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第24話 心臓と記憶

 バンと大広間のドアを勢い良く開ける。

 僕の視線の先にはクラムがいて、玉座に座っていた。その周りには百体以上のゾンビ兵がいる。


「なんだ、貴様は?」


 クラムが僕を見下して、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「チャーリー・バロット。アメリアの下僕さ」

「……雑魚には興味ない。おい、お前ら、こいつをつまみ出せ」


 クラムの命令で、百体程いるゾンビ兵がこっちに向かってやってくる。

 が、


「どけ」


 僕の怒りを込めた言葉を聞いて、怯えたようにゾンビ兵が下がった。

 クラムまでの一直線の道ができる。


「ほう。なかなかの魔力を持っているようだな、小僧」

「あんたさぁ。刻印持ってるだろ? 『国王』の刻印。それ、くれねえかな?」

「……肝が座っている上に、道化も演じれるのか。部下に欲しいくらいだ」

「あんたが持ってる刻印を奪い取って、最初に出す命令はこうだ。『皆を解放しろ』。どうだ? これなら合法的に全てが丸く収まる」


 恐らく、この方法はガンツには思いついていただろう。

 だけど、あの時、何も言わなかったのは僕の身を案じてだ。

 戦えば負ける。

 殺される。

 言ってみれば奪う方法がないのだから、その方法が愚策となる。


「中途半端に力を持つと早死するというのは本当らしいな。私は笑えない冗談が嫌いだ」


 クラムは座ったままで、右手の人差し指を掲げる。その上に、光の玉が出現した。

 クイっと指を振り下ろすと、光の玉が僕に向かって飛んでくる。

 一瞬、弾き返そうと手が反応するが、無理矢理押さえて左側に大きく跳ぶ。

 僕の頬をかすめて光の玉が床に当たり、轟音を立てて大理石の床をえぐった。


「……スピード系か。面倒だな」


 ため息をつきつつ、二つ、三つと連続で玉を飛ばしてくる。

 よし、完全に油断している状態だ。

 正直、最初や今の攻撃は弾き飛ばすことはできる。でも、それは奥の手だ。

 短期決戦。これが、僕に残された戦法だ。

 奴の懐に入り、一撃で決める。


 そのためには攻撃を弾けるということを悟らせてはならない。

 なんとか、近づくまでは……。

 だが、そう都合良くはいかず、よりにもよって左足に被弾した。


「痛え!」


 左足を抱えて床を転がり、這いずり回る。


 やべえ。

 足をやられた。

 これじゃ、近づくどころか立てもしない。

 それでも、ゴロゴロと転がることはできる。

 必死に転がって奴の玉を多少被弾しながらも直撃はさけることに成功した。


「虫けらが。これ以上、時間を取らせるな!」


 クラムがフラフラと揺れるように立ち上がり、僕の方向に近づいてくる。

 よし、あっちから来た。いいぞ。僕が立てないってところを除けば、作戦通りだ。


「せめて苦しまんように、一瞬で消してやる」


 手を伸ばせば届くほどの距離までクラムが歩いてくる。


 今だ!

 油断したなっ!

 馬鹿め!


 僕は立ち上がって、クラムの顔面を殴った――イメージをした。


 立てない。

 痛い。

 もう、ホント泣きそう。


 チラリと左足を見てみる。

 真っ黒に焦げていた。

 そりゃ、立てないよねって感じにこんがりと焼けている。


「はああああ!」


 クラムが力を込めて魔力の玉を作り出す。

 今まで僕が見てきた中でも群を抜いてデカイ玉だった。

 確かに、一瞬で消されそうだし、転がって逃げれるような大きさじゃない。


 あーあ。

 詰んだな。

 やっぱ、小説の主人公みたいには上手くいかねーな。


 ふと、頭の中でアメリアの顔が浮かぶ。


 ……最後に見たかったな、あいつの顔。


 その時、バンと大きな音を立てて扉が開いた。


「どうした、チャーリー・バロット。あんな啖呵を切ってそんな有様か?」

「アメリア・ブライトマン……」


 クラムの視線がアメリアの方へと移る。

 だが、アメリアはジッと僕の方を見ていた。


「勝て、チャーリー。これは命令だ」

「うおおおおおお!」


 なんだろうな。

 あいつの顔を見てると力が湧いてくる。

 いつも無理して、意地張って、無茶なことばっかり言うアメリア。


 そんなあいつを……アメリアをこれからも見ていたい。

 守ってやりたい。


 僕の思いに反応したのか、それとも空気を読んだのか。

 左足が動き、立ち上がることに成功する。


「おらあああああ!」


 右こぶしを振り上げ、クラムの顔面へと振り下ろす。


「ちっ! くそがっ!」


 クラムの方は右手を下ろし、魔力の玉を僕に向かって放った。

 咄嗟に左手で魔力の玉を弾く。

 飲み込まれるように左腕が弾けとんだ。

 そのおかげで、若干玉のスピードが落ちる。


 これなら、届く!


