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第17話「約束組手」

「じゃ、じゃあトリア? 今から右肩を突くわね?」


「は、ははいっ! ど、どうぞ!」


 恐る恐る、そろりそろりと。

 剣先に虫が止まってあくびでもできそうなスピードで姫様のレイピアがトリアの右肩へと伸ばされる。


「えぇと、えーと……では、拳の間合いまでひきつけて、ハンドガードで弾きます」


「わ、わかったわ」


 次にこうするよとトリアが宣言し、その言葉どおりギリギリまでひきつけマインゴーシュのガード部分で弾こうとするが。


「はいトリアに大ダメージね」


「ま、またぁっ!? まだ一合も打ち合えないんだけど!?」


「し、師匠……今度は何が悪かったのですか?」


 姫様はぷんすかと地団駄を踏んで、トリアはげんなりしながら肩を落とした。


「じゃあ聞こうかトリア。右肩を狙った突きをどうやって右手で弾くんだ?」


「それは、こう、腕を上に振って払いのけるようにしてです」


「……あ」


「姫様は気づきましたね? そう、上に払いのけるという防御方法にレイピア側は付き合わないでいいのです。すぐに腕を引いて、がら空きの身体を狙える」


 二人にやってもらってるのは約束組手と呼ばれるものだ。


 お互いに今からこうしますよと宣言しあって、それに対する応手を組み上げていくという、対戦組手というよりは、舞闘に近いもの。


「やる前に言ったことがそろそろわかったでしょう。ただお互いの実力をぶつけ合う組み手より遥かにこっちのほうが難しい。自分の理、相手の理に対して深い理解を持っていなければ成立しないのです」


 そして通常組手の何倍も疲れる。

 実際、まだ四回目の組手にも関わらず、二人の顔には強い疲労が滲んでいた。


「今の形であれば、トリアは回避一択。姫様の身体の外へ回るか、内に回るかって選択が生まれる。あるいは下に潜り込むよう回避するなんて意外性の一手もあるが……いずれにせよ受けはない」


「……はい。説明してもらえると、わかります。内側に避ければ間合いを詰められて、外側なら武器破壊を狙えます」


「じゃあ姫様、そうされた場合の応手はどうですか?」


「内なら連突、外なら突き抜け、かしら」


「強気な選択ですが、正解の一手と言えるでしょう。連突を見せればトリア側は再度回避の選択を押し付けられることになりますし、攻撃に回れない。突き抜けたなら武器破壊を免れると共に間合いを再び取り、仕切り直しの形になります」


 疲れながらも俺の言っていることは理解できている様子だ。

 目を閉じてその光景を想像しているのか、時折頷いている。


「ともあれ、初日はこんなものでしょう。では最後に姫様」


「何?」


「今の状態で木人、突いてもらえますか?」


「……わかった」


 一瞬何いってんのみたいな顔された。こんな状態で良い点数なんて出るわけないって思ってのことだろう。


 それでも堪えて頷いてくれたあたりに成長を感じるね。目頭が熱くなるよ。


「師匠? 木人とは?」


「お前は帰ってから同じものを作ってやるから、まぁ見とけ」


 いつもの木人の前に立って深呼吸を一つ。

 疲労のせいかいまいち集中しきれないようだけど、いい感じに力は抜けている。


「――シッ!」


「……32点。うん、いい感じですね」


「あ、れ……?」


 出た点数が信じられないのか目を丸くしているけど、これくらいは出る突きだった。


 まだまだ始まったばかりだけど、姫様にしてもトリアにしても自分の理を掴み始めたんだ。

 それはつまりどうすれば自分に適した剣を振るえるかどうかを理解し始めたということ。


「ね、ねぇっ! これって!」


「お見事です。私から答えを言う必要はないでしょう、しっかり分析して次回に活かしてくださいね」


「~~っ……わかったわ!」


 なんともまぁ良い笑顔だことで。


 余計な力が抜けて、一番自分が楽に攻撃できる、いわば自然な攻撃ができた。

 究極的に言えばその一撃は奥義とも言えるものだ。なにせ理想の一撃と言えるもんだからね。


「さて、それじゃあトリアはもう少し付き合え。姫様、また明日よろしくおねがいします」


「えぇっ! 明日もまた待ってるわっ!」


「し、失礼しますっ!」




 そんなわけで、またやってきたのは騎士訓練場。


「お疲れさまです!」


「あぁ、気にしないでくれ。アーノイドさんは居るかな?」


「はいっ! ご案内しますっ!」


「い、いやだから自分の訓練を――」


「こちらへどうぞっ!」


 うーん、邪険にされるよりはマシだけども。

 ちょっとは受け入れられたと思っておくか。


 けど、これからやることを見せたらどうなることやら……。


「む? 連日だな、ベルガ殿。これ以上の引き抜きは勘弁してくれよ? 引き抜くなら自分を頼む」


「連日押しかけて申し訳ない。そしてどっちですか。期待に応えられず申し訳ないですけど、今日はまたちょっとお願いがあって来ました」


「お願い? もちろん構わんが、少々待ってくれ。ビスター!」


 連れてきてもらった執務室かな? 手元にあった書類へ羽ペンを転がして、アーノイドさんはビスタを呼んだ。


「はっ! お待たせ致しました!」


「ぶっ!?」


「えぇ!? び、ビビビ、ビスタさんっ!? いえ副団長!? どうしたんですかその頭!?」


 現れたビスタは、その、えぇと……。


「反省の証だとも!」


 見事につるっつる頭になっていた。

 アーノイドさん、ちょっと古いタイプなのかな……いや、ケチつけるつもりはないんだけど。


「ベルガ殿に少し付き合う。書類を纏めておいてくれ」


「了解です!」


 変わった、というよりはこっちが素なのかね。

 ツルテカになったとはいえ隠しきれないイケメンオーラだし、まぁいいや。


「つる、つる……び、ビスタさんが、てか、てか……」


 はいはい、トリアはいい加減帰っておいで。


「して、ベルガ殿。お願いとは一体何だろうか」


「はい。ちょっと、俺と約束組手をしてもらいたくて」


 そういった瞬間。


「ビスタァッ!!」


「は、はいっ!」


「全員を訓練場に集めろ!! 非番のものも呼べ! 寝ていたら叩き起こせ! 今すぐにだ!!」


「了解ですっ!! すぐにっ!!」


「是非やろうすぐやろうベルガ殿!!」


 ……まぁ、こうなるかなーとは思ってたけどさ。


「はい。ありがとうございます。そしてよろしくおねがいします」

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