――貴族の方々とお話される際は、足元を気にされて下さい。
「――ふん、足元に注意して励むことだ」
「お言葉、ありがたく」
短い時間で完璧に礼儀作法を学び、実践なんてできるわけがない。
シェリナさんはそんな当たり前の中で、これだけはと教えてくれたのが足元に気をつけろだった。
頭を下げて、相手さん方が遠ざかっていく気配を確認した後、ため息をつきながら身体を起こす。
「興味があるか、ないか、ね」
今行われている晩餐会にしてもそうだが、こうして貴族が集まるような場では基本的に立食形式のパーティとなるみたいだ。
そんな中で貴族たちはお互いの交流、下心込みのお付き合いや確認を交わしていくらしいが、一対一で言葉を交わしあうことはほとんどないらしい。
そこで相手の足元を確認するという暗黙の了解みたいなものが生まれた。
話したい相手につま先を向け、主に会話をしたい相手はあなたであると伝える文化のようなものだ。
だからさっきの人の言葉は皮肉だね。めんどくさい。
「堅苦しいな、まったく」
これで何人と話しただろうか。
もういちいち内容や相手の名前を覚えるのも煩わしくなって、ほとんど足しか見てなかった気がする。
そしてその多くが俺に対して向けられていなかった。声をかけてきた本人だけが向いていて、魚のフンみたいに引っ付いてきた取り巻きは、喋っている貴族に向けられていて。
無理して近寄ってこなくていいんだよ、まったく。
あーもう、普通に並べられている料理は美味しそうだし、いい加減食べたいんだけどな。
「失礼、剣聖殿。少しよろしいか? 私は――」
料理を取ろうと一歩進んだところでまたこれだよ。
少しよろしいか? じゃないんだよ。
この晩餐会はあくまでも新しい剣聖が生まれたことを祝う場だ。
にもかかわらず話しかけられ顔を見せればお祝いの言葉一つ寄こさない。
ありありと針のむしろを実感してしまうよ。
どんだけ邪魔者だって思われてるのやら、困ったもんだ。
「っと、申し訳ない。まずは新しい剣聖の誕生を、心より祝福致します」
「お……?」
なんて思っていたところ、急にまともな人が現れた。
下げていた頭と視線を持ち上げてみれば、なるほど。貴族とは言えない風貌の男がいた。
厳めしい髭面で、正装がこれほど似合わない男もいないだろうあんまりにも戦う者といった雰囲気が強い、筋肉質な大柄の人だ。
「自分は、アーノイド・フェイ・ガラクルスと申します。現ベロニカ王国騎士団長を務めている者で、よろしければアーノイドと呼んでください」
「ベルガ・トリスタッドです。丁寧な挨拶、ありがとうございます。こちらもベルガと」
自分から差し出す前に手が伸ばされた。
握手してみれば中々に強者の手ごたえ、恐らく大剣といったデカ物を得物としているって予想できる。
名前二つに称名が一つ、ね。
平民以上貴族未満の、上級民ってやつか。
フェイってのは、なんだろうね。
「貴族連中の相手は疲れたでしょう。こちらを」
「あ、あぁ、気を使わせて申し訳ないです。実は、物凄く腹が減っていまして」
「ははは。でしょうな、覚えがあります。どうぞ、自分も不作法もの故、いきなりメインの肉をお持ちしたことにはご容赦願いたい」
片手に持っていた料理は俺に持ってきてくれたみたいで、大変ありがたい。
伝わってくる感じも敵意といったようなものはなくて、どちらかといえば友好的な雰囲気がある。
とりあえず持ってきてくれてそのままも悪いし、骨付き肉の骨を掴んで口元に運べば。
「――うんめぇ」
「ええ。このような場でしか食べられない料理です。まだ姫様方がいらっしゃるまでには時間もありますし、どうか食べながらでもいいので自分とお話願えませんか」
「はい、是非に」
あー絶対この人いい人だわ。
歳は……一回り上、くらいかな? 騎士団長って言ってたっけ? 相当優秀なんだろうな。
「改めてベルガ殿の剣技、素晴らしかったです。あぁいや、もっと言い方がありますな、えぇと」
「どうか楽な喋り方で。剣聖にはなりましたが、それだけの男です」
「その剣聖になっただけという事実がどれほどのことかと言いたいところですが、ありがたく。では失礼ながら」
思わず苦笑いされてしまったけども、未だにそんな大それた剣術大会だったのかと訝しんでる俺である。許してもらいたい。
「ベルガ殿が本戦で披露された剣技、実に素晴らしかった。名も知れぬ男が現れたことは聞いていたが、想像を遥かに超えていた。次期剣聖と名高かった候補の剣術を、お遊びだと感じてしまったよ」
次期剣聖候補?
ってことは本戦に出場していたはずだよな? そんな強かったやついたっけか。
「気にされるな。ベルガ殿に敗北しただけで不貞腐れ、この場に顔を出さぬような腑抜け者だ。器ではなかったと改めて知れたさ」
「そう、ですか。えぇと、また良かったら手合わせをとお伝えください。勝負が終われば後は共に力を高めあう同志であると」
「しかと伝えよう。ベルガ殿が器の大きな男でよかった、自分としてもヤツにはまだまだ強くなってもらわなければ困るのでな」
器の大きな男と言ってもらえるのはうれしいんだけど、ごめんなさい。いくら思い出しても名前どころか顔も思い出せません。
「ともあれ、こうして話が出来て確信した。ベルガ殿」
「はい」
おっと、ようやく本題かな?
要求を通すため露骨に機嫌を取ってきたと思わなくもないけど、裏表なさそうな人だしどうだろうか。
「これから忙しくなる身であろうことは重々承知だが、是非騎士団の剣術指南をお願いしたい」
「剣術指南、ですか」
「あぁ。すぐにというわけではない、王女様方の剣術指南もある。まずは時間の空いた時にでも軽く見てやってほしいのだ」
「ふむ……」
さて、どう捉えるか。
俺が騎士団に受け入れられるかどうかは別として、派閥争いに関係している可能性がある。
アーノイドさんはそう言った争いに興味がなさそうではあるが、結果的にどちらかへ与している可能性はあるだろう。
けど、何もわからないままで邪険にされ続けるってのも性に合わない。
「お受けするとはここで申し上げられませんが、まずは時間の空いた時にでも顔を出させて頂こうかと」
本格的に請け負うかどうかは別に、とりあえず見に行くことくらいは頷いておいて様子を見ようか。
「おおっ! それでいいとも! ありがたい。で、あれば――」
喜色満面に俺の手を取ろうとしたアーノイドさんだが。
「――っ」
「お、っと」
銅鑼の音が中庭に響き渡った。
王様とお姫様の御成りってやつだ。
「皆、楽しんでおるか」
微笑を携えて出てきた陛下の後ろから。
「おぉ……相変わらず、お美しい……!」
三人の姫様たちが、現れた。