トラボルタ墓地に戻り、アメリアに報告をする。
「なるほど……。そういう手があったか」
執務室の椅子に座っているアメリアが右手で前髪を掻き上げた。
「いや、お前、勘違いしてないか? 僕はオーイットを何とか解放できないかって言ってるんだ。断じて、こっちでも奴隷制度を取り入れろと言ってるわけじゃない!」
「あいつめ、なかなか面白いこと考えるものだ」
人の話を聞かないのは相変わらずだが、ここは引くことはできない。
「もし、お前が何もしないって言うなら、僕一人でも攻め込むからな」
「……戦争でも起こす気か?」
やっと僕の方を見たアメリアの目は、心底呆れていた。
「まあ、場合によってはな」
「ふん。貴様らしくもない考えだな。人と争うことは好きではなかったんじゃないのか?」
「ああ、そうさ。僕は暴力が嫌いだ。けど、その暴力で泣いてる奴がいるなら助けたいって思ってる。たとえ、僕自身が暴力を使うことになってもな」
「言ってることが支離滅裂だな。そんなところが、貴様らしいと言えば、貴様らしいか」
「なあ、何とかならないのか?」
もう一度、アメリアに問いかけると、腕を組んで目をつぶった。
こう見えても、ちゃんと考えてくれている。
「いくら貴様が生者で多少は力が強いと言っても、街一つを相手となればボコボコにされるに違いないだろう。まあ、それを見たいという気持ちがあるが……」
あ、最低なことしか考えていなかったみたいだ。
「でも、まあ、下僕が一人減るというのは正直面白くないな」
「じゃあ!」
「慌てるな。まだ何とかしてやるとは言ってない!」
アメリアがピシャリと言ったが、僕の頬は思わず緩んでしまう。
だって『まだ』って言ったし。
本当はちゃんと助けてくれる奴だと、僕は勝手に思っている。
「簡単な話しではないのだ。戦争と言ってもな。攻め込むには大義名分が必要な上に……」
「あんなことをしてる街だ! それを止めるってだけで十分、大義名分が立つだろ」
「どうやって証明する?」
「あ? 何がだよ?」
「確かに奴隷制度は一応禁止されている……」
そう。
この無秩序のような死後の世界でも、法は制定されている。
じゃないと、文字通りカオスな世界になるだろう。
ほぼ死ぬことのない身体だ。
放っておけば何をするかわかったもんじゃない。
そして、アメリアは僕をあざ笑うかのように言葉を続けた。
「が、それをどうやって、オーイットがやっているのかを証明するのだ?」
「そんなの簡単だ。僕が証言する」
「ふん。貴様ごときが何を言ったところで信用性など欠片もない。せいぜい、気が狂るっているとバレるだけだ」
「ヒドイなっ! 僕は狂ってなどない」
「じゃあ、ただの阿呆だ。大体、告発など、その街に住んでいる者がしないことには意味をなさない。たかだか、数日観光で行った奴が騒いだところで、ただの嫌がらせをしているとしか思われん」
「うっ……。じゃ、じゃあ、オーイットで会った、あのゾンビならどうだ? 喜んで協力してくれると思うぞ」
「それが妥当だろうがな……。ただ、問題はどう戦争を起こすかではなく、どう勝つか、だ」
「なんだよ、そりゃ。お前らしくもなく弱腰だな。大丈夫だって。お前がいれば、ガンツなんて目じゃねーって」
「確かに一体一なら、負ける気がしない」
「なら!」
「言っただろう。簡単ではないと。いいか。そもそも、他の街に入るには手続きが必要だ。仮に亡命者のように、街に忍び込んだとしても上手く力が使えん」
「は? そんなメンドくさい、後付けような設定があるのか?」
「これだから、阿呆と話すと疲れるのだ」
わざとらしく大きくため息をつくアメリア。
こいつ、人の神経を逆撫ですることに関してはプロ級だな。
「いいか。最初に亡命してきた貴族ゾンビだが、わざわざこっちで縫い合わせてやっただろう」
「……あ」
そうだ。
ゾンビは例え、その場で木っ端微塵になったとしても、数時間で勝手に再生されるはずだ。
なのに、あの貴族ゾンビは再生されるどころか、まったく傷口が塞がっていなかった。
「それに、奴は下級とは言え貴族だ。ニナにあっさり真っ二つにされるとは思えん」
「なるほど……」
「つまり、ガンツに許可をもらわん限り、あたしがあの街に入ったところで大した力が出せん。あいつが、あたしが街に入ることを素直に許可するとも思えんしな」
「……八方塞がりか」
「ああ……。それに……」
アメリアが何か言おうとした瞬間、バンと執務室のドアが開き、一体のゾンビが入ってきた。
「アメリア様、大変で……ぎゃー」
後ろから攻撃されたようで、ゾンビが前のめりで倒れる。
「ふふふ……。お邪魔するわよぉ」
ゾンビを踏みつけながら入ってきたのは、ガンツだった。
「え? あれ? ちょっと待てよ、アメリア。許可がないと他の街の住人は入って来れないんじゃなかったのか?」
「……」
アメリアは無言でガンツを睨みつける。
……どういうことだ?
