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第8話「芸術的ヘッドスライディング」

「えいっ! やぁっ! とうっ! あはは! 面白いわねこれ!」


「楽しいなら何よりです」


 カタリナ姫が思い思いに木人をレイピアで突き始めて五分程が経過した。

 平均点は82点と言ったところか、たまに50点台が出たりするが本人も納得しているのか、今の攻撃はそのくらいよねなんて時折頷いたりしている。


「では残り10秒、集中して攻撃してください」


「わかったわっ!」


 ズドドドド……なんて音が聞こえてきそうなラッシュだ、中々に迫力がある。


「3、2、1……そこまで!」


「ふぅっ!」


 額の汗を拭いながら、満足気な表情を浮かべている。


 確かに見事なもんだ。

 残り10秒と言ってから時間切れまで13発の突きを繰り出し、そのいずれもが70点を超えている。


 細剣術で一人前と呼ばれるようになる一般的な条件は、一秒間に高威力な突きを一回放てる、だ。

 一秒以下で70点以上のクオリティで突きを繰り出せるカタリナ姫は、文句なしの一人前と言えるだろう。


「お見事です。少し休憩を入れたら、今度は条件を変えてやります」


「……ふんっ、わかったわ」


 俺に向けていた視線はなんだったのか。

 もしかして褒めてもらえるとでも思ってたのかな? いやまさかね。


 ともあれ改めて魔法込みのカタリナ姫は相当強い。

 観察していてわかったが、身体能力向上の魔法を発動するタイミングが神がかっていた。

 正直、俺としても見習わないといけないなと思うほどに。


 まさしく天才だ。

 タイミングに関してだけじゃない、魔法使いとしての才能もかなりのもの。

 これも無自覚のようだが、身体能力向上の魔法に隠蔽ハイドが付与されている。


「これじゃあ気付かれなくても仕方ないな」


 こうしてしっかり集中して観察しないとわからないレベルの隠蔽だ。

 そりゃ戦う相手が戦闘中になんか気づけようもない。それほど高度な次元にある。

 高度すぎるが故に、自分自身へも気付けなくさせていることには何とも言えない気分になるが。


「ねぇっ! いつまで休めばいいのよ! もう大丈夫だわ!」


「おや、素晴らしいやる気ですね。では次に参りましょうか」


 声に振り向けば本当に回復している様子だ。

 もしかしたら身体能力向上の一つとして、自身の回復力も向上させてる可能性もあるな。


「何やるの?」


「設定を変えます。今は一般的な細剣術士の力量に合わせた点数設定ですが、今度は姫様に合わせたものにしたいと思います」


「私専用の設定ってことね? ふふん、いいじゃない」


「気持ちはわかります。では最高値を設定したいので、自分で考える最高の攻撃をしてもらってもよろしいですか?」


「任せなさい!」


 そう言うや否や、足取り軽く木人と距離を取るカタリナ姫。


 武器の持つ間合いの三歩外。

 予想はしていたけど、あの突進突きか。


「すー……はー……」


 あの時見せた集中力と遜色ないコンセントレーションだ。


 もう一度お呼びがかかるまでに時間が空いたのは、これを習得するためなんだろうな。

 一朝一夕でゾーンに入ることを習得するなんて無謀と言える。

 だが、無謀を通して無理を叶えた。その努力を思えば涙が浮かぶよ。


 同時に、驚異的とも。

 間違いなく、カタリナ姫は戦う才能に溢れている。


「シッ!!」


 赤い閃光とは自分で思ったことか。

 魔法で目を強化していない今、カタリナ姫の姿はまさしくその通り。


「――ふ、ぅ……」


「お見事です」


 パチパチと拍手を贈ってみたが、なんだが嫌そうな顔をされた。何故だ。


「今の、私の最高だと、思う?」


「ええ。間違いなく」


「そ……」


 そういえばようやく残心に入ってくれた。


 じゃあ早速今の攻撃を満点として、っと。


「ではカタリナ姫。これを」


「これって……レイピア? 私の使っているヤツじゃダメなの?」


「その理由は使ってみればわかります。もう一度さっきの突進突きをしてもらっても?」


「突進突きって……まぁいいわ、やってあげるから感謝しなさい」


「わーありがとうございますー」


「ちっ!」


 舌打ちされた。今のは流石に棒読みすぎたね、反省する所存です。


 今渡したレイピアは昔俺が付与魔法を練習していたころに作った失敗作だ。

 魔封じの効果を付与しようとしたのに、なぜか持ち主の魔法を封じてしまうなんてトンデモ代物になってしまった。俺も若かったということで一つ。


