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第21話 アメリア・ブライトマン

 日が沈むか沈まないか、ギリギリの時間。


 僕が生きていた頃は夕方と言われ、一日の終わりを意味する時間だった。

 だけど、今は活動開始を告げる、嫌な時間になってしまっている。

 意識が虚ろい、微睡みの瞬間は結構至福の時間だ。

 一秒でも長く味わいたい。


 ――バン!


 勢い良く扉が開かれる音が、耳の奥に響いて意識を少しだけ覚醒へと近づける。


「なんやねん、チャーリー。まだ寝とったんか!」


 顔を見なくても分かる。ボブの声だ。

 この認識が出来ている時点でほとんど起きてしまったと言っても過言じゃない。

 だが、僕には最後の技が残されている。

 二度寝だ。

 目を開けることなく、意識を闇の中へと滑り込ませ……。


「早よ、起きや。仕事始まんで!」


 バッと布団を剥ぎ取られる。

 イラっとして目を開けると目の前にゾンビの顔が接近していた。


「うおっ!」

「お、やっと起きたか」

「……お前の顔はいい気付けになるよ」

「そ、そうか? なんや、照れるなぁ」


 ボリボリと後頭部を掻くボブ。同時に、ボタボタと床に後頭部の肉片が落ちる。

 褒めてないし、頭を掻くのを止めて欲しい。

 掃除するのが大変なんだぞ、血とか肉片ってなかなか落ないんだぞ。


「……で? こんな早夜からなんの用だ?」

「何の用って、仕事に決まってるやん。今日から仕事開始やろ?」


 オーイット事件での功績が認められ、僕には二週間の休みが与えられていたのだ。

 アメリアもなんだかんだ言って、そういうアメとムチが上手い。

 それで、僕はこの二週間遊び惚けていたのだ。

 昨日も朝更かしして、寝たのが三時間前くらいという、何とも乱れた生活になっている。

 僕は仕方なく上半身を起こし、ニヤリと勝ち誇ったようにボブに告げた。


「ふっふっふ。ボブ。悪いが、僕はもう副官代理補佐なんだ。防腐剤配りなんて、下っ端の仕事はしなくてもいいのだよ。これからは仕事が減るはずさ」

「あ、これ、アメリア様から。チャーリーに渡せって」


 そう言ってボブが一枚の羊皮紙を出してきた。

「アメリアから?」


 受け取って、中身を読んでみる。そこにはアメリアの字でこう書いてあった。


 『貴様の副官代理補佐としての主な仕事』

 ・ニナの墓守の補佐

 ・ゾンビどもの仕事の監視

 ・買い出し

 ・あたしのストレス解消

 ・防腐剤配りおよび勧誘(ノルマ一日五百体)


「増えてんじゃん!」


 バリっと紙を真っ二つに破る。

 あいつは僕を殺す気か?

 なんだよ、この仕事の量は!

 それに『あたしのストレス解消』ってなんだよ。

 何をさせる気なんだ! 


 まったく……アメとムチの、ムチの部分が激しすぎる。

 これじゃ死ぬぞ!


「という訳やから、早よ、仕事行くで。ほら、着替えや」

「……はいはい」


 ため息をついて、ベッドから降り着替え始める。

 防腐剤配りが終わったら抗議に行こう。




 執務室のドアをノックすると「どうぞぉ」という気持ち悪い声が聞こえてくる。

 前まではこの部屋には一人しかいなかったから、アメリアが返事してくれていた。

 だが、今は副官代理がいるから毎回、ガンツの声で返事されるのだ。


 別にアメリアの声が好きってわけじゃないけど、ガンツの気持ち悪い声よりは心臓に優しかった。

 ドアを開けると、どデカイ机に座ったアメリアが真正面に見る。その横にガンツが立っていた。


「うむ……。良い法案だな。だが、この箇所については住人にとってリスクが高すぎる」


 手に持っている羊皮紙見ながら、アメリアがガンツに向かって言う。


「ええ? そうかしらん? いいんじゃない? どうせ住人なんて、文字通り腐るほどいる……」

「ガンツ! あたしが直せと言ったら直せ」

「もう! ホント鬼畜なんだからぁ。これなら、あの時、死刑になった方がマシだったわ」

「今からでも遅くないぞ」

「わかったわよぉ。やればいいんでしょ、やれば」


 口を尖らせたガンツは部屋の隅にある自分の机に座って、仕事を再開する。

 オーイットとの合併から二週間。ガタガタだった経済は回復の兆しをみせているのだという。

 それにはガンツの功績が高かったというのも噂で聞いている。

 巧みにゾンビの心理状態を利用した法制度の改革は、トラボルタ墓地とオーイット墓地の住人の一体感を見事に成し遂げた。


 それに、女官についたランシエの手腕の凄さにアメリアも舌を巻いたというのも有名な話だ。

 最近では仕事が減ったと、嬉しそうに愚痴を漏らしているとニナが言っているのを思い出す。


「なんだ、用があるなら早く言え」


 新しい羊皮紙の書類に目を通しながら、こちらを見ることなくアメリアが言う。


「副官代理補佐として言わせてもらう!」

「却下だ」


 ペラペラと羊皮紙をめくりながら、あっさりと告げられる。


 あれ?

 内容も聞いてないのに?

 しかも僕の役職、今、なんの効果もなかったぞ?


