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第12話「才能と素養」

「ベベベ、ベルガ様っ!? どうしてこんなことをっ!?」


「落ち着けってば」


 目をぐるぐるとまぁ楽しそうなことで。

 準備のためってことでこっちに来てもらったけど、あんまり時間をかけるわけにもいかないしな。


「アーノイドさんの目が節穴だとは思わない。なら、俺は覚えていないけど、ビスタってやつはそこそこ強いんだろうさ」


「それはそうですよっ!? 副団長ですよ!? そこそこなんてものじゃないですよ!?」


「好都合じゃないか」


「何がですかっ!?」


「お前のイマを知ってもらうための」


「っ――」


 伊達や酔狂で弟子にしようなんて思ったわけじゃない。


「トリア。確かにお前は剣の才能がない」


「な、なら、やっぱり……」


「けど、強くなる素養がある」


「そ、よう?」


 才能とは伸び代だ。

 誰もが持っているものじゃないことは確かだが、あくまでも強さの最大値を決めるものでしかない。


「そうだ、素養だ。邪険にされようが見下されようが、毎日毎日自分で考えて剣を振り続けるなんて誰もが出来ることじゃない」


 素養とは積み重ねであり意思だ。

 これも誰もが持ち続け、重ね続けられるものじゃない。


「武器を変えただけで、楽しくなっただろう? すぐに適応できただろう? トリア、それはお前が腐りながらも諦めきれないと、積み重ねてきた技術と意思に剣が応えた結果だ」


「剣が、応えてくれた結果……」


 俺があげたマインゴーシュを見つめるトリア。


 騎士として・・・・・の才能も素養もない。

 それは当たり前だ、騎士団に入ったというのにも関わらずちゃんと訓練を受けられなかったんだから。


 自分で無茶して怪我して参加できなかったなんて。

 自業自得の面はあるにしても、代わりに強くなる素養を身に着けた。


「剣はお前に応えた。なら、今度はトリアが剣に応える番だ」


「ボクの、番……」


 マインゴーシュを握る手に力が入った。目にちらりと意思の焔が揺らめいた。


 これなら、大丈夫。


「いいか? さっきも言ったが確認するぞ? マインゴーシュは守りの剣だ。攻めるには向かないどころか相当厳しい」


「……はい」


 左手剣とも言われる武器だ。

 歩兵が一般的に使うショートソードよりも刃渡りは更に短く、ショートソードが使えなくなってしまった時に抜く目的だったり、最初から盾としての目的を持って携帯する剣である。


「こっちから攻めるなんてまず考えるな。しっかり受けて、相手の隙を穿て」


「はいっ!」


 柄にはハンドガードも着いていて、極まったマインゴーシュの使い手は大盾よりもこっちのほうが信頼できると豪語するほど。

 ただ、そういう人であっても同じくハンドガードがついた剣、サーベルを攻撃に使う場合のほうが多い。


 しかしトリアに長物……というか、ショートソードですら合わない、マインゴーシュでギリギリだ。

 しかも微妙に騎士剣術が身体に染みているせいか、恐らくシェリナのような短剣術を身につけることは難しいだろう。


「よし。行って来い」


 だがそれが、面白い。


「すー……はー……はいっ! 行ってきます! 師匠っ!」


 気合いの入った背中を見送る。


 ……師匠、ね。

 勿体ない精神でついついって感じだったけど、思っていた以上に気分はいい。


 トリアは可能性の塊だ。

 あいつに限ったことではないけれど、あいつほど勿体ないと思わされた剣士は初めて見た。


 もしかしたら、化けるかもしれない。

 いや、この場合は俺が化かすのか、責任を持って。


「ベルガ殿」


「あれ? アーノイドさん? 良かったんですか? 見なくて」


「見るさ、見るが……叱りの言葉を考えながらになるんだ、礼儀以上の意味はない」


 肩を竦めながら困ったように言ってくれるが、なるほど。


「ビスタの敗北が見えましたか」


「おいおい、自分まで試そうとしないでくれ。勝敗の問題ではないだろうこの勝負は」


「ふふ、失礼しました」


「まぁ、その程度で信頼してもらえるならいくらでもと言えなくもないがね」


 よくお分かりで。

 そうだな、アーノイドさんは信頼、信用できる人だ。シェリナに言った言葉をそのまま使えば信頼したくなる人。


「苦戦が見えた。ならその時点でビスタとしては敗北だろう」


「まさしくその通りです。間違いなくビスタは苦戦します、模擬戦とは言え相対するに必要な精神状態になっていない」


 覚えていないとは言え、こうしてあの二人が向き合えばそれだけでわかるものもある。


 トリアは善戦するだろう。

 未だトリアを侮り嘲笑を向けているビスタと、そんな言葉が耳に届いていないのかぶつぶつと何か呟きながらも集中を高めていくトリア。


 恐らくビスタは初撃で決まる、決められると思っている。

 だが、マインゴーシュを持つ相手に決められるという確信は毒にしかならない。


「自信を確信に変える作業、か」


「どうした?」


「いえ。昔、言われたことがあるんです。自信を持つことは良い、驕り高ぶることも良い。しかし、自信を自信のままにするなと」


「ほう……良き言葉だ。それはベルガ殿の?」


「はい。師匠、と言える人です」


 自信を確信に変えるにはどうすればいいか。

 そりゃもう実戦あるのみってことで、何度も殺されかけたけどな、色んな意味で。


「それにしても」


「む?」


「あいつ、副団長なんですよね? 騎士団、大丈夫なんです?」


「う、ぬ……」


 色んな意味で。

 正直人の上に立つ器じゃないよ? 俺が言えたことじゃないけどさ。


「ま、まぁ、色々と、な」


「……先に言っておきますが、派閥争いだなんだには巻き込まないでくださいね?」


「も、もちろんだ! さ、さぁ! そろそろ始まるぞ!」


 はぁ……やっぱ関係あるのね、面倒くさい。


 シェリナとの約束もあるし、多少いっちょかみしなきゃならないのは確かだけどさ。


 いや、今はいい。


「両者尋常に勝負――始めっ!」


 頑張れよ、弟子。

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