やってしまった。
正直、ただの腕試しのつもりだった。
自分の腕に自信がないわけじゃなかったけど、予選をある程度勝ち抜いて、多少の路銀が手に入ればな、くらいの考えだった。
「ベルガ・トリスタッド」
「はっ」
何より剣術だ。
魔法使いの弱点である、近距離戦闘技術を補うべく身に着けた力だ。
だって言うのに。
「剣闘会覇者たるお主に、剣聖の称号を授けよう」
「ありがたき幸せ!」
俺が、剣聖?
いやいやいや、何かの冗談だろう?
ほら、周りの人はどう見ても祝福どころかトゲトゲしい雰囲気してるしさ、心からおめでとうなんて、まったく思ってないってわかるよ。
面子潰した自覚くらいあるからさ。
でも戦いで手を抜くのは相手への侮辱になるだろ? どっちを取るかってこっちを取らざるを得ないじゃないか。
「面を上げよ」
言葉に従って顔を上げれば。
うあー……王だよ、マジモンの王様だよ。
周りのしかめっ面なお偉いさん方は知らないけど、流石にこの人は知ってるよ、俺みたいなド田舎モンでも知らなきゃだめだよ。
「うむ、良い目をしておる。戦いぶりもさることながら、気に入ったぞ、ベルガよ」
「勿体なき、お言葉です」
合ってるよな? 失礼になってないよな?
「ふはっ! よい! 構わぬ! そう畏まるな!」
「申し訳、ありません」
「良いと言った。最初から剣も礼儀も最高峰である者を求めるなど、強欲が過ぎると言うものだ!」
呵々と笑い飛ばしてくれる陛下は良いけどさ、周りだよ周り。
あぁやめてくれ、そんな目で見るなよ、だったら先に礼儀を教えておいてくれよ。
陛下の機嫌がよくなればよくなるほど、下がっていく周りの温度が辛い。
俺が剣聖でごめんなさいするから。
貰ったけど別に高々と名乗るつもりはないからさ、十分な賞金も貰ったし、細々と生きるから、勘弁してくれ。
「だが、娘たちの剣術指南役がいつまでもそのまま、というわけにいかないこともわかるな?」
「けんじゅつしなんやく」
何それ食べ物?
けんじゅつしなんやくって、なんかぷるぷるしてそうだね。味はなさそうだけど。
「うむっ! 我の目が確かであれば、お主は歴代最高の剣聖と言って良い! 良き剣士が良き師である保証なぞはないが、期待しておるぞ! これからも余に、そして娘たちに尽くせ!」
娘? 娘って、誰?
王様の娘? 陛下の娘ってことは、そりゃあ……。
「俺、いえ私が、王女様の、剣術指南役に?」
「不服か」
「い、いえそのっ!」
「言わずともよい。むしろ良くぞ申した。到底役が不足しておると言うことだろう? 我もお主の力は娘と言わず国のために使ってこそと思っておる」
そういうことじゃないです!?
「しかしこれもまた代々続く剣聖としての仕事でもある。歴代の剣聖たちもまず王女の剣術指南役に収まり、そこから始まるのだ。騎士団を纏める立場に着くものもおれば、前線を志願するものもおる。そして――」
「そして?」
「――ふはっ! 言わせる気か! ますます気に入ったぞ!」
え、えぇ……? どこの何を気に入られたんですかね?
だめだ、まじでわからん。
というかこの話題になってから、歯ぎしりの音すら聞こえるよ?
よくわからんが、謁見の間でそういう態度って良くないんじゃないですかね?
「ベルガよ」
「はっ!」
あーもう、知らん。どうにでもなぁれ。
「確かにお主は平民の出だ。多くの問題はあるだろうが……いつの日か、息子と呼べる時を楽しみに待っておるぞ」
「ありがたきお言葉! 全身全霊を尽くし万事へ臨みますことを誓います!」
「うむっ!」
……息子?
