僕らはクラムの城の地下牢に入れられた。
馬鹿デカイ牢屋に、ギュウギュウ詰めにされている。
地下牢は両壁に向かい合わせのように作られていた。ざっくばらんに二組に分けられて押し込められた。
僕はニナと同じ組みになり、ランシエとガンツは向かい側の牢になった。
「やっぱり、チャーリー君と私は運命で結ばれてるんだよ」
僕の腕に絡みつくようにして、ランシエに対して勝ち誇ったような表情を浮かべているニナ。
その様子を、殺気を込めた目で見ているランシエ。
……お前ら、今の状況分かってんか?
「なあ、ガンツ。クラムの兵士がうち攻め込んできただろ? あれって、誰か許可したのか?」
牢屋ごしに問いかけると、ガンツが両肩を上げて呆れたようにため息をつく。
「そんなわけないでしょ。どこに攻めてくるのを許可する馬鹿いるのよぉ」
「だよなぁ。じゃあ、なんでクラムの兵たちって普通に力出せてたんだ? 許可がないと力出せないはずじゃなかったのか?」
「上位の権力を持っていれば許可とか取らないで、街に入れるのよ。そうじゃないと、街の視察とかできないでしょ? だからあの時は、クラムがあの兵士に許可を与えてやってきたというわけよ」
「そうそう、もう一つ気になったのは、あのときクラムいなかったよな?」
「そうねえ。兵士だけだったわね」
「あれっておかしくないか?」
「どういうこと?」
「だってさ、あの時、僕らは抵抗しなかったけど、もし抵抗したらどうすんだよ」
「何言ってるのよ。抵抗した時のための大量の兵士でしょ」
「いや、クラムが来てれば刻印の力で一発だろ。大人しく捕まれって命令すればいいんだから」
「へえー。あなた、普段はボーッとしているけど鋭いところ突くじゃない。ランシエが惚れるのも無理ないわね」
「ちょ、ちょっと、ガンツ様!」
頬を赤くしたランシエがガンツの袖をグイグイ引っ張る。
「私もね、最初、そこは気になったのよ。でも、その理由はここに来る途中でわかったわ。クラムはね、随分と弱ってる」
「弱ってる? 病気か何かか?」
「馬鹿ねぇ。ゾンビが風邪引くわけないじゃない。純粋に生命力……魔力そのものが低くなってるのよ。兵士たちが話してるのを聞いたんだけど、最近じゃ公務もほとんど部下に任せて部屋で寝ているらしいわよ」
クラムが弱っている……。
そういえば、以前にトラボルタ墓地に来たときもフラついて倒れてたな。
……それなら。
「あ、自分の力なら何とかなるんじゃないかって、思ってない?」
あっさりとガンツに考えていることを見破られた。
「無理無理。止めなさい。相手は腐っていても『国』王よ。私やアメリアちゃんクラスの『街』の王が束になっても勝てるわけないわ。……例え、弱りきってても勝てる見込みはないわ」
「う……。そ、そうなのか」
最悪、クラムをボコるっていう案が消えてしまった。
「おい! 何をコソコソ話してる!」
見張りの兵士二人がこちらに向かってやってきた。
「ねえ。私たち、どうなるのぉ?」
まず動いたのはガンツだった。右肩をはだけさせ、やってきた兵士二人に問いかける。
「うえっ……」
ガンツの様子を見て、一人は引いて、もう一人は吐いた。
うん。分かる。確かにキモイ。
「黙れ! いう訳ねえだろうが!」
顔をすっぽりと覆うような兜に、全身ヨロイの塊のような兵士が吐き捨てるように答える。
「いいじゃねーか。明日には処刑なんだから。残された時間を知ってたほうが有意義に過ごせる」
吐いていた方の兵士が口を拭いながら、決してガンツの方を見ないようにしている。
ガンツは格子を掴んで、隙間から顔を出して叫ぶ。
「処刑? しかも、明日ってどういうこと? 裁判すらないわけ?」
「黙れ、謀反人どもが! 裁判するまでもねえんだよ、首謀者がゲロったんだからな」
「首謀者って……アメリアか? おい、アメリアはどうなった? 無事なのか?」
格子の間から腕を伸ばして、兵士を掴んで引き寄せる。
「い、今は無事だ。今夜、処刑されるけどな」
「どういうことだよ! 何がどうなってる? 言え!」
「……アメリアが謀反を認めたんだよ。承服書にもサインしたんだ!」
兵士が僕の手を振りほどこうと、必死にもがく。
「……一杯食わされたわね。アメリアちゃんらしくもない」
「ガンツ、どういうことだ?」
「いい? きっと、クラムはこう言ってアメリアちゃんに承服書にサインさせたのよ。『これにサインをすれば、街の住民は見逃す』」
「え? でも、僕たちも処刑されるって話だろ?」
「だから、一杯食わされたって言ったんじゃない。最初から約束を守る気がなかったのよ」
ブチっと何かが切れるような音が聞こえた気がした。
怒りで頭が真っ白になる。
僕は何度も兵士の頭を格子に叩きつける。
「や、止めろ! 止めてくださ……」
何度か目で兵士が気絶した。頭を守るはずの兜はグニャグニャに曲がっている。
「ひぃい!」
もう一人が逃げようとするのを見て、僕は思い切り格子を掴んで横に開く。
思った通りに格子は曲がり、人が一人通れるくらいの通路ができる。
「そ、そんな馬鹿な……」
その様子を見た兵士が階段を登ろうと走る。
「待て!」
兵士に向かってダッシュし、捕まえることに成功する。
「鍵を出せ!」
「は、はい!」
兵士はスッと牢屋の鍵を差し出してくる。
「よし。寝てろ」
腹を軽くガンと殴るとあっさりと兵士が気絶した。
僕は牢屋の鍵をガンツに渡す。
「二時間経ったら、ここから脱出しろ。僕のことは放っておいていい」
「じゃあ、私も一つ約束してもらうわ。アメリアちゃんを見つけたら、すぐに城から出るのよ。私たちのことは放っておいてね」
「……」
ガンツと目を見合わせる。
お互いが考えていることが手に取るようにわかったようだ。
僕はアメリアを見つけて逃がし、住人が脱出するための時間稼ぎするつもりだった。
ガンツはガンツで、僕やアメリアが逃げるまでの時間を稼ぐつもりで陽動をかけるつもりだろう。
「……言っとくけど、僕は死ぬ気はないからな」
「あら、奇遇ね。私もよ」
ホント、ガンツには頭が下がる。
僕はニナとランシエを見て、約束するよに言う。
「またな」
「え? あ、うん」
「……ぼくは未亡人になる気もありませんし、する気もありませんから」
ランシエだけに、僕の意図したことが伝わったようだ。
……でも、未亡人って。
結婚したつもりないんですけど?
