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第11話「思い上がり」

「たのもー!」


「けっ、剣聖! ベルガ・トリスタッド様をご案内しましたっ!!」


 トリアに軽く稽古を付けたら時間を忘れてしまった。もうすっかり空は赤くなっている。


「っ!?」


「お、おぉっ! ベルガ殿、来てくれたかっ!」


 丁度終わるところだったのかな?

 20人はいるだろうか? 整列している前でアーノイドさんが締めの挨拶でもしていたところだったみたいだ。


「終わるところでしたか? こんな時間に申し訳ないです」


「いやいや! 時間がある時にと言ったのはこちらのほうだ! 気になさるな! しかし、待っていたぞ!」


 晩餐会の時も思ったけど、やっぱりいい人だ。

 髭面の厳つい人だからニコニコされたら逆に怖く思えてしまうのが玉に瑕ってやつだけど。


「いつでも良いのに待ってたんですか」


「それが礼儀というものだろう」


 歯を見せてニカリと。うーん、ほんとに惜しいな、爽やかさが足りない。

 それでも気分は悪くないどころかかなり良い。


 拳を向けてきてくれたので同じく拳を軽くぶつける。


「トリアも案内ご苦労。だが、ゆっくり休めと言っただろう」


「い、いえっ! これは、そのっ!」


「まぁまぁアーノイドさん。休み時間と言うなら使い方も自由と言うものです。それより、改めて今日の訓練は終わりですか?」


「む、ベルガ殿がそういうのであれば。そうだな、最後に今日の統括をして終わるところだった。来てくれたというのに申し訳ないが、こいつらの腕前を見せることはできん。これ以上は身体に響く」


 ほほうほう。

 申し訳ないと本気で思っているのはわかる。わかった上で、部下を大事にしているともわかる。

 こういう時、無理に張り切って部下へと無茶を言うなら考えものだけど、アーノイドさんは指導者としても優秀らしい。


「ええ、それは構いません。今日はちょっとお知らせをしに来ただけです」


「お知らせ……? いや、是非伺おう」


 俺の顔を見て何を悟ったのか、姿勢を正して傾聴の体を取られた。

 アーノイドさんの後ろで整列したままの騎士たちから感じるのは尊敬や憧れが半分と……まぁ、妬み僻みが半分ってところか。


「実は、弟子を騎士の人から取りたいと考えていまして」


「なにっ!? それは本当か!? ならば是非自分をっ!!」


「あはは、実はそう言うかなって自惚れてました。ですが、指導者が今から別の剣に染まってはダメでしょう」


「む、むぅ……」


 参考にするのは良いと思うけどね。

 それでもアーノイドさんは騎士団長で、指導者だ。

 彼の剣を騎士団の部下や新米は習い、戦場で振るう。


 揃って訓練するのだって、揃った剣とする必要があるからだ。

 バラバラに射たれた矢よりも、斉射された矢の方が威力があり避けにくいのだから。


「すまない。つい興奮してしまった」


「いえ、気持ちはわかりますから。それで、ですね――トリア」


「は、はいっ!?」


 隣で直立不動状態だったトリアの背中を押して。


「こいつを、弟子にしようと思っています」


「な、に……っ!?」


「未だに訓練へ参加できない未熟者なんでしょう? だったら俺が貰っても――」


「何故だっ!!」


 おっと、異議を申し立てますってか?

 整列を解いて良いなんてアーノイドさんは言っていないけれども?


「ビスタ! 誰が整列を崩していいと言ったか!」


「申し訳ありません団長! しかし! 僕を差し置いてトリアを剣聖の弟子になど! 宝の持ち腐れ、豚に真珠というものです!!」


「ひぅ」


 んー……この金髪イケメン、どっかで見たことあるような?

 あーあー、トリアはそんなビビらない、まったく。


「ビスタっ!!」


「あー良いです良いです、こういうのもあって然るべきですよ。それで? ビスタ、だっけ? 何をいきり立ってんだ?」


「弟子を取るというのなら! 何故僕じゃないんだ! 未だに見習いの肩書も取れない落ちこぼれだぞ! そいつは!!」


「う……」


 だから弟子にするんでしょうが。

 というかわざわざここに来たのはトリアが気に病むと思ったからだ。


 それに。


「俺から見りゃどっちも変わらねぇよ」


「なんだとっ!? お前も知っているだろう僕の剣はっ! だと言うのに変わらないって言うのか!?」


「ビスタ! なんだその口の聞き方は!! ベルガ殿は剣聖――」


「良いですって、気にしてませんから。というか俺が知ってるって? お前の顔にも剣の腕にも覚えがねぇんだけど?」


「な――」


 いやほんとに。

 一瞬見たことあるようなって思ったけど、こんな性格が残念イケメンの知り合いはいない。


「剣闘会の決勝で!! 僕と戦っただろう!?」


「……? アーノイドさん?」


「事実だ。付け加えるなら次期剣聖候補と呼ばれてもいたのがビスタだ」


 ……えー。


「本気で?」


「本気だ」


「嘘じゃない?」


「誠である」


 信じられねー……。


「ふ、ふんっ! どうやら剣聖殿は見る目が無いようだ。僕ではなくそこの落ちこぼれを選ぼうとすることといい。これじゃあ今からでも剣聖を辞退して僕に譲られたほうがよろしいのでは?」


「……はぁ」


「なんだそのため息は! 失礼だぞ!」


 どっちがだよ。


 いや、もういいわ。


「アーノイドさん」


「本当に、申し訳ない……」


 教育がなってないとかそういう意味じゃなくてさ。


「やっぱこのビスタだっけ? もうちょっとだけ動いてもらってもいいです?」


「それは、理由によるが」


「今からトリアと一本勝負してもらいたくて」


「え、えぇっ!?」


 そう言ってみればアーノイドさんは一瞬目を丸くした後、驚きのまま固まってしまったトリアを見る。

 そして腰に差してあった短剣マインゴーシュに気づいて目を閉じた。


 何言っても無駄だよこれは。アーノイドさんもわかってるでしょう?

 他の奴らはどうかわかんないけど、少なくともこのビスタってやつはちょっと痛い目見なきゃだめだよ。


「ははっ! はははははっ! 僕が!? 落ちこぼれと!? 良いだろうとも! 整理運動には丁度いい! ですよね!? 団長!」


 勝てるとわかっているんじゃない、決めつけている。


 そう言えば俺に負けて何日か塞ぎ込んでいたとか言ってたっけ? だったら丁度いいよ。


「……今日でなくてはダメか?」


「そうですね。実はちょっとだけトリアには稽古をつけましたし、疲労を気にされているのなら条件は同じでしょう。手の怪我に関してもご心配なく」


「心配なくとはいった――いや、ベルガ殿の言葉を信頼しよう。わかった」


 やれやれと言った表情だったのは、多分意図が通じたからだろうな。嬉しいことだ。


「これよりビスタとトリアの模擬戦を行うっ!」

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