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第16話 オーイット墓地の秘密

「まあぁ! 随分と可愛いお供を連れてきたわねぇ」

「申し訳ございません、ガンツ様。来るなとは言ったのですが……」

「いいのよ、いいのよ。可愛い子、大歓迎!」


 な、な、なんだ、こいつは?

 ガンツ?

 こいつがオーイット墓地の王なのか?

 ガンツって名前からして、てっきりゴツイ奴だと思っていたのに……。

 あ、いや、ゴツイにはゴツイけど……。


 ガンツと呼ばれた巨漢の男は、鋼の筋肉に覆われている。

 スキンヘッドに鋭い目。ニヤっと笑ったときに垣間見える犬歯は長く鋭い。


 一見すると山賊、盗賊、海賊、凶悪犯。

 とにかく、まっとうな人間に見えない。

 王というイメージから対極にいるような……戦では先頭切って切り込んでいきそうな、無骨な男だった。


 だけど……なんで、そんな格好をしてるんだ?


 ガンツはフリフリの結婚式に着るような白いドレスを身にまとっている。

 分厚い唇には毒々しいほど赤い口紅。

 長い爪には宝石がついているかのようなキラキラした物体とこれまた赤いマニュキュアがほどこされている。

 全てのぶっとい指には所狭しとダイヤの指輪がはめられているが全然似合っていない。

 とにかく、アメリアですら裸足で逃げ出しそうな豪華な装飾がそこにはあった。


「チャーリーちゃんって言うの? 可愛いわね。ガンツよ。よ、ろ、し、く、ね」


 玉座から降り立ったガンツは僕の前に立ち、僕の手をとって頬ずりする。

 全身が一気に鳥肌立つ。


「あ、ああ……。よ、よろしく……」

「ガンツ様、この者がしばらく街を見て回りたいそうです。観光の許可をお願いします」


 ランシエがかしこまりつつ、ガンツに言う。


「いいわよぉー。何日でもいて。なんなら、こっちに引っ越して来ちゃいなさいよ。今なら、私のペットにしてあげるわよぉ」

「え、遠慮しとくよ……」

「なによぉ。つれないわねぇ」


 身をクネクネさせながら、口を尖らせる。

 ま、まさかこの世でゾンビよりもおぞましい者が存在するとは……。

 あ、いや、こいつもゾンビなんだろうけども。

 ガンツが胸元に手を突っ込んで、一枚の羊皮紙を取り出す。


「はい。これ、観光の許可書よ。これがあれば、街の食べ物とかホテル代はタダになるわ。な、ん、な、ら、今夜は私と寝る?」

「断固拒否で!」

「あらん。ウブねぇ。そういうところも、気に入ったわ」


 や、ヤバイ! は、吐きそうだ。

 アメリア、初めてお前と意見が合ったぞ。

 こいつとは仲良くできねえ。

 絶対無理。


「どこに入ってもいいけど、地上には出ない方がいいわよ。私、責任取れないから」

「地上? そうだ、地上は何であんなに荒廃してるんだ? それに、地上送りってどういう……」

「チャーリーちゃん。一つだけ教えてあげる。一流の身分というのは権力だけじゃなくって、住む場所、食べるもの、着るもの全てが一流じゃないといけないの。逆にね、奴隷には奴隷にふさわしい住む場所があるのよ」


 にこやかな笑顔だったが、その瞳は心底冷たい目をしていた。

 亡命してきた貴族ゾンビが「ガンツ様にはもうついていけない」と言ったのもなんとなく分かる。

 確かに、この街には何か大きな秘密がありそうだ。




 早朝。

 僕はベッドから降りて辺りの気配を伺う。

 足跡一つしない。


「よし、行動開始だな」


 準備運動がてら体をネジってポキポキ鳴らしながら、部屋の中を見渡す。

 とにかく、広くて豪華。この一言だ。

 十人以上が雑魚寝できそうなほど広い上に、部屋の中央には三人ぐらい並んで寝れそうなデカイベッド。

 壁にはよくわからんけど、高そうな絵画。

 地上で見た風景とは真逆な建物だ。


 僕は部屋から出て、昨日の記憶を頼りに地上への階段を目指す。

 幸い、迷うことなくたどり着く。


「あ、ヤベっ! 鍵、持ってねーや」


 昨日、ランシエは鍵を使ってドアを開けていた。

 それがないと開けれない……と思ったが、内側からは軽くひねるだけの、家に付いているような鍵だったので助かった。


 地上に出てみる。

 相変わらず荒廃していて、閑散としていた。

 取り敢えず、ウロウロと散歩気分で歩いてみる。


 大体、一時間くらい歩いた頃だろうか。

 どこからか、怒号が微かに聞こえてくる。

 声がする方向に歩いてみると、ドンドン怒号が大きくはっきりと聞こてきた。


 そして、これは……ムチを打つ音?


 そこはまるで巨大な城……いや、要塞のようだった。

 全てが鉄で出来ている。門も扉も、壁も……。

 奇妙なのが、窓が一つもないところだ。

 アメリアの屋敷が十個は軽く入りそうな、とてつもなく大きい四角い箱のような建物。


 辺りには見張りはいない。基本、ゾンビは朝に活動できないから、遭遇率も低いはず。

 そう思って扉の方に近づいた瞬間、内側から扉が鈍く低い音を立てて開いた。

 中から出てきたのは一体の、頭が半分吹っ飛んでいるゾンビ。


 まさか、この時間にゾンビに出会うと思っていなかったから、反応が遅れて出てきたゾンビとバッチリ目が合った。


あ、やべっ……。って、ん?

