「ふぅ……」
悔しいけれど、認めなければならないことが一つ。
「充実、してる」
今までの人とは違う、ちゃんと私を見てくれた。
名誉も、お金も、立場も。
そんなものを通さないで、一人の剣士として、扱ってくれている。
「わかってる、わかってる……わかりたくない、けれど」
私の先にあるかもしれない物になんてまるきり興味がなさそうで、もしかしたら私にすらさして興味がないかもしれない。なんて。
ある種の、余裕。
そうだ、余裕だ。あの人は、切羽詰まっていないんだ。
きっと、私が無理やりクビにしたとしても、笑いながら「そうですか」なんて言って、足を止めることなく去っていくだろう。
今は、それがとても悔しく思う。
「強く、なりたい」
認められたいって、ずっと思ってた。
父に、民に、世界に。
私はここに居ると、ただのお姫様じゃないんだと。
剣聖になれば叶うと思っていた、思い込んでいた。
幸か不幸か、今になったらわからないけれど、私は強かったから。
でもそんな強さは、あの人の足元にも及ばなかった。
「認められたい……」
だから私の根源たるその願いは今、ただ一つ。
あの人に、認められたいという一点に集中している。
「なんて、ね」
こんな気持ちを恋と言うのかな? だとするのなら随分と独りよがりで迷惑な感情だ。
本で読んだうっとりしてしまうようなロマンスも、燃え上がるような情動もまったくない。
ただただ、心の奥でチリチリと。
小さいのに、無視できないほど熱く、熱く揺らめく炎のような。
「やめやめ、私らしくもない」
頭を振って考えを追い出す。
それにしても疲れが抜けない、体力には自信があったのだけれど。
それだけ密度の高い授業であると思えば納得できるものよね。
「約束組手、かぁ」
聞いたことも教わったこともない方法だった。
言われたようにすごく難しいと感じた。
結局一合も打ち合えないまま終わっちゃったし……いつになったらちゃんとできるようになるんだろう。
「ちゃんと……」
誤魔化すのは止めましょう。
あの人と約束組手ができるくらいになるのは、どれくらい先になるんだろう、よ。
難しいって言われるのと同時に、同じ程度の力量がないと無理だとも言われた。
私の剣は、あの見習いだった騎士と同じって見られているってわかった瞬間には頭がカッとなったけど。いざ実際にやろうとしてみればそんな考えは吹き飛んだし……なんであの子は見習い扱いのままだったのよ……。
もちろん片方が成立させてあげるように動くことはできるって言ってたけど、それは手加減して相手に合わせるって意味よね。
手加減されるなんてむかっ腹が立つし、やっぱり対等に。
「失礼致します。お迎えに参りました」
「ん。ありがと」
考えてばっかりも性にあわない、わよね。
とりあえず汗を流して、公務を終わらせてからもう一度木人で。
「……あれ?」
「如何なさいましたか?」
「なんだかすごい声が聞こえない?」
「あぁ。なんでも新旧の剣聖様による、やくそくくみて? という訓練が行われるそう――姫様っ!?」
なにそれ聞いてないっ!!
公務? 知らないわっ! なにそれ美味しいのっ!? この機を逃すもんですかっ!!
「は、はぁっ、はぁっ、はぁ……」
「ひ、姫様っ!?」
「と、とりあ……? ま、まだ、くみて、はじまって、ないわよね?」
「え、あ、はい。丁度、これからですよ」
く、訓練着で良かった……ドレスだったら間に合わなかったわよ……つ、疲れた。
「お、おい、あれって……!」
「ひ、姫様っ!?」
「ぽ、ポニーテール姫様もお美しいんじゃぁ……!」
あぁもう、うるさいな。
私に気を取られてこんな最高の機会を見逃すなんて騎士の名折れなんだからね!
「失礼しました。どうか私は気にせず、騎士の本分を」
「っと! そうだった!」
「あぶねぇあぶねぇ!」
ってあら? こっちに向けられた視線が一斉に無くなった。
いつもだったら、もっと、こう……。
「く、悔しくなんか、ないんだからね」
「え? 悔しい? どうされました?」
「な、なんでもないわ!」
複雑ね……ほんとに複雑。
でも、そうだ。
自分で言った通り、見逃すなんてありえない。
「――始めっ!」
「っ……」
間に立っていた……誰よあのつるつる頭。
まぁいいわ。とりあえず……え?
「……なに、あれ?」
「申し訳ありません、ボクにも、ちょっとわかりませんね」
見えない。
ううん、最初に剣を合わせたところは見えた。
でも。
「え、あ、え……えぇ?」
「今、何回打ち合ってました?」
わからない。
剣がぶつかりあった音は5回聞こえた、それだけ。
「了解です。じゃあここからは本気で」
「承知した」
え? 今、なんて言ったの?
本気?
さっきまでのは、本気じゃなかったの?
「……すご」
「団長の騎士剣術は久しぶりに見るけど、こんな感じだった、か?」
「いや、ベルガ殿が合わせてるんだろう。上手く団長の力を引き出しているような動きだ」
待って、他の皆は、騎士たちは、あれが見えてるの?
「と、トリア」
「は、はい。申し訳ありません、ボクには、見えません」
謝りながら、トリアはぎゅっと拳を握りしめた。
悔しいんだろう、他の騎士には見えているらしいのに、自分はまだ見えないことが。
けど、私は。
「魔法、みたい……」
見えないけれど、一切の無駄が感じられない、この剣舞を。
キレイだ、って。
私は、高みというものを、そうとしか、思えなかった。