「すー……はー……」


 再び同じ距離を取って、集中し始めるカタリナ姫。


 言うまでもなく、あの突進は魔法によって生み出されたものだ。

 敏捷性を高めて、爆発的な突進力を生み、勢いのまま突く。

 ならばその突進力を生む力が発揮できない場合はどうなるか。


「シッ――って、きゃあぁっ!?」


 ずべしゃーっと。

 正解は、芸術的なヘッドスライディングを決めることになる、だ。


「姫様ー? 笑えませんよー?」


「笑わせようとなんて思ってないわよっ!!」


 がばちょと起き上がったカタリナ姫だが、鼻頭が赤くなっていて痛そうだ。


「お、おかしいわね、なんで……?」


「もう一回やりますか?」


「……もちろんよっ!」


 その意気やよし。

 けどまぁ、結果はお察しの通り。


「へぶちっ!?」


「笑えないネタを天丼するとは……姫様は中々に通を狙いますね?」


「うるさいっ!! このレイピアが悪いのよっ!」


 二回目のヘッドスライディングを決めることになる。


 そしてレイピアが悪さしてるってところに持っていくのは良い着眼点だ。

 言いがかりの可能性が高いにしても、ね。


「ネタばらしをしますが、仰る通りそのレイピアには仕込みをしています」


「やっぱり! あんた――」


「ですが誓って悪さをしているわけではありません。今度は間合い内から、どうぞ突いてみてください」


「くっ――覚えとき、なさいよぉ……」


 文句ありますっ! なんて顔に書きながらもしぶしぶ言われた通り木人の前に立って。


「シッ!」


「……12点ですね。本気でやってます?」


「い、今のは違うわっ! み、見てなさいっ!! えいっ! ……きゅ、9点……?」


 妥当なところだろう。

 むしろ点数が出る分まだマシとも言える。


「こ、これはっ――」


「では先ほどの一般的な細剣術士の設定をした木人へどうぞ」


「う……」


 近くにあった木人へアイテムを使って促すが。


「さっきみたいな点数を出せる気がしないでしょう? 自分でわかっているはずです」


 恐らく出ても50点は超えない。

 ラッシュにしても秒間一発の突きを放てない。


「理由は教えません。カタリナ様は我流でしょう、自分で調べて剣の腕を磨かれた。そんなあなたに剣を教えることはできない」


「なっ!? だ、だって! あんたは!」


「ですが、強くなるために必要なことは教えてあげられます。これは私から贈る最初の課題でありプレゼント。そのレイピアを使って、60点以上を出してください。出せば、次のステップに移ります」


 つまるところ、魔法に頼らない自分を正しく知るべきなのだ、カタリナ姫は。

 厳しい言い方をするのであれば思い上がりを正すとも言える。


「あんたはっ!」


「はい?」


「ど、どうせ私に真面目に教える気なんてないんでしょ!? こんな無茶苦茶なこと言って! 私から離れて! 別の仕事をしたいんでしょ!?」


 突っかかってくるね。

 そう思われても仕方ないのかも知れないけど、断じてそんな気持ちはない。


「あんただってできないんでしょ! 自分でできないことを私にさせて! 結局あんたも――」


「貸してください」


「――え?」


「お手本を見せます。一度だけですから、よぉく見ているように」


 カタリナ姫の才能はしっかりと理解した。

 同時に、成長した姫様は、俺の魔法訓練相手として十分以上に相応しいとも。


 だから。


「――ふっ!」


「きゃっ!?」


 魔封じのレイピアを使って姫様設定の木人へ突きを放てば、木っ端微塵に四散した。


 言うまでもなく、100点オーバーだ。


「う、そ……」


「どう思われても構いませんが、一つだけお伝えいたします」


「な、によ」


「俺は、あなたを強くしたい。それだけです」


「あ、う……」


 とはいえこれは俺のエゴ交じりの願望だ。押し付けたくはない。


「お手本を二度見せるつもりはありません」


「ちょ、ちょっと!」


「姫様の今を確認しましたが、そのレイピアで60点は無理な数字ではありません……とはいえ、ちゃんと毎日見に来ますのでご安心を。失礼します」


「……」


 伸ばされた姫様の手。

 その手でつかむものは、自分で選んで下さいねっと。


 さ、それじゃ約束もしたし時間もできた。

 騎士団のほうへと顔を出してみますか。

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