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第16話「剣の理、人の理」

「け、けけっ、剣術開発ですかぁ!?」


「……へぇ?」


 目をまんまるにして驚いているトリアとは対照的に、姫様は面白そうだと片眉をあげた。


 ここまで期待通りな反応をしてくれるトリアには感謝せざるを得ないね。

 カタリナ姫は期待通りというか予想通りの反応だ、実は扱いやすいかも? いや流石にお姫様相手に抱く感想じゃないけどさ。


「そこまで驚くようなことじゃないし、面白そうと思ってもらえて何よりですが多分想像よりも大変ですよ?」


「驚くようなことじゃないって……それ、師匠にとってはですよね?」


「大変かどうかはいいのよ。さっさと話しなさい」


 ちょっとトリアは俺に慣れ過ぎじゃないかな? 距離感おかしいよ? 良いけど。


「そもそも剣術とはなにか。答えは先にも言った通り剣の理、つまりは合理性を極め型に落とし込んだものです」


「合理性……」


「無駄がないってことよね?」


 その通り。

 あるいは、扱う人が十全に力を発揮できる状態とでも言うかな。


「では問題です。姫様はレイピアを得物とされていますが、レイピアの特徴をお答え下さい」


「バカにしてるの?」


「とんでもない。問題とは言いましたが、確認でもあります」


「……仕方ないわね。えぇと、ショートソードよりも軽く、斬撃性能を排除して刺突に特化させた刀剣、よね?」


 正解と言える。

 ただ満点とは言えない。


「他には?」


「他? うーん、扱うにはスピードと正確性が求められる武器よね。鎧の上から叩き斬るなんて出来ないけど、達人は鎧の隙間を狙ってダメージを与えるとか聞くし」


「それだけですか?」


「それだけって……ええと、他には、えと」


 俺の追求に対してしどろもどろになっていく姫様。

 なんというか不敬ながらも楽しいな? あ、トリア? なんだよその目は。はいはいわかりましたって。


「そこまで。とりあえずそれだけわかっていれば大丈夫です」


「そ、そう? 他にもいっぱい言えるんだけど!」


 はいはい、強がりたいお年頃かな? 俺の三歳下ってそんなもんだっけ? まぁいいや。


「仰ったように、レイピアに斬撃能力はありません。つまり、線の攻撃より点の攻撃に秀でている武器です」


「ええ、わかるわ」


 思わずほんとにぃ? なんて訝しんでしまうが、まだそのタイミングじゃない。


「はい師匠! マインゴーシュであればどうなのでしょうか!」


「うん、良い質問だな。基本的にマインゴーシュは剣よりも盾と認識していい得物だ。剣の理、というよりは盾の理を多く含んでいて、その真髄は武器破壊にある。つまり、線か点かではなく面だ」


「面による、武器破壊……」


 実際のところ、マインゴーシュは剣術として確立されているわけではない。

 護身術とか、盾術に分類されているいわば防御術だ。


「ここまでは良いですね? 剣術とは、今挙げたような特徴を如何にして活かし、発揮できるかを突き詰めたものなのです」


 頷いてくれる二人。

 ここがわからないようであれば困ったところだったが、流石にね。


「では改めて姫様」


「あによ」


「そんな点の攻撃に秀でているレイピアを扱っておられるにも関わらず、突進突きをするのは何故ですか?」


「何故って……その方が、威力があるしスピードも出て避けにくいじゃない。実際あれを躱せたのは、癪だけどあんたが初めてだったし」


「なるほど。しかし、それはレイピアを使う理由にはなりませんね。突進から突きを繰り出すという一点を考えるのであれば、槍の方がよっぽど良い結果に結びつくでしょう」


「うぐっ。それは、そう、かも知れないけど」


 そうかも知れないのではなく、そうなのだ。

 レイピアは確かに突きへ特化した武器だが、突進突きに適しているわけじゃない。


「姫様は実感として既にお持ちのはずです。避けられた時、向いていない斬撃を繰り出さなければならなかったのですから。つまり……トリア、わかるか?」


「えぇと……はい。ボクとしては斬撃を繰り出さなければならない状況に追い込み、その斬撃を狙って武器破壊に繋げればいい、ということですね?」


「その通り」


「む、むぅ」


 姫様との手合わせで直接言ったことだし、姫様はわかっているだろう。


 しっかし、魔法抜きの姫様とトリアの実力は拮抗していると思っていたけど。

 現状ではトリアのほうがやや上か。戦闘思考力に差がある。あの手合わせを見ていないにも関わらず正解を出すとはね。


 やっぱり質の高い実戦形式の訓練、あの模擬戦は大きかった。

 逆説的に、姫様にはそういった機会が足りなかったと言えるが、まぁお姫様だし当たり前だろう。


「確かにあの突進突きは素晴らしい攻撃だと思います。仰るように、避けにくい高威力の攻撃という意味で。しかし、外れてしまった時に対応できる術、その選択肢を限りなく狭めてしまうものでもあります」


「レイピアじゃなくて、槍だったら別なの?」


「槍は斬撃とは言えませんが、薙ぎ払いにも秀でておりますし、石突きも可能です。外してしまった時、不利であることに変わりはありませんが、取れる手段がレイピアよりも多く残されているといえるでしょう」


「……ふん。そうね、確かに、そうだわ」


 長所を自ら手放しに行く行為は合理的とは言えない。

 槍での突進突きにしても、二の矢を準備した上で行うかによっても大きく変わるし、その準備もレイピアより遥かにやりやすい。


「自分の得物の長所を知ること。長所を自ら手放し短所に変えないこと。それが合理性への第一歩です。そう前置きした上で、お二人は現在主流とされている剣術からかけ離れている存在と言えるでしょう。他の合理に適さない可能性のほうが高い、それは不合理だ。故に、剣術を学ぶのではなく、自身の理を知り、追求し、剣術を開発する。そういうことです」


「理屈は、わかったわ。納得もした。けど、じゃあ具体的に何をするの?」


 そりゃ、何をするかって。


「何のためにトリアを連れてきたと思ってるんですか。そりゃもちろん組み手ですよ、実戦あるのみです」

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