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第22話 トラボルタ墓地の窮地

「貴様はまだ帰りたいと思うか?」


 その日、クラムの調査の報告をするために執務室に行ったときである。

 突然、机の上に肘を乗せて頬杖をついた状態のアメリアから問いかけられた。


「へ? 帰りたい? ああ、そっちか。うん……まあ、そうだな」


 僕としては生き返ることを正直言って忘れていたくらいだった。

 そういえば、最初はそれが目的だった気もする。

 最近はこっちの生活が当たり前になってるから、変な話、帰ると言われればこの世界の自分の部屋を想像してしまう。


「そうか……。ガンツ。今日はもうあがっていいぞ」


 僕からガンツの方へ顔を向ける。

 ガンツは僕とアメリアを交互に見て、一瞬、ニヤっと笑った後にテキパキと帰り支度をする。


「それじゃ、お疲れ様ぁ。……ごゆっくり」


 そしてすれ違いざまにポンと僕の肩を叩いた後、耳元で「女の子に恥をかかせちゃダメよ」とささやいてから執務室を出て行く。


 ……恥をかかせるなって、どういうことだ?

 わけがわからない。どうせなら、ちゃんと説明していってほしかった。

 部屋にはアメリアと僕しかいなくなり、明け方もちかくなっているせいで屋敷には人がいないのかシーンと静まり返る。


 スッとアメリアが立ち上がり、僕の前に立つ。


「貴様がこっちに来てから、どのくらい経った?」

「ん? えーと、どうだっけな。多分、半年も経ってないと思うぜ」

「そうだったか? あたしはもう、何年も経った感じがするがな」


 机の上に腰掛けて、足を組むアメリア。


「……」


 アメリアの言葉で、改めて僕自身も考えてみるとなんか不思議な感覚を覚える。

 まだ、半年も経ってないという思いと、もう半年くらい経ったのかという思い。

 アメリアが言うように、アメリアとはもう何年も一緒にいるような気がする。


「改めて聞くが、こっちに残る気はないか?」

「……」


 あれ? さっきと微妙にニュアンス違がわね?

 それになんか知らないけど、ちょっとドキッとした。


「貴様は生者で色々使える。あたしとしては、使える手駒を手放すのは正直言って気に食わん。だが、貴様が是非と言うなら、願いを聞いてやらんでもない」

「えーと、それはガンツとの件を言ってるのか? あれならお前から報酬を貰ったから、別にもう気にしなくてもいいぜ」

「あたしは、貴様の本音を聞きたいのだ」


 アメリアの真意が全く読めない。

 不敵な笑みも、Sっ気たっぷりの見下した笑みも、高圧的な険しさもない、無表情でこっちを見ている。

 強いて言うなら不安……。そんな感情が僅かに混じった表情をしている。

 なんだろう、この雰囲気。いつもの軽口で誤魔化せるほど甘くなさそうだ。


「ぼ、僕は……」

「待て」


 話そうとしたところでアメリアに遮られる。

 アメリアは机から降りて、部屋の隅へとゆっくりと歩き出す。


「貴様はあの時、『刻印の下僕になったわけじゃなく、あたしの下僕なった』……そう、言ったな」

「……ああ」


 アメリアが刻印を持っていないと発覚したとき、確か僕はそう言った。

 ほんのり覚えている。


「あたしはこの世界に来てからずっと孤独だった。誰にも相手にされず、認められず、一人で生きてきた。だから、あたしは権力が欲しかった。偉くなればあたしを見てくれる。認めてくれる。……この孤独感が埋まる。……そう思っていた」


