その日のうちにトラボルタ墓地とオーイット墓地の合併が決まり、王はアメリアが着くことになった。
次の日の夜、トラボルタ墓地はお祭りのように賑わっていた。
住民の仕事は全て休み。料理を作ったり、祭りの準備をしたりする奴らは交代で宴会に参加している。
そんな中、アメリアは一人で屋敷のバルコニーから街を見下ろしながらワインを飲んでいた。
「いいのか? 祭りの主賓がこんなところにいて」
アメリアの横に立ち、一緒に街のバカ騒ぎを見下ろす。
「残念だが、馬鹿どもと飲む酒が、その世界に存在せん」
広場の中央には大きな焚き火が燃え上がり、その周りをゾンビたちが歌いながら踊っている。
そんな様子を、笑みを浮かべて愛おしそうに見ているアメリア。
「少しはその意地っ張りなところを直したらどうなんだ?」
アメリアは苦笑し、体を反転させてバルコニーの縁に背を預けるようにして寄りかかる。
「あたしのやって来たことは、くだらなくて意味がなかったんだな」
「だから言っただろ。もう少しこの街の奴らを信用してやれってさ」
「気付いてた奴、いるんだろうか?」
「刻印がないってことか? ああ、バレてたと思うぜ。お前が王になる前から行ってる店のオヤジなんか
にはとっくに」
「裸の王様ならぬ裸の女王だな」
「そりゃ、ゾンビどもが喜びそうだ」
穏やかな風がふわりと流れ、アメリアの美しい髪を浮き上がらせる。
「もう少し、素直になってもいいんじゃないか? あいつらなら、きっと受け止めてくれると思うぜ」
「……そうだな。考えておく」
「おお? 今日はやけに素直だな。なんか不気味だぞ」
「……貴様が素直になれと言ったんだぞ」
「まさか聞いてくれるとは思わなかったんだよ。僕の言うことをさ」
「ふん。今回、貴様はかなりの活躍をしてくれたからな。その礼だ」
「え? 頑張った報酬が僕の言うことを聞いてくれることなのか?」
「不服か?」
「当たり前だ! 褒美なら休みを一ヶ月くれるとか……」
アメリアは抗議する僕の前に立ち、顔を挟むようにして両手で掴んだ。
――そして、キスしてきた。
……おデコに。
「これでもまだ不服か?」
「あ、いや……その……」
呆然として、口をポカンと開けたままの僕の顔を見て、満足そうに笑みを浮かべるアメリア。
「さて、そろそろ下に降りて、住民どもにも労いの言葉をかけてやるか。貴様も早く来いよ」
そう言ってバルコニーから出ていく。
ふわりと風が僕の顔をくすぐるようにして吹き抜けていった。
「……ズルい」
僕はもう少しここで風を浴びて、火照った顔を冷ますことにした。
次の日の夜は、トラボルタ墓地とオーイット墓地の住人が一堂に会していた。
広場をびっしりと埋め尽くすようにして立っているゾンビたち。
高台に上がったアメリアは集まっているゾンビたちに一括するように言う。
「あたしは差別する気は毛頭ない! 頑張った奴には相応の褒美を出す! 元オーイットの住人だろうと、元奴隷だろうと関係ない! 今日からここにいる者は皆、トラボルタ墓地の住人だ! しっかり励め!」
ワッと歓声が上がる。
アメリアが王としてこの街に君臨できていたのは、刻印を持っていたと思わせていたわけでも、膨大な魔力を買い集めていたわけでもない。
この懐の深さだ。これが王たる器なのだと思う。
「貴様もだぞ、ガンツ」
「は、はひぃ!」
声を掛けられ、ビクリと大きく震えるガンツ。
牢屋に入れられるわけでも、縛られているわけでもない。
「貴様の悪知恵には、大いに期待している。あたしの片腕としてしっかり働いてもらうぞ」
「格好いいわぁ……。アメリアちゃんが男だったら惚れてるわ、私」
ウットリした目でアメリアを見るガンツ。
まあ、確かに今日のアメリアはいつもより何か格好いい。
「あと、チャーリー・バロット。壇上へ上がれ」
「……なんだよ?」
いきなり名指しで呼ばれて驚いたが、変にごねても場の空気を盛り下げるだけだと思って仕方なく台に登る。
「今日から貴様は、あたしの副官とする」
「は?」
「今回、貴様は大きな手柄を上げたからな。それに見合った報酬だ」
「え? ちょ、ちょっと待てよ。報酬は昨日……」
「ん? 昨日? あたしが何か報酬をやったか? 何をやった?」
悪戯っぽく笑うアメリア。
くそ、完全におちょくられている。
「辞退する」
ピクリとアメリアの眉が上がった。
「なぜだ?」
「言ったはずだぞ。偉くなるのは面倒くさいから嫌だ」
「ぷっ……。くくく。はっはっはっは」
豪快に笑うアメリア。
そして、目の端に浮かんだ笑い涙を指で拭う。
「なるほど。わかった。では、副官代理補佐に任命する」
……なんだ、そりゃ?
