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第6話「決着して着任」

 あぁ、強いな。

 構えを見た瞬間に理解できた、それくらいにはちゃんと強い。

 あの大会に出ていたら姫様自身が言った通り、勝ち上がって剣聖の称号を得ていただろう。


 得物の間合い、三歩外が姫様の間合い。

 この距離を一足で詰めるなんて大したもんだ。

 皮肉でもなんでもなく、賞賛すべき技術であり、この域に至るまでの努力を思えば目頭が熱くなる。


 だが。


「さぁ、どうぞ? いつでもおいでください」


「ば……バカに、して――っ!」


 バカに?

 とんでもない、もっと見たいと心底思っている。

 そして同じくらい惜しいとも感じているんだ。


 ちゃんと学んでいれば、と。


「――っ!」


 怒りのせいだろう、初動の気配がさっきよりも強く伝わってきた。

 なら今度はしっかり見せてもらうことにしようか。


 あの脚を見れば一足飛びで間合いを詰める説得力にはなるが、人間のできる範疇を超えている。


 つまり。


「ブーストか」


「はぁああっ!」


 魔法を使っている。


 筋力パワー……いや、敏捷性向上アジリティ・ブーストかな。

 魔法陣が浮かび上がってないから確証は持てないが、恐らくは。


「先ほど申し上げましたが、突進中は視界が狭まります。それはつまり死角が増えるということ。同じことを繰り返すなんて、破滅願望でも?」


「うるっ、さいっ!!」


 また回避されると読んでいたんだろう、死角を利用して背後へ回ろうとした俺の動きに合わせて急ブレーキ、無理やり体勢を変えて突きを繰り出してきたが。


「正確性に欠けますね。斬撃と違って突きの攻撃範囲は小さい。どこに向けて突いているのですか?」


「く、うぅううっ!!」


 やっぱり無理やりすぎる体勢が故に、勢いを殺しきれないでごろごろと転がっていくお姫様を見送――あぁ!? 美味しそうな料理が! も、もったいない……。


「……なん、と」


「あの、姫様が……」


 そういえばギャラリーが居たのを忘れていた。

 ちらりと反応を伺ってみれば、誰もが。陛下ですら目を丸くしている。


 鼻高々になんてなれるわけもないし、さっさと疑問を潰しておきますかね。


「陛下、確認しますが。魔法は抜きの勝負でしたね?」


「あ、あぁ。その通りだ」


 姫様が魔法を使っているとは思われていない、ということか。


 わからなくもないな。

 地面を踏み込む一瞬、あるいは力をこめる一瞬だけ発動されてしまえば確認するのは至難の業だ。


 何よりここはあの大会会場じゃない。

 会場であれば魔法に対して反応する道具が設置されているから問答無用で反則が露わになるけれど。


「申し訳ありませんがもう一度。本当に、魔法は抜きなのですね?」


「……くどいぞベルガ。そうだと言った」


 動揺が酷いせいだろうね、嘘だってわかっちゃった。


 なるほどなるほど。

 親バカだとか、しきたりだとかそういう面で姫様の出場を阻んでいたわけじゃない、か。


 カタリナ姫は魔法を無自覚に使ってしまう。あるいは、制御できていない。


 魔法を無意識に使ってしまうんだ、出場したら一発アウトが目に見えている。

 だって言うのにカタリナ姫は自分の剣技に自信を持っているんだ、変な折れ方はしてほしくないってわけね。


 んで、こっちが逆に驚くぐらいびっくりされてるのは、魔法を使って身体強化している姫様を赤子扱いしているからか。


「く、ぅ……」


「まだ、続けられますか?」


「あたり、まえよっ! 私は、私はあなたなんかに負けない!」


 ご立派、まさに姫騎士ってやつだね。

 もう十分勝てないことを理解してるだろうに、心が折れてないや。

 むしろさっさと現実に直面させてしまった方がよっぽど……いや、まだ・・部外者の俺じゃただの邪推になるな。


「一つ事実お伝えしましょうか。姫様は紛れもなくお強い。天才と言えるでしょう」


「なに!? そんな私をあかちゃん扱いしてる自分は大天才とでも言いたいの!?」


 か、語るに落ちてます姫様。自分のほうが弱いって認める発言ですよお姫様。


「そうじゃありません。あなたは、誰もが羨むほどの力……あるいは才能を有している。私にはそれが、たまらなく惜しいと思えて仕方がない」


「だから何よっ!」


「わかりませんか? 私があなたの成長を手助けすると言っているのです」


「っ!?」


 何にせよ。残念ながら、どうやらこの国で強いと認識されている姫様であっても、俺の魔法修行にはついてこれないと理解できてしまった。


 でもそれは現時点で、という言葉が頭につく。


「剣術指南、認めてもらえませんか? 私の教えを受けて、強くなって。剣聖を目指すのは、それからでも遅くない」


 そうさ、要するに鍛えてやればいいだけの話だ。

 彼女の求める像へと全力で押し上げつつ、いい感じで相手になってもらえる存在に仕立て上げればいい。


「……私は、それでもっ!」


「おっと」


 この勝負イチの決まった構えを見せてくれた。


 焦点の定まっていなかった目に力が籠った。

 怒りじゃない、別の何かの色が宿っている。


 いい目だ。


「いいでしょう。そしていい覚悟です。ご安心ください、傷は残しませんので」


 勝てないことを理解した。来るだろう敗北を認めた。


 その上で、戦うと決めた。


「――」


 集中しているのが伝わってくる。

 伝わってくるっていうのにいつ動くかがわからない。


 理想的な精神状態、ある種のゾーンに入ったことが伺える。


「――っ!」


 動いた。

 俺の頭がそう認識した瞬間には、目の前にレイピアの先端がやってきているという事実が迫ってきていた。


 避けられない。

 この突進突きの速度は、放たれてしまえば凡そ人間が対応できる速さを超えている。


 しかし。


「つよ、すぎ……」


「ふぅっ」


 生憎と俺は不本意ながらも剣聖で、賢者を志すものだから。


 その程度に躓いてはいられない。


「……」


「っとと」


 レイピアを突き伸ばした体勢のまま前に崩れ落ちそうになった姫様の身体を横から抱える。


 やったことは単純で。

 突進のタイミングがわからないから、身体強化魔法の発動に合わせて避けただけの話。


 避けて姫様の無防備な身体が目の前を通過した瞬間、首筋に手刀を落とし意識を奪って決着とした。


 ね? 簡単でしょ?


「っ! 勝者! ベルガ・トリスタッド!!」


 そんな思いで陛下へと視線を向ければ、我に返ったように手を挙げて勝者を宣言してくれた。


「剣術指南役に恥じない戦いであればよかったのですが」


「何を言うっ! お前が指南役となること! この上ない幸運に思ったわっ! ふははははっ!! 他のものもよいなっ!」


「は、ははっ!!」


 ご機嫌になった陛下の様子に胸を撫でおろす。


 ともあれ、指南役には無事に収まれたということで。

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