「師匠、教えてもらえた約束組手って、お互いに次どうするのかって宣言してやるものですよね?」
「あぁ。アーノイドさんとは言葉を交わしてなかったじゃないかって?」
「はい」
騎士訓練場からの帰り道。
しばらくトリアは自分で色々唸りながら考えていたようだけど、わからなかったみたいで、白旗を振ってきた。
「剣術とはその剣を扱うにあたって合理を極めたものだってのは教えたな?」
小さく頷いたトリア。
まずは自分で考えるってのは大切なことだが、意外とできる人が少ない。
俺が改めて言うまでもなくちゃんと出来ているトリアだ、野暮なことは言わずに教えよう。
「一つずつ解決しよう。騎士剣術とは何を目的としている?」
「えぇと、基本的には多数対多数の場で使用することを想定された剣術です。殺害ではなく重傷を狙い、相手の戦力を削ぐことを目的としています」
その通り。
殺してしまえばそれまでだが、負傷者を増やすというのは戦場において理にかなった狙いだ。
負傷者の手当てをする者だとか、介助する者だとか。
一人が怪我をしたことによって、複数の人的資源を充てがわなければならない。
「正解だ。少し乱暴な言い方になるが、どこでもいいから相手にあたれ、あたったのなら大怪我しろって雑な剣術ってわけだな」
「ざ、雑って」
「実際太刀筋の美しさや立ち振る舞いって面を見れば、剣術の中で一番野蛮と言っていいし、飾らずに言えば汚い。だが、美しさなんて戦うにあたっては不必要なものを削りに削った、極めて実戦向きの剣術とも言える」
中には実戦で活きるかどうかこそが美しさであるなんて言う人もいるしな。
「トリアも知ってるかとは思うが、騎士剣術の奥義は斬り降ろしと斬り上げのコンビネーション。その精度で大凡の力量は掴める」
「は、はい。確かに腕前を見せろって言われたらそれを披露しますし、なんとなくわかります」
「アーノイドさんと打ち合った最初の10合、あれはお互いどれくらい騎士剣術を知っていますかっていう部分の確認作業だ。特別なことじゃない、俺が彼を測ったように、彼も俺を測った。そうしてお互いにこの手筋でやりあいましょうって先に約束したんだよ」
一定以上の技量、剣術への理解があるのなら難しいことじゃない。
10合が終わった時点で、こういうときにはこうするだろうなって俺だけじゃなくアーノイドさんも見えたはずだ。
ならばあとは具体的な剣速であったり、疑問手とされる対応に対する対処の仕方。そういったものを確認して終わり。
「で、でしたら回転斬りで勝負が決まっていたというのは」
「先も言ったが騎士剣術の奥義は斬り降ろしと斬り上げのコンビネーション。それは最初の一手としてほぼ採用される。それだけに如何にそのコンビネーションを通すかが最初のターニングポイントと言えるだろう」
「ターニングポイント……あっ、だからビスタさんは!」
「いい着眼点だ。そう、奥義を通すための
「……本来途中で剣筋を変えるなんて出来ない、出来ないからこそ相手の選択肢にない。それはつまり――」
騎士剣術の合理性に、これ以上無いほど則った一撃となる。
比較してしまうのは申し訳ないし不敬だろうが、そこがカタリナ姫との一番の違いだ。
「話を戻そう。最初の一撃が騎士剣術の理を突き詰めたものであるのなら、当たり前にその理を崩すことこそが騎士剣術士を倒すための第一歩となる。それが――」
「いえ、師匠。その先は、自分で考えます」
おっと……良いね良いね、俺もつい饒舌になってしまったが、素晴らしい向上心だ。
やっぱりトリアには素養がある。求道者とでも言える素養が。
根本に強くなりたいと願う気持ちがあれば、そしてそれが強ければ強いほど、結果に出る。