アメリアがこいつを許可するとは思えんし……。
「あ、わかった。お前、亡命して……」
突如、ガンツが光の玉を出して、天井に向けて放った。
地鳴りのような轟音を立てて、天井に大きな穴が開く。
どう見ても、ちゃんと力が使えているようだ。
「貴様……どんな手を使った……」
アメリアが絞り出すような、かすれた声で言う。
「あらん? 不思議? そうよねえ。まあ、あまり引っ張ることでもないし、教えてあげるわ。さ、入ってきなさい」
部屋の外に向かってガンツが声をかける。
すると、今度は部屋にランシエが入ってきた。
「ランシエ……。お前、なんかやったのか?」
そう問いかけるが沈黙で返される。
「なんだ、全然わかんねえ、アメリア、どういうことだ?」
隣にいるアメリアに視線を向けるが、アメリア自身も困惑した表情を浮かべている。
「ふふふ。まだ、わかんない? まあ、仕方ないかもねぇ。刻印を持ってないんじゃ」
「なっ!」
ガンツが街に入ってきたことも驚いたが、それ以上にアメリアが刻印を持ていないことがバレていることのほうが遥かに驚愕した。
「アメリア様、どうなさいましたかっ!」
ゾロゾロとゾンビが入ってくる。お、仲間が来たと心の中で若干の安心を感じたところで、アメリアが一括した。
「貴様ら、部屋の外に出ていろ」
「あらあら、ひどいわねえ。いいじゃない。どうせすぐに、この街の住人にはバレるんだから、聞いてもらいなさいよぉ」
「くっ……」
「じゃあ、まずは種明かしの方をしようかしら。どうして、私がトラボルタ墓地に入ってこれたのか」
そう。そこが一番の疑問だ。
そして、そのキーとなるのがランシエと言っていた。
ランシエはうつむいたまま、顔を上げようとしない。
「他の街に入るための許可をもらうのには、二つの方法があるの」
ガンツがぶっとい指を二本立てる。
ピースしているようで、ちょっとイラっとした。
「一つ目は個人が許可を取る方法。これは、オーソドックスよね。大体はこの方法をとるわ。でも、今回は違ったのよ」
「焦らすな。さっさと話せ、おっさん」
悪態をつくアメリアだったが、額と頬には汗がにじんでいる。
かなり追い込まれていると思っていいんだろうな。
それを見抜いてか、ガンツは一瞬不快そうに眉をピクリと動かしたが、すぐにキモイ笑みを浮かべる。
「もう一つの方法は、階級に紐づく……つまり刻印自体に許可をもらうものよ」
「刻印に……だと?」
「まずはランシエに私の刻印を渡しておいたの。そして、ランシエは『私の刻印』の方で観光許可をとったというわけよ。だから、今回、街の観光許可をもらったのはランシエじゃなくって、あ、た、し!」
「そんなことが……」
「できるのよ。現に私がここにいるのが証拠。まあ、でも、落ち込むことはないわ。刻印を持ってないなら、その方法は知りえないんだもの」
ガンツの言葉にザワリとゾンビたちが囁きだす。
「刻印がないって、どういうことだ?」
「アメリア様が……?」
「そんな馬鹿な……」
いきなりの告発に動揺するゾンビたち。
その様子を見て、舌打ちするアメリア。
「ちっ……」
「いやぁ、ほーんと、苦労したわよ。この作戦を考えるの。でも、こんなに上手くいくなんて、私、自分の才能が怖くなるわぁ」
「ふん。あまり調子に乗らない方がいいのではないか? こちらにはまだ、亡命者という切り札もあるんだぞ」
「やーね。やっぱり、あんたはまだまだ小娘だわ。その亡命者も作戦のうちなのよ」
