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第5話「お山の大将は井戸の外を知る」

 そりゃあ、ちょっとは強い。

 戦っているところは見た、なるべくしてなったと思わなくもない程度には強い。


 けど。


「私のほうが、強いんだから……っ」


 あんなチャンバラ大会で決まるのは剣聖なんかじゃない、お山の大将だ。


 本当の剣というものを皆が知らないだけ。

 ずっとずっと、剣聖とはこうなんだって、お父様に認められるために磨いてきた私の剣こそが、剣聖と呼ばれるにふさわしい。


「カタリナ~? 大丈夫、ですの~?」


「アルルお姉様? もちろんです! 私があの男に負けるとでも?」


 着慣れた胸当てを装備していると、お姉様が部屋に入ってきて、心配そうに言ってきた。


 私の努力を昔から見てきた人に、心配されるっていうのはちょっと辛い。

 ここはカタリナなら大丈夫、とか。相手に怪我をさせないように気を付けて、なんて言われるべきところだ。


「いいえ~。けど、あの方は今までのような方とは、少し違うような気がして~」


 勘が妙にするどいお姉様にこんな顔をされると、私まで不安になってくる。

 昔からなんとなくをモノにし続けてきたお姉様で、私もそんななんとなくに幾度となく助けられた覚えがあるから。


 でも、構わない。

 その表情を、私の勝利で塗り替えて見せるんだ。


「自分よりヘタな人に教えを受けるなんて私はまっぴら。お姉様も、剣術なんてしたくないでしょう?」


「それは、そうかも、しれませんけど~……」


「なら大丈夫。私に任せて! きっちり勝って、あのどこぞの平民を追い出してやるわ!」


 そうとも大丈夫、私なら、大丈夫。

 次期剣聖候補とか言われてた、騎士団副長にだって楽に勝った私だ。

 今のは手加減をしたとか、たまたまだとか、そんな言葉をぐぅの音も出ないほどに封じ込めて勝ったんだから。


 愛剣を手に取って部屋から出れば、よく見て慣れ親しんだ中庭の光景にいるどうでもいい人たち。


「おぉっ! やはり鎧姿もお美しい! カタリナ様! 必ずや勝利を!」


「ええ、任せて頂戴」


 耳に入ってくる雑音へ、口から言葉が勝手に生まれる。


 美しいからなんだって言うんだ。

 モノにしたいと思っているヤツの価値は、美しさだけで決まるのか。


 剣派とか魔法派だとかも心底どうでもいい。

 私に必要なのは強さだけ。誰もがその名に相応しいと納得できる、強さだけが欲しい。


 そうすればきっと、この国を守るために必要な剣であると認めてもらえる。


 だから。


「待たせたわ、ね――」


「あぁ、ドレスより鎧姿のほうがお似合いですね、カタリナ様」


 ……あれは、誰?

 待って、あそこにいるのは、本当に、ベルガ・トリスタッドなの?


 いやそうだ、そうに違いない。

 凡庸な顔立ち、真っ黒な髪、特徴なんてそれこそ持っていないことが特徴ですなんて証がそうだと言っている。


 なのに。


「は、ぁ――」


 雰囲気が違う、纏っているモノが違う。

 そこで剣を構えるわけでもなく、立っているだけだと言うのに。

 男の周りの空気が歪んで見える。

 見えない剣が、私の心臓へと狙いを定めているかのように感じる。


 こわい。すごく。


「ふ……ふんっ! 見え透いたお世辞はいいわ! さっさと倒してあげる!」


「そうですね、戦いの場に言葉は無粋というもの」


 強がりを言わなきゃ、とても立っていられない。


 ……強がり?


 待って、私は強がりを言ったと思ったの?


「あ、安心しなさい。怪我は作らないようにしてあげるわ」


「それはお気遣い頂き、ありがとうございます」


 ……認めない、戦う前から敵わないなんて思ってない!


「余が立ち会うのだ。言い逃れはできんぞ」


「っ……はい、もちろんです。お父様」


 やめて。そんな顔はしないで。


 アイツの勝ちを、私の負けを悟って安心したかのような顔は、やめて。


「カタリナ。お前が勝てばいいだろう、剣聖として認めてやる。しかし、敗北したのなら」


「わかっております。ベルガを剣聖として認め、我が師と仰ぎます」


「よし」


 頑張れとも、勝てとも言わず、背を向けて行かないで。


 私は、私は。


「ではこれより剣聖ベルガと第三王女カタリナの勝負を始める! 結果に異論は認めない! 邪魔も認めない! 両者尋常に勝負――はじめっ!!」


 勝つんだ。


「はぁあああっ!!」


 会心の踏み込みだ。

 得物の間合い三歩外は、私の間合い。


 一足で詰めて、穿ち貫いてやる!


「――なるほど、速い」


「え――?」


 前に。

 三歩外に、いたはず。


 なのに。


「素晴らしい踏み込みです、迷いが目に見られていたというのに……あぁ、あるいはそれを振り切るための一歩でしたか?」


 どうして、私の首元に、木刀が添えられているの?

 あなたの姿は、どうして視界の中にないの?


「しかし、早速ですが一つ。突進する瞬間、最中は極めて視野が狭くなる。素晴らしい速度でしたが、踏み込みの瞬間がバレてしまってはこうなってしまいます」


「うる――さいっ!!」


 声は、後ろから。

 だから私は、レイピアを持っているにも関わらず、振り払うように後ろを薙いだ。


「予想外に対する対応は雑ですね。剣を折ってくれというようなものですよ?」


 ピシュンという空気を切り裂いた音と、何も伝わってこない手ごたえ。


 見ればあいつはまた同じ間合い、得物の間合い三歩外にいて。


「もう少し、続けましょうか。私自身も、もっともっと見てみたい。自分で自分が強いと理解している人の実力を、ね」


 構えらしい構えも見せず。


 少しだけ楽しそうに笑って、そんなことを言ってきた。

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