 窓の前で立ち止まり、ガラっと窓を開ける。


「『街』の王の座を手に入れたが、あたしの孤独感は埋まらなかった。そんなとき……貴様が迷い込んできた」


 部屋に風が入ってきて、アメリアの柔らかそうな金色の髪がふわりと浮く。


「貴様は街の王であるあたしにひれ伏すでも、敵対するでも、媚を売るわけでもなく、無礼に接してきた」

「……言っただろ。敬語が苦手なんだよ」

「平然とあたしに口答えをし、反論をする。王であるあたしにだ」

「なんだよ、説教か? 言わせてもらうが、僕は態度を変える気はないぞ。例え、お前が『国』の王になっても、アメリアはアメリアなんだからな」

「そう、それだ」


 アメリアはくるりと反転して、こっちを向く。表情は相変わらずで、何を考えているのかがわからない。


「貴様だけだ。最初からあたしをちゃんと見たのは」

「い、いや……。えっとだな。ほら、ニナとか、ゾンビたちとかも見てると思うぜ。『王』じゃなく、アメリアをさ」


 なんだよ、さっきからのこの雰囲気。

 妙に体が暑いし、心臓が痛いくらいドクドクいってるし。


 アメリアは大きく息を吐き、左の口の端をグッと上げて僅かに微笑む。


「そうだな。そうだった。……あたしが勝手に孤独だと思い込んでいただけだったな」

「そうそう。お前、そういうところ鈍感だからさ」

「……鈍感か。貴様には言われたくないな」

「ど、どういうことだよ」

「とにかく、貴様には感謝してる」

「お前、疲れてんのか? なんか変だぞ。僕に礼を言うなんて」


 そう言いながら、僕はさっと身構える。

 大体、こんなことを言うと、天邪鬼なこいつは攻撃をしてきて「これで満足か?」とか言うに決まってるんだ。

 ……と、思っていたがアメリアは真面目な顔つきのまま僕を見つめてくる。


「チャーリー・バロット。もし……」


 そこで、アメリアは一回言葉を切ったが、意を決したような表情をして続けた。


「もし、あたしが帰るなと願えば、残ってくれるか?」

「……え?」

「命令じゃなく、あくまで願いとしてだ」

「あ……いや……。その……」


 頭が真っ白になり、なんて返していいのか分からなくてテンパっていたときだった。

 ギギギっとゆっくりとドアが開いてひょっこりとガンツが覗き込んで来たのが見えた。


 ガンツは僕とアメリアを交互に見たあと、額に血管を浮き立たせて勢い良く部屋に入ってくる。

 怒りが最高潮になって目を見開いたガンツは、僕の襟をグッと掴み上げてくる。


「なによそれ! なんでまだ服着てんのよ! あんた、それでも男なの? それともあれ? 私への嫌がらせ? ちょっとくらいサービスしてもいいじゃないのよ! 覗かせなさいよ!」


 ……こいつは一体、何を言っているんだ?