カタリナ姫には素養がなく才能があった。
トリアには才能がなく素養があった。
この二人は、きっとお互いを大きく高めあえる関係になるだろう。
「……師匠は」
「うん?」
「師匠は、どうしてそんなに強いんですか?」
「どうしてって」
「ボクに見せてくれた魔法もそうです。あれがどれほどすごいことなのかくらいわかります。すごくなければ、今頃街の洗濯屋は商売になっていませんから」
じっと。
ただの疑問でも興味でもないだろう、言い表す言葉が思いつかないけど。
まっすぐ、何かの答えを見つけ出そうとするかのような目で射抜かれた。
「魔法だけでも名前を轟かせることは出来たはずです。なのに、なんで団長を子供扱いできるほど剣が振るえるのですか? それが才能なのですか? それとも、ボクに言ってくれた素養なのですか?」
あぁ……これは、嫉妬か。
わかるよ、トリア。
あえて言うのならそれこそが俺の原動力だから。
「そうだな……俺には魔法の才能があったけど、剣には才能も素養もまったくなかったんだ」
「嘘ですっ! だったら、なんで今!」
「今でも剣より魔法のほうが得意だ。昔からそうだ。剣なんてこれっぽっちも上手くならないことに対して、魔法の腕だけがどんどん磨かれていった。けどそれでいいと思ってた、人には得手不得手があるし、剣じゃなくて魔法で生きろって神様か何かが言ってるんだって」
周りもそういった。
魔法の天才だなんだと持ち上げてくれて、鼻高々で十分な生活を送っていた。
生まれた村で一番の剣士を魔法でボコボコにして、近隣の剣士を見ればすぐ喧嘩をふっかけてボコボコにして。
今思えば恥ずかしい限りだけど、幼かった俺はそれが気持ちよかった、生きてるって思えていた。
「けど、伸びた鼻を叩き折られたんだ。俺とは真逆、剣の申し子みたいな人と出会った。調子に乗っていた俺だから魔法で完封してやるなんて息巻いて喧嘩をふっかけて、ボコボコにされた」
あの時の気持ちは忘れられない。
仰ぎ見た滲んだ空の色が網膜に焼き付いている。
「……それが、その」
「あぁ、師匠と言える人さ。もう、この世にはいないけど」
「ご――ごめんなさいっ!」
「良いさ」
天寿を全うしたんだ、良いも悪いもないし、誰かに謝られることでもない。
「それに、師匠と言える人であって、師匠じゃない。むしろ師匠なんて呼んだら気持ち悪いからやめろなんて言われてしまうよ」
勝とうと思った。
勝つために剣を勉強した。
剣を知らなきゃ、勝てないって思ったから。
そして。
「今でもあの人に勝ちたいって想いは消えていない。むしろ日を増すごとにずっとずっと強くなっている。でももう直接雌雄を決するなんてできないから……考えたんだ」
「考えた……?」
「世界で一番の魔法使い、賢者になろうって。そうすればきっと俺はあの人に認めてもらえると思ったんだ、お前には勝てねぇなって。それがどうして剣聖なんて呼ばれることになったのやらって感じだけどな」
あの人を倒すために学んだ剣で、剣聖と呼ばれることは素直に嬉しい。
でも同じくらい戸惑ってしまう気持ちがある。俺の中で一番の剣士はあの人のまま変わっていないから。
「トリア」
「……はい」
色々と聞いたり、なんだりしたい気持ちはあるだろう。
それでもぐっと堪えて返事をしてくれたトリアに感謝を。
「お前は強くなるよ、なにせ俺とおんなじだ。同じ俺が剣聖になったんだ、お前も剣聖と呼ばれるにふさわしいくらいには、強くなれる」
ぽんぽんと、肩くらいにあるトリアの頭を撫でて。
「弟子はいつか師匠を越えるもんだ。だからお前は……俺が生きている間に、俺を超えてくれ。じゃないと俺みたいな迷走しまくる変人になっちまうからな」