偉いの? その役職?
「他の者に示しがつかん、受けろ。功績者には正当な報酬を出す約束をした後だぞ」
「……はいはい。わかったよ」
「次、ランシエ・クイーン。壇上へ上がれ」
「は、はい!」
ランシエも壇上へ上がってきて、ビシッと背筋を伸ばしてアメリアの前に立つ。
「貴様は女官として、あたしの身の回りの世話をやってもらう」
「ありがとうございます!」
へー。つまりは側近ってことだよな。
昨日まで敵だった奴を二人も側近にするなんて、やっぱアメリアの懐は深ぇ……。
……ん?
あれ? 待て待て待て。
「ア、 アメリア。お前、今、変なこと言わなかったか?」
「ん? なんの話だ?」
「今、ランシエを女官にって……」
「それがどうした?」
「いやいや、だって、男で女官って」
「こいつ、女だぞ」
「……へ?」
バッとランシエの方へと振り返る。
ランシエは頬を少しだけ赤くし、やや俯きかげんで視線を横にズラす。
「……ぼくは自分を男だなんて、一言も言ってません……」
「いやいやいや! だって、お前、もっと男らしくって……」
「もう、男の体は必要ありません。だって、チャーリーがそう言ってくれましたから」
「……」
「今は……女で良かったと思ってます。……だって、そうじゃないとチャーリーと……」
そこまで言って、顔を真っ赤にしたランシエは両手で顔を覆った。
うっそーーーーーーーん!
僕の男友達作るって夢は?
うう……。男同士の友情にトキメいた、純情な男心を返してくれ。
「最後に貴様らに言っておく!」
がっくり肩を落とす僕を尻目に、アメリアが住人たちに向けて締めくくるように叫ぶ。
「絶対にこの街を良い街にしてみせる! しっかり、あたしに着いて来い!」
今までで一番の歓声が、轟音のようにあがった。
ゾンビたちの声が一固まりの波動のように押し寄せて、ビリビリと僕たちの体を震わせる。
うん。こいつは立派な王になる。
そんな絶対的な確信が胸の奥から湧き上がってきた。
「そしてこれが貴様らへの、最初の『命令』だ!」
アメリアがポケットからガンツから奪った刻印を出して掲げる。
「あたしの為に馬車馬のように働け! 『あたしにとっての』良い街にするため、腐っても働き続けろ!」
「ええーーーーーー!」
「鬼っ!」
「悪魔っ!」
「ゾンビっ!」
歓声が一気にブーイングへと変わる。
「お、お前な……」
「なんだ、文句があるのか? 貴様が言ったんだぞ。もう少し素直になれとな」
「……いや、あれは、そういう意味じゃなくて……」
落雷のように鳴動するブーイング。
だが、徐々に変化が帯びていく。
「でも、そんなアメリア様が好きだー!」
「一生、着いて行きます!」
「踏んでくださいっ!」
再び、歓声へと戻っていく。
その様子を、腕を組んで不敵な笑みを浮かべながら見下ろすアメリア。
「ふふん。貴様の言うとおりだな。こいつらは、ちゃんと受け止めてくれた」
前言撤回。
こいつは最低で最悪でどうしようもない暴君になるに違いない。
そんな、絶対的な確信が胸の奥から湧き上がってきたのだった。