「この時間にこんなところに来ると言うことは暇なのだな? では、新しい仕事を与えてやろう」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「ほう? では、あたしのストレス解消の方だな?」


 初めて顔をこちらに向けたアメリアは不気味な笑みを浮かべる。


「新しい仕事ってどんなのだ?」

「かなり重要な仕事だ。しくじったら殺されるかもしれんが、まあ、貴様なら簡単にこなすだろう」

「内容を言え、内容を。てか、怖ぇよ。何をやらせる気だ?」

「ふむ。聞きたいか? いいだろう」


 不気味な笑みを浮かべたままアメリアは喋り始める。

 その内容はアメリアらしい、最低で最悪で最凶のものだった。




「チャーリー。グッドアフタヌーン」


 一旦部屋に戻ろうと歩いていると、ふと後ろから声をかけられる。

 振り返ってみると、そこには手を後ろで組んだランシエが立っていた。


「完全に深夜になってるけどな。で? どうしたんだ? 僕に用事か?」

「会いにきました。今、暇ですか?」

「来てくれたのは嬉しいが、さっき、アメリアから難題を押し付けられてさ。部屋で作戦を練ろうかと思ってるんだ」

「良かった。それでは、遊びに行きましょう」

「聞けよ、人の話!」

「聞いています。チャーリーはぼくが会いに来て嬉しいって言いました」

「……都合の良いところだけ聞くなよ」

「大丈夫です。その難題、ぼくも一緒に悩んであげますから。まずは息抜きに街を散歩しましょう」

「まず息抜きって時点で、おかしいだろ」

「ぼくがエスコートしてあげます」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに、はにかむランシエ。

 なんで、この世界の奴らは人の話を聞かない上に強引なのばっかなんだ?

 僕は大きくため息をついて、自分の部屋に戻るのを諦めたのだった。




「段差、気をつけてくださいね」


 先に段差を登ったランシエがすっと手を差し伸べてくる。

 普通、逆だろと思ったが言ったとろこで無駄に終わる。

 なので、素直にランシエの手を取って段差を跳ねるように登る。


 街外れの路地裏。

 辺りにはほとんどゾンビもいなく、遠くからゾンビ犬の遠吠えが聞こえるほど閑散としている。

 街灯もほとんどないが月が馬鹿みたいに明るいので、ランプまでは必要ない。


「クラム様の弱みを握って来いだなんて、凄いこと言いますね。さすがアメリア様です」

「貪欲で強欲なだけだ。さらにそれを人にやらせようってところが、もう救いようがない」


 アメリアから命令されたのは、単純明快だった。


「クラムの弱みを何か見つけてこい!」


 その一言を誇らしげに言う姿は暴君の化身そのものだ。


「でも、確かに変な噂が立っていますよ」


 横を歩くランシエが僕をつぶらな瞳で見上げながら言う。


「噂? クラムのか?」

「はい。最近は体を壊してばかりで、公務もままならないと。仕事は全部部下に押し付けてるそうです」

「まるで、アメリアみたいだな」

「アメリア様は人一倍仕事してますよ。……って、そんなことチャーリーが一番わかってますよね」


 ふふふっと笑わった顔が可愛かったので、反論はしないでおいた。

 まあ、確かにあいつは影で、人が見てないところですげー仕事してるからな。

 ホント、意地っ張りな奴だ。


「さらに、もう一つおかしな噂もありまして……。あ、こっちです」


 路地裏からさらに奥へと入っていくランシエ。

 そこは路地裏というか、獣道に近い雑草が生い茂った細い通路だった。

 既に周りに建物はなく、どちらかというと林の中という感じだ。


「おかしな噂って?」

「一ヶ月くらい前に出没した墓荒らし。あれって、クラム様の部下が犯人だという噂です」


 ランシエの言葉で、鮮明に墓荒らしのことが脳裏に蘇った。

 そう。確かにアメリアは墓荒らしの顔を見て、クラムの部下だと言っていた。


「なあ、仮に墓荒らしがクラムの部下だったとして、墓を荒らして何かクラムに得があったりするのか?」

「まさか。ありませんよ。墓を荒らせば街の住人が減ります。住人が減れば街の税収が減り、街の税収が減れば、国に……クラム様に入るお金も減るだけですから」

「うーん。そうだよなぁ……」


 あの後もアメリアは首をかしげていた。なぜ、クラムの部下が墓荒らしなんてやっていたのかを。


「着きましたよ」


 そう言われて顔を上げると、いつの間にか小高い丘に立っていた。


「あそこがクラム様の城です」


 指さした方向には、巨大な要塞のような城が佇んでいる。

 あそこまでデカイなら、逆に侵入しやすそうだ。

 距離的には街から出て、二時間くらい歩く程度か。


「よし、じゃあ、今日のところは敵情視察ってことで、帰るか」

「そ、それじゃ、この後……で、デート……しませんか?」


 湯気が出そうなほど顔を赤くして、俯きながらポツリとランシエが言った。

 こういうギャップは正直言ってズルいと思う。

 依然、僕はランシエのことを男だと思い込んでた時期があったこともあるくらい、いつもは男っぽいのに不意に女らしい可愛い部分を見せてくる。


 頬のところが熱くなっていることを悟られないように、ランシエから顔を逸らして頷いてみせた。

 クラムの城の場所を教えてくれたお礼ということにして、僕はランシエと一緒に街を回ることにした。

 その裏では、すでに事件は勃発していて取り返しのつかないところまで深く入り込んでいたことすら、気づくことなく、僕は気楽に遊んでいたのだ。

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