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第9話「見習いくん、あるいは見習いちゃん」

「せいっ! はぁっ!」


「そこっ! 腰が入ってないぞ!」


「はいっ!」


 騎士訓練所へと足を運んでみれば、入る前から響く声。

 うーん、中々の活気だ。昔通っていた道場を……思い出さないよ、通ったことなんかないよ。


 けど繁盛、って言葉はまた違うかもしれないが、賑やかなようで何よりだ。


「失礼します。ベルガと申しますが、中へ入ってもよろしいですか?」


「え? あ……はぁっ!? け、剣聖さまぁっ!?」


 通りがかった騎士っぽい青髪ショートの小柄な男の子。

 見習いさんかな? それとも雑用係? 山のような洗濯物を抱えてるけど。


「も、ももも、もちろんですっ! そ、そのっ! だ、団長より話は聞いています! ベルガ様がいらした時は、最優先で案内せよと!」


「そうでしたか。アーノイドさんも義理堅いと言うか……って」


「あ、あぁっ!?」


 敬礼でもしようとしてくれたのかな? 洗濯物がカゴごと地面にぼろりと。

 やらかした、声をかけるタイミングと人を間違えたな、悪いことをしてしまった。


「申し訳ない」


「い、いえっ! その、ボクがおっちょこちょいなだけで――あぁそんな! 拾われずとも!?」


 あーあー、洗いたてだったんだろうな、折角綺麗になったのに土で汚れてる。


 慌てて自分でも拾おうとしてくれるけど、俺が悪いんだし……うーん。


「えぇと、あなたは?」


「は、はいっ! トリア・グルーエルと申しますっ! こ、今年度騎士団に入りました見習い騎士です!」


 しゃがんだばかりなのにすっくり立ち上がって、今度こそと言わんばかりに中々サマになってる敬礼をしてくれた。


「ありがとう。ベルガ・トリスタッドです。聞きたいんだけどトリアさん、洗濯物はこれで全部かな?」


「そんな! トリアと呼び捨て下さい! け、剣聖様に、その、えと、あのっ!」


「わかりましたわかりました。あぁいや、わかったよ、トリア。それで? これで全部なのかな?」


「いえっ! まだ残っています! ここにある分で3割と言ったところです!」


 なら余計に申し訳ない。罪滅ぼしと行きますか。


「じゃあ連れて行ってくれ、ダメか?」


「え? あ、あの? もちろん構いませんが……ほんとに、洗濯所があるだけですよ?」


「あぁ、時間がかかるわけでもないしな」


「で、では、こちら、です!」


 ガッチガチに固まった身体をぎくしゃくと。あ、右手と右足が同時に出た。


 というか洗濯物カゴ忘れてるけど? いやまぁ俺が持つか。


「そんなに緊張しなくても」


「無理! あ、いえ無理です!」


 えらいきっぱり言われたな。

 そんなに俺は怖い顔でもしてるんだろうか? 普通にしているつもりだけど、もしそうなら改善しないとなぁ。


 これ以上言って余計に緊張させても仕方ない、ギコギコと音が聞こえそうなトリアの後ろを黙って着いていきますか。




「つ、つきましたっ!」


「うん、ありがとう」


 そんな距離があったわけでもないのに肩で息してるけど大丈夫? 鍛錬足りてる?


「これと……あぁ、あそこにあるヤツが残りか」


「は、はい! その、お見苦しいものを、申し訳ありません」


「いや、努力した証拠を見苦しいなんて思わないよ」


「う……ありがとう、ございます!」


 お礼言われるようなこと言ったか? まぁ良いや。


 しっかし。


「トリア以外に洗濯当番はいないのか?」


「えぇと、その……はい。今日は、ボクだけです」


 歯切れ悪いな、確かに洗濯物は雑務に分類されるだろうし、新米や見習いがする仕事ではあるんだろうが、他にもそんなやつはいるだろう。


 この量は、流石に一人でやる量じゃないぞ。

 本当に一人でやるってんなら、それこそ一日仕事だ。

 見習いだろうが騎士は騎士、訓練する時間こそが何より大切なはずだ。


「本当にか?」


「はい。ボクは、落ちこぼれですから。他の見習い騎士さんたちが訓練する時間を作れるなら、これで……ううん、これが一番良いんです」


 あー? これは、アレか。いじめとか、そういうヤツか。


 おいおいアーノイドさんは何やってんだよ、頼みますよ本当に。

 見習い騎士ってのは、もっと希望を目に宿してなきゃいかんでしょうが。


 ったく。


「トリア、見てろよ」


「え? あっ、はいっ! 見てますっ!」


 洗剤は……あれか、よし。


水弾ウォーターボール


「ま、まほうっ!?」


 大きさは……こんなもんか、ここに洗剤をぶちこんでっと。


竜巻トルネード


「え、え、えっ……えぇっ!?」


 空中ででかくなった水の塊にトルネードで水流を生む。

 加減がまぁまぁ難しいけど、こんなもんだろう。


「トリア。この中にそこら辺にある洗濯物、全部ここに入れろ」


「えぁっ!? そ、そのっ!? 剣聖様は! 魔法も!?」


「そんな事いいから、弱くするってのはわりと調節が難しいんだ、早くして欲しい」


「は、はいぃっ!」


 色々驚いているみたいだけど、とりあえず俺の指示に従うべきと考えたんだろう。

 相変わらずあわあわしながらも、指示通りに全ての洗濯物を水弾の中に入れてくれた。


 ……というか、魔法もって。

 別に剣士が魔法を使えてもいいだろう? 騎士団に所属している騎士だって、程度はともかく多少は使えるだろうに。


 っと、そろそろ良いかな?


「――ウォーターボール解除、火球ファイアボール


「う、うわっ!?」


 水がパツンという音と共に消えて、トルネードの中でぶんぶん回っている洗濯物。

 トルネードに弱めのファイアボールを混ぜるように発生させれば温風のトルネードが完成する。


 そこそこ上手くいったし、直に乾くだろう。


「トリア、何かこれ全部入りそうなカゴかなんかを……どした?」


 カゴ用意してくれと、トリアの方へと目を向けてみれば。


「は、ぁ……」


 諦めたような、でも諦めきれないような。


 あどけなさの残る顔に複雑な笑顔と、くりくりとした大きな目に何とも言えない色を差す瞳を浮かべたトリアが居た。

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