「ガンツ、何かあったのか?」


 腕を組み、いつもの表情に戻ったアメリアがそう言うとガンツはパッと僕の服から手を離した。


「ああ、なんかクラムの兵が来て、アメリアちゃんを出せって」

「クラムの兵? なんの用だ?」

「それが聞いても言わないのよ」

「まあ、いい」


 アメリアがドアに向かって歩き出し、一旦僕の前で立ち止まる。


「すぐ戻る。そしたら答えを聞かせろ」


 そう言って部屋を出て行くアメリア。

 ……だが、アメリアは戻ってくることはなかった。




 アメリアがクラムの兵に連れられてから、二日が過ぎた。

 相変わらず、アメリアやクラムから何も情報が入って来ない。


「いくらなんでもおかしいだろ!」

「チャーリー。落ち着いてください」


 執務室には僕とランシエ、ニナにガンツというメンツが揃っている。


「チャーリー君の言うとおりだよ! アメリア様が連れて行かれてからもう二日だよ! って、いうか、あなた、なんでチャーリー君のこと呼び捨てにしてるの!」

「チャーリーは、ぼくの嫁ですから。名前で呼ぶのは当然だと思います」

「何言ってるの! チャーリー君は私の旦那さんだよ!」

「……白黒、つけましょうか?」

「望むところだよ!」


 チェンソーを構えるニナに対してランシエは魔力で対抗しようと右手を広げる。


「って、おい。話が逸れてるぞ。……ガンツ、こっちから攻めることはできないのか?」

「ランシエの言う通り、冷静になるのよ、チャーリーちゃん。アメリアちゃんを助けるために『国』に喧嘩売るのも大変なのよ。『街』同士の戦争とはわけが違うわ」

「だからって、このままずっと待ってろっていうのかよ!」

「アメリア様を助けるためなら、私、なんだってやるよ!」

「ニナ・ローツ。場をかき乱すのは止めてください。ガンツ様は相手の出方を見るのも大切だと言っているんです」

「出方を見てて、もう二日経ってんだぞ!」

「チャーリーちゃん、ランシエに当たってもしょうがないわよ」

「う……。す、すまん」


 嫌な胸騒ぎがどうしても治まらない。

 早くなんとかしないと取り返しがつかなくなる。そんな漠然とした焦りだけ募っていく。


「チャーリー。大丈夫です。アメリア様はきっと無事です」


 ギュッと右手を握ってくれるランシエの手は力強くて暖かい。


「こらー! どさくさに紛れて、チャーリー君の手を握るなー! っていうか、私も握っていい?」


 ニナが対抗するように僕の左手を握ってくる。ニナは何がしたいのかよくわからない。

 だけど、ランシエとニナのおかげで少しは冷静になれた。


「なあ、ガンツ。戦争とかじゃなくって、僕がクラムの城に行ってアメリアを救出してくるっていうのはダメなのか?」

「今、打てる作戦としてはそれくらいしかないわね。だけど、かなりリスキーよ。『国』王の城に忍び込むのは至難の技だし、見つかったら死罪間違いなしよ?」

「見つからなきゃいいんだろ?」

「ホント、あなたは肝が太いわね」

「チャーリー。ぼくも行きます」

「じゃあ、私も!」


 ランシエが心配そうな表情で僕に寄り添い、「はい、はい」っと手を上げるニナ。


「嬉しいけど、複数の方が見つかりやすくなる。僕一人の方がいい」

「そうねえ。チャーリーちゃんは生者だから、兵たちも手を出せないはずだしね。今のところ、チャーリーちゃんが一番適任よ」


 ガンツの言葉を聞いて、しょぼんと肩を落とすニナとランシエ。


「よし、じゃあ、行ってくる」

「ちょーっと待ちなさいってば! そのまま行っても無駄よぉ。城の中に入れなくて、周りをウロウロするのがオチよ」

「どういうことだ?」

「あのねえ。『国』王が住む城が、そんなにホイホイ簡単に入れるわけないでしょ。当然だけど入り口は一つしかないし、そこをくぐり抜けるのは無理。窓とかから入ろうとしても、外側からは開かないし、割ったりしたら、すぐにバレるわ」

「じゃあ、どうしたらいいんだよ?」

「だから、それを今考えて……」


 そこに勢い良くドアを開けて、ボブが入ってくる。


「大変や! 国王の兵士が街を取り囲んどる!」

「どういうこと? 例え、国の王でも街を攻めるには正当な理由がいるはずよ?」

「あっちは、謀反だって言っとる! なんでも、この街ぐるみで国を乗っ取ろうとしたって」


 僕たち四人が顔を見合わせる。


「どういうことだ?」

「何か変ね。やり方が強引過ぎるわ。……ねえ、ボブちゃん。あっちの要求は? 何か言ってきてる?」

「大人しく投降せいって。街の住民全員、しょっ引くつもりやで」


 ボブの話を聞いて、僕の頭にピンと一つの作戦が閃く。


「なあ、ガンツ……。僕に秘策があるんだけど」

「かなりリスク高いわよ。失敗したら、トラボルタ墓地の住民全部巻き込むことになるわ」


 言わなくてもガンツにはバレているようだ。


「けど、ここで抵抗したところで、状況は変わらないどころか悪化するだけなんじゃないか?」

「ま、それもそうね」


 こうして、僕らトラボルタ墓地の住人は抵抗することなく捕まり、思惑通りクラムの城に連れて行かれたのだった。

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