「な、なんだと?」
「うっふっふ。気分がいいから、ぜーんぶ教えてあげるわ。きっかけは墓荒らしよ。あのせいで、オーイットの経済はガッタガタ。それを立て直すのに、手っ取り早いのは他の街を乗っ取ることよ」
ニヤニヤしたガンツは高らかに話を続ける。
「そこでまずはトラボルタ墓地に亡命者と見せかけた部下を送り込んだの。そして、すぐにランシエを向かわせた」
ガンツが後ろからランシエの両肩にガシッと手を置く。
ピクリと小さく体を震わせたランシエだったが、顔を上げようとはしない。
「あなたのことだもの。その場で、亡命者を観光者に切り替えるはずよ。あなただって、こちらから金を奪いたいはずだもの。街に留まらせて、オーイットの情報を聞き出そうとするわよねぇ」
こ、こいつ……かなり、アメリアの性格を把握してやがる。
「そうすれば、ランシエが監視のために街に留まるっていう理由が成立するわ。あなたは渋々でも観光の許可を出すはず」
「くっ……」
「ふふふ。あなたのその、悔しそうな顔はそそられるわねぇ。頑張った甲斐があったわ」
歯ぎしりするアメリアを見て、紅色した頬に両手を当ててウットリ顔をするガンツ。
「あんたが、フェイクの亡命者を調べている間にランシエがしっかりトラボルタ墓地のことを調べてくれたわ。……で、掴んだのが、あんたが実は刻印を持っていないんじゃないかという仮説」
「……」
「ヒントさえ貰えれば、気づくのは簡単。前々からおかしいと思ってたところもあったしね。で、確信したのが、ランシエの刻印を奪い取ろうとしたことよ。いけないわねえ、これは。あんたはランシエよりも階級の高い刻印を持っているはずなのに、階級の低いものを奪おうなんて有り得ないわ。合理主義のあんたは特にね」
……あれ? アメリアが僕を睨んでるぞ。
もしかして、ランシエの刻印を奪おうとしたことがバレたのを怒ってるのか?
いや、お前が命令したことだし、無理矢理でも良いって言ったじゃねーかよ。
それはただの逆恨みだぞ。
「そして、一旦ランシエをオーイットへ帰らせ、私の刻印を持たせてから、またトラボルタ墓地へと戻らせたの。一度、観光を許可してるから簡単に許可したでしょ?」
今回は完全にアメリアはガンツの手のひらの上で踊っていたようだ。
このおっさん、キモイくせにすっげー頭良いな。
「ね? チャーリーちゃん。また会えたでしょ?」
パチリンとハートが出てきそうな感じのウィンクをするが、スキンヘッドのおっさんがやると毒々しさしかない。
だが、そんなことより……。
「ランシエ。お前……僕をずっと騙してたのか?」
ピクリと体を震わせるが、やっぱり顔を上げようとしない。
「お前、オーイットの現状を見て、おかしいって思ってたはずだろ? ……なんでだよ。せっかく友達になれるって思ったのに。なれたと思ってたのに」
「チャーリー・バロット。あなただって、ぼくを利用しようしたはずです」
やっと顔を上げたランシエの表情は、何を考えているかわからないような冷たいものだった。
まったく興味を持っていない、虫けらを見るような目と表情。
「確かに最初はそうだった……。だけど、僕は……」
「ぼくは、全てを犠牲にすることになっても、ガンツ様を裏切ることはできません」
「ほーほっほっほ! 可愛いわねぇ、ランシエは。それでこそ、私の側近よ。さてと、そろそろチェックメイトといこうかしら」
高笑いをするガンツの横で、ランシエは再び顔を下ろして俯いたのだった。