 こいつ、なんか見たことあるような……。


「あ、あなたは……!」


 目を見開き、こちらに走ってくるゾンビ。


「お、お願いです! 助けてください! トラボルタ基地に行きたいです!」

「あ、思い出した! お前、あのとき勧誘した新人か!」

「ちょっと、こっちに来てください!」


 頭が半分吹き飛ばされたゾンビに手を掴まれ、木陰へと移動した。




「奴隷?」

「はい。僕は騙されたんです。あのシルクハットの人に」


 木陰で地面に並んで座ると、ゾンビはポロポロと泣きながら語り始めた。


「朝も夜もなく、僕ら奴隷は働かせされているんです。そうして、得たお金で地下の貴族たちは贅沢三昧をしているって聞きました」


 脳裏に昨日の賑わっている地下の街の風景が蘇る。


「七日間の間なら他の街に移れるはずなのに、ずっと監禁されてたんです」

「……なあ、どうして、お前ら朝なのに活動できるんだ?」


 ゾンビは本人の意思とは関係なく、朝は眠りについて活動できないはずだ。

 ゾンビはボロボロの服を捲って、首にかけられたペンダントのような物を見せてきた。

 ペンダントの部分には透明の石のような物が埋め込まれている。


「これのおかげだと思います。特殊な魔力が込められていて、朝でも長時間活動できるんです。直接太陽の光を浴びれば、十分ももたないんですけど」

「へー。便利なものがあるんだな」

「これのせいで、僕たちには朝がないんです! もうここは地獄です。いっそ死んでしまいたい」

「もう、死んでんだけどな。……なあ、そんなに嫌なら仲間と一緒に反乱でも起こせばいいんじゃねーか? 朝に攻め込めば簡単に全滅させられるぞ」

「無理ですよ。地下の入口がわからないですから」


 ……なるほど。

 ランシエが昨日言った「対策を練らないといけない」というのは、地上の奴らに対してだったのか。

 反乱を起こさせないために、入口をわからなくさせるという戦法なんだ。


 じゃあ、僕がその入口を教えれば……。

 などと考えているとゾンビが次の一言を呟く。


「それに、人数が足りません。数で圧倒的に不利です」

「は? そりゃ、おかしいだろ。こういうのって、下の階級の方が多いに決まってるはずだ。そうじゃないと上級層の生活を維持できない」

「一ヶ月くらいまでは、それも可能だったんですけど……随分と仲間が減る事件があって……」

「あ、墓荒らしか!」


 そういえば、周辺の街もやられたって噂だったな。

 うちも結構やられたんだった。


 ゾンビはコクンと頷き、ぐいっと涙を拭いた。


「新しく入った人たちだけがドンドン減っていって……。恐怖でした。僕もいつ、消されるんだろうって。僕以外の新人が全員消えてしまったときは、もう終わりだと思いました」

「え? 新人だけ?」

「はい。ここ四ヶ月ほど前に入ってきた新人だけが狙われたようです」


 あれ? うちもそうだったのかな?

 そういうところ、ニナならあんまり気づかなさそうだ。

 まあ、人のこと言えねーけど。


「そうなのか……。でも、なんでお前は無事だったんだ? お前、こっちに来たの、一ヶ月くらい前だろ」

「調べてみたんですけど、どうやら、僕と一字違いの名前の人がいて間違えられたんだと思います」


 間違われて消されるなんて、不憫すぎる。

 それにしても名前を知ってて、わざわざ探して墓を荒らしていたってことか。

 一体なんのためだ?


「その新人の一覧って誰でも手に入れられるのか?」

「まさか。見られるのは王ぐらいですよ」

「王が犯人ってことはないよな?」

「有り得ませんよ。なんの得もないどころか、新人が減って一気に働き手がいなくなったんですよ。そのせいで、労働時間も伸びましたし、税金を払えない貴族が奴隷に落とされているくらいですから」

 昨日の貴族ゾンビが暴れていた様子がフラッシュバックのように再生される。

「最近じゃ、勧誘係も無理矢理拉致するように新人を連れてくるようですから、かなりひっ迫してるんだと思います」

「無理矢理拉致か……」


 そういえば、ボブが最近新人の数が激減したって言ってたな。

 オーイットが究極の青田刈りをしていたってことだ。

 許せん!


「お願いします! 亡命させてください。この不当な労働を国王に知らせれば、なんとかしてくれるはずです」

「国王って……クラムだよな? ……あんまり期待できないと思うぞ」

「とにかく、ここから出たいんですっ!」


 しがみついてくるゾンビ。

 かなり必死だ。

 その必死から、今までどれくらい過酷な労働を強いられていたのかが垣間見える。


「偵察ですか?」

「うわわっ!」


 いきなり後ろから声がして、心臓が飛び出るほどビックリした。

 振り向くとそこにはランシエが腕を組んで仁王立ちをしていたのだった。

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