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第2話:武士道精神が、ウズウズしますな!

 九尾の狐娘が現れてからというものの、周囲が大いに騒がしくなった。


 このゲームには他のプレイヤーもたくさんいる。


 すでに朱音の周囲には三十人以上ものプレイヤーがいた。


 その彼らが一様に、狐娘を前にそわそわとしてひどく落ち着きがない。


 いったい彼女のなにが彼らをこうも駆り立てるのだろう。やはり、よく思い出せない。朱音は終始はて、と小首をひねる他なかった。



――それではただいまより、ゲームを開始します――



「始まるみたいだな……」



 朱音は腰の大刀を静かに抜いた。


 他のプレイヤーも同様に武器を手にしている。


 【バーチャウォーズ】の最大の魅力は、なんといってもゲームという設定に縛られないことにある。


 一応システム内でこれより遊ぶわけだが、実力はすべてプレイヤー本人にゆだねられる。


 つまり己の肉体がすべてであり、クラスに応じた固有スキルなどというものは存在しない。


 己が脆弱であればたちまちゲームオーバーとなってしまう。それが【バーチャウォーズ】なのだ。



「あの狐の女の子は……」



 何気なく見やった。小柄な体躯にはいささか不相応な長さを誇る一条の槍が、しかと握られていた。


 果たして扱いきれるのか? 朱音はいぶかし気な視線で狐娘を見やった。



――制限時間内にすべての敵を討伐してください――


――なお、一番多く倒したプレイヤ―には特別な報酬が与えられます――


――みなさんのご検討をお祈りしています――



 ついにゲームが始まった。


 幕末の太安京の街並みに次々と敵が出現する。


 鎧武者だった。ただし彼らは等しく生者にあらず。甲冑の下より覗かせる肉体はなかった。


 厳密には白骨だけがよく見える。骸骨武者が襲い来る光景は圧巻の一言に尽きよう。実際、プレイヤーの中には情けない悲鳴をあげて逃走する者がちらほらと見えた。


 いったい何をしに来たのか、わかっているのだろうか。朱音はそんなことを、ふと思った。



「一番槍はこの玉藻ちゃんがいただきますよー!」


「むっ」



 槍を手に狐娘が骸骨武者へと肉薄した。


 体捌きは、まぁ悪くはない。槍の腕前も素人ではないらしい。どこかの流派に属しているようには見えない、おそらく我流だろう。多少の粗さこそあれど的確に心臓を射抜く技量は見事だった。



「お、俺たちも玉藻ちゃんに続くぞー!」


「玉藻ちゃんは俺たちが守るんだー!」



 他のプレイヤーたちがようやく動き出した。


 骸骨武者に向かって雄たけびと共に地を駆る姿はとても雄々しい。


 とはいえ、実力については下も下だった。一太刀浴びせる間もなく、全員が返り討ちにあってそのまま脱落していった。


 三十人以上はいたはずのプレイヤーも、いつしか自分だけとなってしまった。


 こういう状況を絶体絶命というのだろう。朱音は目前より迫る骸骨武者に不敵な笑みを浮かべた。


 これはあくまでゲームだ。実際に死なない、痛みが伴うこともない。それでもこの時の魂はいつになく高揚していた。


 斬るのが楽しい。もっと刀を振るっていたい。そんな気持ちばかりが胸中でどんどん強くなっていく。



「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと休ませてほしいんですけど……」



 一人だけまだ生き残っているプレイヤーがいた。


 あの狐娘だ。見た目によらずなかなかやるらしい。それでも体力が限界に達しつつあるのだろう。最初のころのキレのある動きはすっかり鳴りを潜めてしまい、動きにも緩慢さが目立ちつつある。


 彼女は、ここらが限界だろう。朱音はそう判断した。



「――、横から失礼。ポイントがほしいので獲物いただきます」



 助けるつもりは毛頭ない。協力型でこそあるが、特別な報酬をもらえるのは一人のみ。


 その一人になるためには、どうしても他のプレイヤーを蹴落とさなければならない。今回ではこの狐娘が最大の好敵手だ。


 自分の身は自分で守ってほしい。誰かを守りながら戦えるだけの余裕は、朱音にはこれっぽっちもなかった。


 その骸骨武者はあろうことか、狐娘に太刀を振り下ろそうとしていた。


 見過ごしてもよかった。朱音に狐娘を助けるつもりはこれっぽっちもなかった。


 ゲームといえどここはすでに戦場なのだ。ましてやそこに豪華賞品があるとすれば尚更、他は邪魔でしかない。


 どうせならば豪華賞品を手に入れたい。中身のほうについては、開けてからのお楽しみということで片付けておく。



「あ……」



 狐娘が何かを言おうとした。


 しかし朱音はそれに応じない。彼の意識は常に前方よりどんどん迫る骸骨武者だけを捉えていた。



「ふっ!」



 卓越された剣戟は、たちまち骸骨武者を地に還していく。


 一体の実力はさほど強くない。おどろおどろしい見た目と鈍重な太刀筋さえ冷静に見切りさえすれば対処するのは実に容易かった。これならウチのじいちゃんのほうがよっぽど強いな。最後の一体を切り捨てたところで、朱音は刀を鞘に納めた。