 僕は思い切りクラムの顔をぶん殴った。

 殴った顔が弾けるのを確認すると同時に、視界が真っ白になる。

 どうやら、魔力の玉に包まれたようだ。

 僕の体が、バラバラに崩壊していく。

 体が光に溶け込んでいく間、様々な記憶が頭の中を過ぎ去っていった。


 ……なるほど、これが走馬灯というやつか。





 その日は霧の深い夜だった。

 夜の駅で、線路の上に立っている白い猫がニャーと鳴いていた。

 この駅は見覚えがある。……僕が生きていた世界の駅だ。


 終電が過ぎ、辺りには全く人気がない。

 そんな中、もう一度猫がニャーと鳴く。


 ……あれ? なんで、僕、夜にこんなところにいるんだっけ?


 ああ、そうだ。

 家出だ。

 貴族の跡取りなんておもっ苦しいものを背負わされるのが嫌で、逃げる決心をしたんだった。

 だけど、もう終電が行ってしまって……。

 明日にしようかなって思ってたんだ。


「死にたいのか?」


 ふと、野太い男の声がした。びっくりして辺りを見渡すと誰もいない。


「今なら体付きで、あっちに行かせてやるぞ」


 声のする方向に目を向ける。猫しかいない。


「破格の条件だろ?」


 猫の口の動きで、完璧に猫が話しているように見える。


 なんだこれ? マジック?


 辺りを見渡しすが、やっぱり誰もいない。


「ああ、この姿だと説得力がないか」


 猫がそう言うと同時に光り、眩しくて目を瞑って再度開けたときには変なおっさんが立っていた。

 どこぞの国の王子のような服装に、ゴリラのような顔立ちと体。

 あのときはただの変態にしか見えなかったが、今ならわかる。


 こいつはクラムだ。


「いや、本来はこんなことしないどころか、こっちに降りてくることもないんだがな。まあ、気晴らしだ。幸運だったな、小僧」


 クラムが体全体を震わせて笑う。


 何言ってんだ、こいつ。


 そう思ってじっと見ていると、カーンカーンカーンという踏切の音が聞こえた。

 おっさんがいる線路沿いに列車が向かってくるのが見える。


 ……列車?

  なんで?

  終電はもう行ったはずなのに。


「ちっ! 邪魔が入ったか。仕方ない。戻るか」


 クラムが猫の姿に戻る。

 何を考えているのか、猫は余裕な感じで列車を見ていた。


「いや、危ねぇって!」


 咄嗟に線路に降り立ち、猫を抱える。


「ば、馬鹿者! 何をする!」


 猫がジタバタと動くのを必死で止めながら、なんとか線路脇へと走ろうとする。

 が、もう、目の前まで列車が迫っていた。


『ぎゃーーーーーーーー!』


 僕と猫は同時に叫んだ。

 怖くなって、猫をぎゅっと握り締めると、胸の部分がベコっと取れた。


 キモイ。

 っていうか、なんだこれ。メダル?


