翌朝、トリアが俺の弟子になってから最初の朝であり、カタリナ姫が生徒になってから二日目の朝である。
「し、師匠? ほんとにボクがここに入っていいんですか? いえあの、本当に」
「俺の弟子だから大丈夫、とは言わないが。昨日も言ったようにトリアはカタリナ姫にとって強くなるための教材でもある。そういう意味で大丈夫だ」
「で、ですけどぉ……う、うぅ、緊張します」
トリアは屋敷を出てからずっとこの調子だ。
俺だって王族関係者以外立ち入り禁止の場所に連れてこられたらこうなるだろうし、気持ちはわかる。
わかるが、恐らくカタリナ姫にとってトリアはうってつけの相手だし、その逆もまた同じく。
二人とも分かりやすいくらいに攻撃と防御、どちらか一方に技量が偏っている。
矛と盾の話ではないけれど、高め合うパートナーとしては相性最高だろう。
まぁ、性格的な相性に関しては何とも言えないが。
「わかるがいい加減腹を括れ。トリアは俺の弟子なんだからな」
「う……それを言うのは卑怯ですよ、師匠……うー、よぉし! 頑張りますっ!」
よしよし。
なんだかんだで覚悟が決まればトリアは強いのだ、大丈夫だろう。
そんじゃ、失礼しまーすっと。
「……なんというか、カオスですね」
「あぁ、トリアもそう思うか? 俺も昨日入ったときそう思ったよ」
相変わらず何をする場所なのかわからんところだ。
カタリナ姫は……うん、ちゃんといる。
両手を組んで片足を鳴らして、そわそわと視線を彷徨わせては、不安そうな顔を浮かべた後眉を顰めたりと、なんだか忙しそうだけど。
「あ……」
「ご機嫌麗しゅう、姫様」
「ふ、ふんっ! 遅いじゃない! 別に待ってたわけじゃ、ないけど!」
俺と視線が合った瞬間、少しだけうれしそうな顔をして、すぐさまそっぽ向いて膨れっ面に早変わり。
今日も元気そうで何よりです。
「って、あら? あなたは?」
「お、お初にお目にかかります! ボ……わ、私は! トリア・グルーエルと申しますっ! き、昨日より! ベルガ・トリスタッド様を師と仰ぐことになりました! い、以後お見知りおき下さい!」
「弟子です。姫様と共に切磋琢磨し合える関係になればと連れて参りました」
「で、でしぃっ!?」
え、そんなに驚かれることか? 確かに急な話というかトントン拍子で決めたことだけども。
「あ、あんたっ!」
「はい」
「この私に断りもなく! 新しい弟子を取ってるんじゃないわよ!!」
「はい? 新しいも何も、トリアが初めての弟子ですが……」
「ちがっ!? そ、そうじゃなくて! そうじゃなくなくない! あー! もうっ!」
いやいや地団駄踏まれても。というかはしたないですよ、姫様ともあろう方が。
「師匠、師匠」
「うん?」
ついには頭を掻きむしり始めた姫様を尻目に、トリアが小声で呼んできた。
「あのあの、もしかしたらなんですけど。姫様、自分が一番弟子だと思っていたんじゃないですか」
「いや俺は師匠というか剣術指南役なんだけど」
「ま、まぁそうなんですけど。師匠ってもしかして朴念仁だったりします?」
「失礼な」
たかが一日で随分俺に慣れてしまったようで、悲しいね。
しかし一番弟子と思っていたんじゃないか、ねぇ。
俺如きとはもう剣聖になった以上言えないんだけど、価値があるとはまだ思えないんだよなぁ……あぁ、価値ね。
「姫様」
「あによっ!!」
わぁお、せっかくのきれいな赤髪が無茶苦茶ですよまったく。
「姫様は、最初の生徒です」
「む……」
要するに一番ってところに価値を感じてるわけだよね? そうだよね?
だったらこれで納得してもらえませんかね。
「はぁ……まぁいいわ、納得してあげる。さっさと訓練始めましょ」
「はい。そうしましょう」
とりあえず正解だったようだ。
時間も勿体ないしね、姫様の仰る通り、さっさと始めよう。
「……お母さん。初めての師匠は朴念仁のようです、どうか見守っていてください」
うるさいよバカ弟子。
ツッコミからボケに転向しようとするんじゃない。
「まずは確認です。姫様は――うん、21点ってところですか」
「うぐっ。なんで見ただけでわかるのよ。そうよ、あの木人で取れた最高点数は21点よ! 悪いっ!?」
「いえいえ。約10点も伸びたと思うべきでしょう、素晴らしい進歩です」
「ふんっ」
木人につけられた傷からあたりをつければドンピシャの正解だったようだ。
「点数、ですか?」
「トリアはまた今度な。では姫様、どうして点数がそれだけ上がったかはわかりますか?」
「……多分、だけど。身体の使い方が、ちょっとわかったから、だと思う」
うん、やっぱり姫様は才能がある、正解だ。
正直、昨日今日ではまったく点数が変わらないのが普通だ。むしろ俺で言うなら10点アップさせるために一週間あぁだこうだと悩んだくらいだし、俺よりも遥かに才気あふれている。
「正解です。じゃあ、身体をより上手く使えるようになるために必要なものは何かわかりますか?」
「えーと……剣術?」
「素晴らしい答えです。あぁいえ、そう睨まないでください本気で思ってます」
あまり持ち上げられるのは嫌いなのかなとは思ってたけど、本音を言ってるんだし勘弁してください。
「トリアもよく聞けよ? 剣術とは扱う剣の理を型に落とし込んだもの。ロングソードならロングソードの、マインゴーシュならマインゴーシュ、レイピアならレイピアのと言ったように、武器毎に研究され、こう扱うのが一番良いだろうって解釈の宝箱と言える」
「ふむふむ」
「ふぅん……」
二人の共通点はほぼ我流であることだ。
言い方を変えれば、変なクセがついている。
姫様であれば、魔法を無意識に使ってしまうことから、身体の使い方が未熟なまま、素の実力以上にレイピアを扱えるようになってしまった。
トリアであれば、中途半端に騎士剣術を学んでしまったから、自分の身体に適した戦い方が出来ないまま剣術を知ってしまった。
「じゃあ、今日からは剣術を学ぶの?」
「いいえ学びません」
「はぁっ!?」
既存の型を知ることは大切だろうが、それはやろうと思えば一人でできることであり、俺が教えることでもない。
従って。
「今日から、剣術を開発してもらいます」