 ぱちんっ、と鯉口と切羽が重なるその音は大変きれいなものだった。



「…………」



 再び静寂が流れた。


 気が付けば、他の骸骨武者の姿がどこにもなかった。


 逃げたのか。どうやら先ほどの骸骨武者が統率者だったらしい。


 頭を失ってはどうすることもできない。よってこのゲームの勝者はプレイヤー側だ。朱音はそう判断した。



――ゲームクリアおめでとうございます――



 アナウンスと共に、上空にゲームクリアの文字が浮かんだ。


 はじめて【バーチャウォーズ】をプレイした。たかがゲームと思っていたものが、こんなにも楽しいとは思いもしなかった。できることならばずっと遊んでいたい。だが、何事にも必ず終わりは訪れる。


 名残惜しくはあるがそろそろ現実世界へ戻る時だ。朱音は小さな溜息と共に納刀した。



「あ、あの!」



 たったったっ――軽やかな足取りでやってきた狐娘だが、どこか興奮した面持ちだった。



「さっきの動きすごかったです! いやぁ、タマモちゃんもこのゲームやってますけど、あんなに動ける人はじめて見ましたよ!」


「は、はぁ……どうも」



 随分と馴れ馴れしい娘だ。朱音はひとまず軽く会釈を返した。


 初対面の相手からこうも積極的に絡まれるのは、あまり得意としていない。


 早く現実世界に戻してくれないだろうか。朱音は切にそう願った。



「――、はい。というわけでタマモちゃんのバーチャウォーズ配信はこれで終了したいと思いまーす! これでも自信あったんだけど世の中は広いというかなんというか。こんなにもきれいなお姉さんに助けてもらっちゃってタマモちゃん大感激ですぞwww」


「は、はぁ……」


「って、お姉さん困惑しちゃってる! それじゃあみんな、次回の配信で会おうね~おつた~まも! ばいば~い!」


「……配信者だったのか」 



 バーチャウォーズを配信している者は決して少なくはなかった。


 だが、再生数や登録者数を狙うにはそれ相応の実力が必須となる。


 従来のゲームのように単純にコントローラー捌きがうまいだけでは、このジャンルは成り立たない。


 彼女には配信するに相応しい魅力があった。結果的に窮地に陥ってこそいるが、唯一の生存者でもある。



「――、はい。これで配信も終了っと。本当にさっきはありがとうね。おかげで助かっちゃいました」


「あぁ、いや別に俺は気にしてない」


「おぉっ! まさかの俺っ娘! 男勝りな口調をしたかわいい女子というのも乙なものですなぁ」


「え、えぇ……?」



 自らをタマモと名乗った少女からの絡みは続いた。あたかも親しい友人のような振る舞いに、朱音は戸惑うしかない。



「おっと、それじゃあタマモちゃんはこれで失礼しちゃいますね! またどこかであったら一緒に遊びましょう!」


「あ、ちょ、ちょっと……!」



 制止するよりも先に意識は現実世界へと帰化した。


 元のありふれた光景が視界に広がっている。


 楽しかった。だが、些細ではあるけれど心残りができてしまった。


 まだ、あの少女はここにいるのだろうか。淡い期待を込めて部屋を出る。



「あっ! あれさっきの人じゃない!?」


「マジだ! やっば、めっちゃかわいいんだけど」


「お、俺ちょっと声かけてこようかな……」



 ぞろぞろと集まるプレイヤーたちの中から少女を限定する――実に愚かしい。


 【バーチャウォーズ】内での己は仮初の姿でしかない。ありのままの自分を使うことはもちろん可能だ。だが中には初心で表に出るのが恥ずかしいという者だっている。そうした者はもう一人の自分を作る。


 かわいくしたり、かっこよくしたり、己の趣味嗜好を心行くまで反映するのを可能とした運営はとてもよい仕事をしている。


 あの狐娘が、ありのままの自分を出しているわけがなかった。実際に獣耳を生やした人間など、未だかつて目にしたことがない。あれはアバターだ。ならばここでいくら探したところで見つかるはずもなし。


 できることなら訂正しておきたかった。勝手に盛り上がる野次馬を他所に、朱音はその場から静かに去った。


 楽しいひと時だった。政府からの決まりとはいえ、こうも高揚するならば全国からプレイヤーが集うのも頷ける。


 次にできるのは、さていつごろか。人気であるがために利用者は極めて多く、そして未だ稼働数が追いつかないのが現状だ。今日プレイするのにも一週間以上も以前から予約してようやくといった状態である。


 その時までにもっと強く成っておかなければいけない。一人そう決意して、朱音はゲームセンターを後にした。



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