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第19話「理詰めと感想戦」

 最初の10合でこうしますよってのがわかった。


 ただ、これならお互い一番得意な得物を使って、全力で相手をしたかったななんて思う。

 それはアーノイドさんも同じようで、真剣というよりは楽しそうな表情の中に、一抹の悔恨が見え隠れする。


 またの機会、だな。


「了解です。じゃあここからは本気で」


「承知した」


 とは言えいい機会に変わりはない。


 流石に騎士団長と言うべきか、ショートソードを持ったアーノイドさんは極めて完成度の高い騎士剣術の使い手だ。


 このクラス相手と組手できるなんて、そうそうないこと。

 もしかしたら初めて姫様の剣術指南役、剣聖になって良かったと思ったかも知れない。


 さて。


「ふっ――」


 改めて剣を合わせて挨拶をしてから。


 アーノイドさんは先手を選んだ。

 騎士剣術というかショートソードは基本的に叩き斬ることを理とした剣である。

 刃筋を立てて切断することよりも破壊することを目的としてると言えるだろう。


 つまり、一刀で殺すのではなく、一刀で重傷を負わせる剣だ。

 狙う場所は急所でなくとも構わない。相手を行動不能にすることこそが騎士剣術の理である。


「いい、太刀筋です!」


「お褒めに預かり光栄だっ!」


 肩から斜めに入り込む剣閃、騎士剣術の基本であり奥義、袈裟斬りからの斬りあげ、V字斬り。

 ブイ字型を描く剣の軌道は、剣閃が疾ければ疾いほど応手が難しくなるし、簡単に弾くこともできない。


「っ!?」


「ならこれでどうですっ!」


 斬り降ろしを半身で躱して、剣が持ち上がる瞬間に突きを繰り出す。

 応手としては一般的なものだが……アーノイドさんほどの腕前だ、割り込まれたのは久しぶりなんだろう驚きが顔に出た。


「小癪!」


 最善手。

 振り上げる剣閃を俺の突きに合わせようとしてきた。

 突きを払い、俺の体勢を崩すって流れになるが……。


「よっ……とぉっ!」


「な、にぃっ!?」


 すぐに突きの腕を戻し勢いのまま身体を横に半回転。

 勢いのままに振り上げられた剣を逆に回転斬りで狙う。


 そうすれば。


「ち、ぃ……っ!」


「下がりますか」


 崩れた体勢のまま後ろに大きく退いていく。


 残念ながらそれは悪手だ。


「繋げますよ」


「ぐっ!」


 もちろん仕切り直しなんて許さない。

 一足飛びで追いつき、足を狙って再び突きを放つ。


「う、おぉおおっ!?」


 着地から重心が動かせていない、つまり脚は動かない、動かせるのは腕だけ。


 そしてこの突きを剣で払わないという選択肢はない。

 どれだけ力が入らなくても、無理やり腕力で弾かないと脚が貫かれて終わりだ。


「――な」


「まだ、まだぁっ!」


 いやぁ……ほんとやるなぁアーノイドさん。


 あの体勢から、ショートソードを投げますか。

 いやはや盲点でした、確かにこれは弾く他にないです。


 俺も体勢を崩しながら、投げ放たれたショートソードを剣で弾く。


「くぉおおっ!」


 鍛えた身体は伊達じゃない、か。

 投げられたショートソードは予想以上に重かった、これが本来の得物だろう大剣だったらと思うと背筋が凍る。


 あぁ……この先を見てみたい。もう少し、長く戦いたい。


 けど、これは約束組手だから。


「ありがとうございました」


 理を手放した時点で終了だ。


「っ!? ……ふぅ。そうだった、約束組手だった。つい、忘れてしまっていた」


 必死の形相でショートソードへ手を伸ばそうとしていたアーノイドさんが、自嘲するように笑って。


「ありがとうございました。現剣聖の胸を借りられたこと、誇りに思う」


「俺のほうこそ。騎士剣術の更なる可能性を見せてもらえました。勉強させてもらえましたよ」


 参ったと宣言した。




「最後は突き返しが正解だったか」


「そうですね、相打ち狙いの突き返しで、俺の応手待ちが正解だと思います。その先にある選択肢は更に難しいものにはなりますが」


「それでもベルガ殿の回転斬りで決着までの道筋は決まっていた。不覚にも勝利に執着してしまったよ」


 お恥ずかしいと頭を掻くアーノイドさんだ。


 言われたように実はその時点で勝敗は決まっていた。

 約束組手に準じて続けるのであれば、回転斬りを下がって避けたのであれば、追撃の突きに相打ち狙いを仕掛けた後……そうだな。


「俺はきっとそのまま体当たりに移行していたでしょうね」


「なる、ほど。弾いては仕切り直しになる、か。ダメージトレードに持ち込んで有利を手放さない、と」


「あの体勢からであれば、アーノイドさんは狙えて俺の利き手とは逆の肩くらいでしょう。俺は利き足を狙っていましたし、体当たりの入り方によってはそのまま詰みを狙えます」


「あぁ……くそ、そうであれば後3合は打ち合えたというのか。後悔はやはり先に立たないものだな」


 今度は本当に悔しそうに頭をガシガシと。


 気持ちはわかる。

 ある意味集中を切らしてしまい、約束組手をショートソードと一緒に投げてしまった形だ。

 通常組手であればあのまま続行だったが、周りの勉強にはならない。


「とりあえず今回は斬り降ろしと斬り上げに割り込まれた時の対処法。そして対処法への応手が見せられたってことで満足しましょう」


「そうだな……しかし」


「言わないで下さい。俺も同じ思いです。もしも通常組手の機会があるのなら、お互いの得意武器で」


「あぁ。約束だ」


 約束を握手と共に交わした瞬間。


「うおおおおおおっ!!」


「うわっ!? うるさっ!!」


 組手を見ていた騎士たちの歓声に包まれた。


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