僕は気絶している兵士のヨロイを剥ぎ取って着る。
そして、地上への階段を駆け上った。
城の入り口付近まで行くと、ちょうどアメリアと遭遇する。
手を縄で縛られ、二人の兵士にはさまれるようにして歩いていた。
真っ直ぐ前を見て、胸を張っているアメリア。
……お前、どうしてそんな顔ができるんだよ。
怖くないのか?
取り敢えずアメリアと兵士二人が僕の前を横切り通り過ぎるのを待つ。
――そして。
「ぐおっ!」
「ぐあっ!」
後ろから剣の鞘で殴り、兵士を気絶させる。
「アメリア、無事か!」
兜を脱いでアメリアに駆け寄ると、アメリアは「くっくっく」肩を小さく震わせて笑った。
「似合わんな。そのヨロイ姿。まだ、ガンツのフリフリの服の方が見れる」
自分ではちょっと格好いいと思っていたから、その言葉には随分と凹まされたが今はそんなことを言ってる場合じゃない。
「来い! 逃げるぞ!」
アメリアの腕を掴むがすぐに振りほどかれる。
「いらん。というより、邪魔をするな。あたしはこれからクラムのところに行かねばならん」
「……住人の無罪を条件にか? でも、お前は騙されてる。クラムは僕たち住人も殺すつもりだ」
「……やはりか」
「気づいてたのか?」
「まあ、そうだろうなとは思っていた。ただ、貴様がここにいるのを見て確信したのだがな」
「だったら逃げるぞ!」
「何度も言わせるな。あたしは邪魔するなと言ったのだ」
「お前……死にに行くつもりか?」
「阿呆。クラムと交渉に行くのだ。これでも勝算はある。街の奴らくらいは余裕で解放させるさ」
「嘘だ。そんなことできるわけない」
「ふん。貴様のスカスカで腐りかけの脳みそでは無理だが、あたしならできる」
「……アメリア。ここには僕たち二人しかない」
「だから何だ?」
「弱音……吐いてもいいんだぞ」
「黙れ! 貴様などに吐くものなどないわっ!」
「言ったよな? 僕はお前の下僕だって。命令してくれれば何だってやる。何をしたらいい?」
「いらん! これはあたしだけの問題だ!」
「アメリア!」
もう一度叫ぶように言って、アメリアの両肩をガッシリと掴み、真っ直ぐ目を見る。
「僕はお前の下僕だ。絶対にお前を見捨てたりしない」
「……っ!」
くしゃりとアメリアの顔が崩れる。
うっすらと目に涙を浮かべたが、下唇をグッと噛むことでなんとか堪えていた。
「……住人を……全て殺すと言われたんだぞ……」
涙こそ流さなかったが、声を詰まらせながらアメリアが言葉を紡ぐ。
「どうしようもないじゃないか! 部下の命はあたしのものだ、だったら、あたしの命は部下のものだ。だからあたしは命を捧げるんだ……。例え、それが……偽りの約束だったとしても……」
やはりアメリアは分かっている。
自分が処刑されたところで住人が解放されないだろうことを。
それでもただ黙っていることはできなかった。万に一つの可能性に賭けたのだろう。
「わかったよ。ホント、頑固だよな。お前は。じゃあ、僕も最後までお供するぜ」
「ダメだ! 貴様は逃げろ」
「嫌だね」
「命令だ!」
「それだけは聞けない」
僕の言葉を聞いて、アメリア再び笑う。少し寂しそうに。
「本当に貴様は腹が立つ奴だ。だが、そういうところが貴様らしい」
不意に真面目な顔をして、僕の目を見返してくる。
「貴様だけは死んで欲しくない。頼む。逃げてくれ。……これはお願いだ」
あーあ。ホント、ここの奴らって人を説得するのが下手だな。
そんな顔でそんなこと言われたら、逃げることなんてできねーよ。
「僕は生者。この世界の法に縛られない唯一の人間だ。……だったら、例え『国王』が相手でもなんとかなるんじゃねーか?」
ハッと目を見開くアメリア。
「止めろ! 無理だ! 殺される!」
「僕が聞きたいのは、お前がどうしたいかだ。言ってくれ、アメリア。お前はどうしたい?」
必死に止めていた涙が溢れ出す。
くしゃくしゃの顔をして、ポロポロと涙を流したアメリアは僕の胸元に顔を寄せた。
そして、顔を上げてこう言った。
「あたしを助けろ、チャーリー・バロット」
「了解だ、ご主人!」
心臓がドクンと大きく高鳴る。
なんだろうな?
不思議な感じがする。
今なら、どんな奴にも負ける気がしねえ。