 取れたのは丸い銀色でコウモリの絵とゾンビのような顔が彫られたものだった。

 そんなことをしている間に、列車が僕の体を轢いていった。





「チャーリー。アメリア様が呼んでるでー」


 ベッドの中でヌクヌクと寝ているところを、ドアの開く音とボブの声で無理矢理起こされる。


 あー、もう最悪な気分だ。

 なんで、こいつらは人の部屋に勝手に入ってくるんだよ。

 せめてノックくらいはして欲しい。


「今日は防腐剤配らんでもいいから、執務室にすぐ来いっやって」


 嫌なことは連続で起こるようだ。どうやら、僕はアメリアに防腐剤配り以上の厄介な仕事を命令されるようだ。


「わかった。すぐ行くよ」


 僕はのそのそとベッドを降りて、着替え始めるのだった。





「遅いぞ、チャーリー・バロット」


 執務室に行くと、アメリアが椅子にふんぞり返って座り、その両脇にはガンツとランシエが立っている。

 ランシエは僕の顔を見ると、少しだけ微笑み、アメリアたちに見えないように小さく手を振る。


「で? 今度はどんな無茶なことを言われるんだ? 僕は?」

「命の恩人に対して、なかなかのことを言うじゃないか、チャーリー・バロット」

「はいはい。あの時はありがとうございましたー」


 ぺこりと頭を下げてやると、アメリアは満足そうに笑う。


 あのとき……。

 クラムの魔力の玉の直撃を受けた僕の体はほとんど残らなかったらしい。

 それをアメリアが魔力と金を使って、僕の体を再生してくれたのだ。


「なあ、アメリア。いつから知ってたんだ?」

「ん? 何の話だ?」

「僕が生者じゃなくって、ゾンビだったことだよ」

「……いや、正直、あたしもあの時に気づいた」

「ホントか?」

「疑うのは自由だ。ただ、今、考えれば貴様が生者じゃないということは、会った最初に気づけたことだったがな」

「どういうことだ?」

「証明してやろう」


 アメリアがすくっと立ち上がり、僕の目の前に立つ。

 そして、思い切り僕の腹を殴り、その上かかと落としを食らわせてくる。

 急なことで反応できず、僕は床に倒れた。

 その僕の顔をアメリアが踏みつける。


「こういうことだ」

「……どういうことだ?」

「ふむ。相変わらず察しが悪いな、チャーリー・バロット。もし、貴様が生者であれば、あたしはこんなことができん。生者に手を出せない。これはこの世界のルールだ」

「この世界のルールっていうのは、強制的に守らされるのよ。破ろうと思っても、破れない。……刻印の命令のようにね」


 ガンツが顎を擦りながら目を細めて僕を見る。


「じゃ、じゃあ……。凄い力が出たっていうのは……?」

「貴様、死ぬ前にクラムに会い、刻印を抜き取ったんだろう。それが心臓の部分に宿った。ただ、それだけだ」

「考えてみれば、私の命令が効かなかったのも、チャーリーちゃんが私よりも上位の刻印を持ってたからなのよねー」

「クックック。お笑い種だ。クラムはこっちに戻ってから、自分の刻印が取られたことに気づいた。取った奴はこっちに来ている。新人としてな。そこで、クラムは部下を使って墓荒らしをした。消滅させれば刻印が戻ってくると思ったんだろうな」

「……だから、新人だけを狙ったのか……って、いつまで踏んでるつもりだ!」

「踏み心地が良くて、ついな」


 そう言って、アメリアはさらに踏む力を強める。


「貴様は生者だと思っていたから、そもそも墓がないと思っていたからな。クラムが屋敷に来た時に渡した紙には貴様の名前はなかった。……ふむ。ここでも、貴様はあたしに命を助けられているな」

「新人をほとんど消滅させたのに、刻印が戻って来なかったことには相当焦ったでしょうね」


 ガンツが徐々に羨ましそうな目で僕を見てくる。


「多少強引過ぎる手を使ってでも、早く取り戻したかったんだと思います」


 ランシエまでがうっとりとした表情で僕を見ている。

 なんだ、この世界の人間はアメリアを除いて、全員Mなのか?


「とにかく、貴様はただの虎の威を借る狐だったというわけだ」

「う、うるせーな」

「ん? 何か言ったか?」


 グリッと足に力を込められ、頬が剥がれそうなくらいの激痛が走る。

 リアルに剥がれることもあるから止めてほしい。


「なにも言ってません」


 ここは素直に屈服しておく。


「うむ。では、貴様に一つやってほしい仕事がある」


 ようやくアメリアが足をどけてくれたので、僕はすくっと立ち上がる。


「クラムが今、裁判をかけられているのは知ってるな?」

「ああ。刻印を紛失したってバレてからは、なんの権限もなくなって、あっさり部下にとっ捕まったんだろ?」

「そのクラムを助け出してこい」

「は? なんでだよ! あんなことされたのに、お前って筋金入りのお人好し……」

「勘違いするな。言い方が悪かった。もう一度言う。クラムの中にまだ入っている刻印の欠片を奪ってこい」

「……欠片?」

「貴様の中に入っていたのは、欠けた刻印だった。それは、体がバラバラになった時に確認した」


 えー。そんなところで確認すんなよー。


「刻印は完全な形になっていないと、その効果は薄くなる。だから、貴様にクラムから欠片を取ってきて、完全な刻印を完成させてあたしに献上するのだ」

「……で? その刻印を手に入れたらどうするんだ?」

「決まっている。この国の全てを手中に収める」


 そう言って、不敵に笑うアメリアを美しくも可愛らしく思えるってことは、もうあまりゾンビたちを笑えないな。


「さあ、チャーリー・バロット。行け! あたしのために死んでも……腐っても働き続けろ!」

「はいはい」


 僕がこの世界に来てから、ずーっと変わらないものがある。

 それは、この先もアメリアを見ていたいという想いだ。

 この暴君がどんな国を作るのか。


 僕は傍らでその光景を見たいと思うのだ。

 だから、もう少しだけ生き返るのは後にしよう。


 そう、思ったのだった。

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