「ボク、やっぱり騎士なんて向いてなかったんです」
「お、おう」
重い、重いよ。
一体どうしてこうなった? なんでいきなりお悩み相談室を開くことになってしまったんだ。
いつまで経ってもカゴを用意してくれないから、仕方なく
ようやく終わったと思えば急にトリアが泣き出して。慌ててどうにかしようと何を言ったか覚えていない慰めの言葉を連呼して。
気づけば、これだ。
男二人仲良く座って、お話傾聴中ですよ。
もうまったくわけがわからない。
俺は姫様の剣術指南役であって、騎士団のお悩み相談窓口を開いたつもりはないんだがな。
ベルガ・トリスタッドも変わったもんだ。
「向き不向きってやつは確かに存在するが。なんで、そう思うんだ?」
「だって、同期の皆はもう先輩たちとの訓練に参加してるのに、ボクだけまだ雑用係です。でもわかるんです、当然だと思うんです。たまに、同期の人と手合わせするんですけど、まるっきり手も足も出なくて」
わからんでもない。
けど気になるのはやっぱりって部分だ。
「家族の反対を押し切りました。ボクだって、国のために人のために、なにかできることがあるって。グズでおっちょこちょいで、何やっても失敗ばかりするボクだけど、命を張ることならできるって」
「……へぇ?」
それがやっぱりの理由か?
だとするなら大きな勘違いだが。
「でも蓋を開ければ命を懸ける舞台にすら辿り着けない。才能がないんです。これなら、街の掃除でもしていたほうがよっぽど――」
「トリア」
「え、あ、はいっ!」
ネガティブモードを断ち切るように意識して固い声を出す。
効果は目に見えてわかりやすく、びんっとバネにでも弾かれたかのようにトリアは立ち上がって何故か敬礼をしてきた。
「お前は一日にどれくらい剣を振っている?」
「け、剣ですか? ぼ、木刀なら、寝る前に二時間ほど」
「手を見せてみろ」
「は、はいっ!」
開かれた手を見れば……なるほど、二時間は嘘だな。
「もっと振ってるだろ」
「え、あ、そ、その……二時間までは、覚えています」
一言で言えばずたぼろだった。
豆が潰れても気にせず振って、治るのを待たず更に振って。
立派な、剣士を志す者の手がここにあった。
こんな手で洗濯? よしてくれ、怪我してないのに俺の手まで痛くなってくる。
というかそれが悪いんだろう、明らかに治癒が間に合っていない。
傷口は膿んでいるし、治ったとしても痛みが抜けない。下手をすれば一生モノの怪我だ。
「よく、わかった」
「え……?」
「痛いだろうが、トリア。まずは我慢してこの剣をいつもやってるように振ってみてくれ」
「は、はいっ!? そ、そんな剣聖様が装備されている剣などボクが!」
「いいから振れっ!」
「は、はいぃいっ!?」
無理やり持っていたショートソードを握らせて、追いやるように距離をとって構えさせて。
「え、えいっ!」
「……もう一回」
「やあぁっ!」
頼りない剣閃だ。歯に衣着せぬ言い方をするならヘロヘロ剣だ。
腰が入っていない、柄を握る手に力が入りすぎている。
踏み込みと剣の振り下ろしのタイミングはちぐはぐだし、重心が変な所に残っている。
それでも。
「よし。こっちに来てもう一回手を見せろ」
「は、はい!」
強い剣だ、意思ある剣だ。
命を懸けることはできるなんて言うだけのことはある。
トリアは痛いだろうにそれをおくびにも出さないで剣を振った。
痛みへの慣れだってあるだろう、それでも痛みなど些事であると剣を振った。
「――
「え……あ、えぇ?」
見る見る内に治療されていく手のひら。
毒に侵されていると言ってもいいレベルの怪我だ、こっちのほうが手っ取り早い。
「い、いたく、ない……?」
治癒の光が消えて、完全に治療された手を握ったり開いたり。
輝くような笑顔を向けて、言うだろう言葉はわかっている。
「あ、あのっ! ありが――」
「トリア、もう一度剣を振れ。今度は」
渡したショートソードを
「これを持って」
「えぁっ!? そ、そんな!? け、剣聖様で恩人様の――」
「これを、振れ」
「はひゃっ!? ひゃいいぃっ!」
もう一度、距離を取って。
「良いか? 持っている得物はさっきと同じと思って振るんだ。なぁにつまりはいつもやってるようにやれって話だ、気負うことはない」
「は、はいっ! ……えっと、いつもどおり、いつもどおり……」
ぶつぶつ口でいつもどおりと繰り返して。
「はぁっ!」
……うん、良い剣閃だ。
「あ、あ……」
「止めろとは言ってない。続けろ」
「っ……はいっ!!」
色々思うことはあるだろう、実感もあるはずだ。
痛くない。
いつもと違う空気を切り裂く音がする。
ずっと楽に、思う通りに剣が振れた。
「ふぅっ! はっ! やぁっ!」
都合の良い考え方をするのなら。
アーノイドさんは恐らく治癒に専念させるために雑用係を命じたんだろう。
ただ、同期という存在がそれを邪魔した。トリアを追い込んだ。
悪意の有無はわからない。ただ自分の性格がネガティブな思考へと向かってしまうだけなのかも知れない。
それでも、事実としてトリアは精神の袋小路に追い込まれた。
「あ、あはっ! す、ごい! すごいっ!」
出口はこっちだよと手を引けば。いや、引いただけでこんなにも見違える。
「よしトリア。そこまでだ」
「はいっ! ありがとうございます!」
何より笑顔が違う。
輝くようなとは言いすぎかも知れないが、希望にやっと出会えたって表情をしている。
ならば後は、その希望を掴むだけ。
「次は俺が教えるとおりにやってみろ、良いか?」
才能が自分にはないって言ったな?
否定はしない、正直姫様のような天才と確信できるようなものはトリアからは感じられない。
でも。
「はいっ!」
戦うことに、才能は必要ない。
「トリア、お前俺の弟子になれ」
「はいっ! って――はいぃいいっ!?」