「お待ちしておりました」
「うん? えぇと、待ってもらってありがとう。そして初めまして、だよな?」
謁見の間を後にして、言われるがままに案内された部屋にいたのは白髪……いや、銀と言って良いだろう髪の侍女さん。
面紗で顔が隠されていてわからないけど、美人さんの雰囲気を感じるね。
「申し訳ありません、先にご挨拶申し上げるべきでございました。本日よりベルガ様のお傍付きとなりました、シェリナと申します」
「シェリナさん、ね。お傍付きってのが何かわからないけど、よろしく、ベルガ・トリスタッドです」
右手を差し出してみればどことなく戸惑ったような様子だけど。
あぁ、そう言えば
「礼儀作法も知らなければ、階級制度を気にするほど詳しくもないんです。下級民だからなにって感じですね」
「左様、でございますか。では、恐れながら」
はい、あーくしゅっと。うん、いい手だ。
名前が一つってのは下級民である証だ。
そしてそういう人が寄越されるってことは、やっぱり歓迎はされてないってことなんだろうな。
シェリナさんに対しては何も思わないけど、肩が重くなるね。
「ありがとうございます。それで、これから俺はどうしたら良いんですか?」
「晩には新たな剣聖の誕生を祝う晩餐会が宮殿の中庭にて行われます。それまでこちらのお部屋でお過ごし頂ければと。あと、話しやすいようにして下さいませ。私は、侍女にございます」
「あぁ、じゃあそっちもありがとう。そうさせてもらうよ」
さっきから慣れない敬語ばかり使って頭が疲れたし、助かる。
けどそっか、今は昼過ぎだし、夕食までには結構時間がある。
始まるまでここで缶詰ってのは退屈もいいところ。
「外に出たらダメかな?」
「控えるようにとは申し付けられておりませんが、やめたほうがよろしいかと」
「あー……やっぱり平民なんかが宮殿をうろつくのは、よくないか」
「申し訳ありません」
答えを返しにくそうにしてるし正解か。
ダメ元で聞いたからいいんだけど、やっぱ面倒くさいなぁ。
「いや、こっちこそごめん。大人しくしとくよ」
重たい気を紛らわすために、ふかふかのソファへと身を預ける。
横着せず狩猟ギルドかなんかの依頼で金を稼げばよかった。
俺が剣聖? 大会で優勝しておきながらだけど現実感がない。
というかそもそもなんで勝てたんだよと言いたいくらいだ。
陛下の言葉をそのまま受け取れば王女様の剣術指南役にもなれるんだろ? もっと強いヤツはいなかったのか、王女様とお近づきになれるんだぞまったく。
「シェリナさん」
「どうか呼び捨て下さいませ」
「お、おう……えぇと、シェリナ?」
「はい。如何なさいましたか?」
じっと直立不動で俺の様子を見守り続けているこの人にしてもそうだよ。
「あの大会ってさ、実はそんなに強い人は出場していなかったとか、そんなオチかな?」
「いえ、むしろ十年前に開催された大会とは比べ物にならないほど強く、レベルの高い参加者が集ったと耳にしております」
「そうなの? でも正直、あそこで戦った誰よりもシェリナのほうが強いよね?」
「なっ!?」
面紗がふわりと揺れた。
そう、この人、絶対強いんだよな。なんで侍女なんかしてるんだろ。
「わかるよ、ひと目見た時から隙がないなって思ってたし、手を握った時に確信した。多分、短剣かな? 相当鍛えてるでしょ? 侍女って言われるよりも、暗殺者かなんかだって言われた方がよっぽど――」
なんて、言ったときだった。
「――あぁ、やっぱりそっちが本業だった?」
「あり、えない……!」
俺の瞬きに合わせた踏み込み、喉元を正確に狙った刃が奔ってきた。
「そうだよなぁ、当たって欲しくない勘ほどよく当たるもんだ。ずっと俺の動き方探ってたもんな。疑問が解決してすっきりしたよ、ありがとう」
「く、ぅ……!」
備えていて良かった。
「
「な、ぜ……剣士が、こんな、魔法、を……!」
いや、なんでって聞きたいのはこっちだって言ったのになぁ。
まぁいいか。
「これでも俺は、賢者と呼ばれたいと思って田舎から出てきたつもりだからね。剣聖なんて呼ばれるようになっちゃったけど」