理はないと思います。ですがこれは嘘ではなく現実です》


「いやいやいやいやいや! なんで!?」


《すでにご存じとは思いますが、ウチのタマモが【バーチャウォーズ】の配信をしていたと思いますが……それが凄まじい影響を生みまして》


「そ、それは……まぁ、はい。自分でもまさかトレンド入りしているとは思わなかったですけど……」


《そこで社長がぜひともウチにきてほしい、と仰ってまして。こうしてお電話させていただいたというわけです。本当ならもう少し早くご連絡したかったのですが……》



 はっはっは、と力なくそう笑うノンの声に元気は微塵も感じられない。



「……マジか、これ」



 言っている意味がまるでわからない――本当にわからないわけではない。


 あまりにも現実離れしすぎているから、思考回路が著しく混乱している。


 これは、きっと大きなチャンスなのだろう。大手からスカウトがくるなどという機会は滅多にない。大抵はオーディションによる厳密な審査を見事クリアしてようやくなれる。


 その過程を飛ばしていきなりアイドルになれるのだから、所属したいと真に心から願うならば千載一遇のチャンスだ――ただし、ドリスタはとんでもないミスを犯している。



「あの、一応確認してもいいですか? スタッフとしてではなく、アイドルとしてですよね?」


《はい、もちろんそうですよ》


「……だとしたら、俺にはお受けすることはできません」


《え? それはどうしてでしょうか?》


「……俺、男なんですけど。そのことをわかった上でこの話されてます?」


《は?》



 今度はノンの口から素っ頓狂な声がもれた。


 どうやら本当に気付いていなかったらしい。


 この見た目は本当になにかと苦労させる。朱音は自嘲気味に笑った。


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