「別に着いて来なくてもいいです」
オーイット墓地への道のりを、ランシエと一緒に歩く。
遥か遠くの地平線に太陽が沈みかかり、辺りを朱色に染め上げている。
「観光だよ、観光。今度はランシエが僕を案内してくれよ」
「ぼくは観光していたわけではないですし、一度も案内してくれと頼んだ覚えはありません」
「うっ……! ま、まあ、そこは友情ってことで。な? 連れてってくれよ」
「勝手にしてください。ぼくは拒否してるわけもありませんので」
「さっすが、話が分かるぜ」
「ただ、あまり期待はしない方がいいですよ」
「ん? なんでだ?」
「着けばわかります」
そこまで言って、ランシエはピタリと話すのを止めて歩き続ける。
なぜオーイット墓地へと向かっているのか?
それは、ランシエが一度戻って正式な手続きをすることになったからだ。
当初は亡命した貴族ゾンビを呼び戻すだけを想定していたようだ。
だから、遅くても二日後くらいにはオーイットに戻るはずだったらしい。
それが最短でも一週間に伸びたので、一旦戻ろうということになったのだ。
そこで便乗して、僕も観光がてら偵察としてアメリアに行ってこいと言われ、こうしてランシエと共にオーイットに向かっているというわけである。
よくよく考えて見るとオーイットにはニナの件で行ったことがあるし、ランシエにも会っていることに気づいたが、わざわざ言うことでもない。
あの時は急いでいたし、街の入り口までしか入ってなかったから今度はゆっくりと街中を見られる。
実はちょっと楽しみだ。
歩いて一時間程度で街に着いた。
空は完全に暗くなっている。ゾンビたちにとっての活動の時間だ。
街は賑わい始めているころだろう。
……などと思っていたが、全くの逆だった。
「え? あれ?」
「だから期待しない方がいいって言ったんです」
入国の手続きをした後、街に入ると閑散としている。
人っ子一人、ゾンビっ子一体いない。
野良ゾンビ犬すらいない状態だ。
街は暗いというより、そもそも街灯がないし、建物自体少ないように感じる。
トラボルタ墓地と同じように街を横断するように大きな石畳の道が走っていた。
だが、道の両サイドには廃墟と言っても差し支えがないような古ぼけた木でできた家がポツン、ポツンとあるだけだ。
ゴーストタウン……いや、滅亡した街と言ったほうがしっくりきそうな勢いで荒廃している。
トラボルタ墓地とは正反対といった印象だ。
なんとなくあの貴族ゾンビが亡命したくなったという気持ちもわからんでもない。
「オーイットって、あんまり人が住んでねえのか?」
「置いていきますよ」
立ち止まって呆然とする僕の横をすり抜けるように通り過ぎて、歩いていくランシエ。
「お、おい。待てよ」
慌てて後を追うと、大通りを十メートルほど歩いた後、急に横道へと逸れた。
古い教会の前で立ち止まる。他の建物と同様に窓や壁にヒビが入り、まったく手入れがされていないような教会だった。
中に入っても印象は変わらない。
ステンドガラスは割れているし、椅子や床に穴が開いている。
天井には蜘蛛の巣がいっぱいだし、とにかく最悪の状態だった。
ただ、気になることがあるとすれば――。
「なあ、ここってまだ使われてるのか?」
思った疑問をそのまま言ってみるとランシエはピタリと立ち止まり、振り返る。
その顔には僅かにだが、動揺が隠れているように見えた。
「なぜです?」
「あ、いや、大したことじゃないんだけどさ、床に足跡があったから……」
埃まみれの床に数人の足跡があるのが妙に気になっただけなんだけど。
ランシエの反応を見る限りなんかヤバイことだったのか?
僕の指摘を聞いて、足元に視線を落とすランシエ。
「なるほど。足跡ですか。そこには気が回りませんでした。対策を練らないといけないですね」
僕の疑問に答えることなく、一方的にそれだけを言い残して再び歩き始める。
なんだ? 対策って。
疑問はさらに増えただけになってしまった。
だが、聞いたところで答えてくれそうになかったので黙ってついていくことにする。
教会の最奥へとたどり着くと、小さいドアがポツンと佇んでいた。
ランシエはポケットに手を入れて、小さい金色の鍵を取り出す。
それを鍵穴に刺し、ガチャとひねる。
「へえ、鍵付きのドアか。なんか、ヤバイもんでも隠してんのか?」
「阿呆なのか、目ざといのか分かりづらい人ですね」
ため息混じりにそう言われる。
……最近、なんかこんなことばっか言われてる気がするなあ。
そんなに僕って阿呆っぽい顔してるのか?
やはり僕の質問に答えることなく、ランシエはドアを開けた。
人一人が通れるほどの細い幅の地下への階段。それも結構長い。
石の階段に靴が当たり、その音が反響して聞こえる。
階段を下りきったところに、また小さなドア。
さっきとは違う鍵を使ってドアを開けるランシエ。
ドアを潜った先には驚くような光景が広がっていた。
お祭り。
最初に想像したのは、それだった。
地下に隠れた、活気に溢れた街。
中央に大きな広場があり、音楽隊が楽しげに演奏する。
高そうな貴族のような服を着たゾンビたちが、演奏に合わせて踊っている。
広場を取り囲むように屋台が立ち並び、良い匂いを放っていた。
よく見ると、広場にいる奴らや屋台から出てくる奴らは、食べ物の味を楽しむ程度の肉体のパーツはあるような感じだ。
呆然と辺りを見回している僕の服の袖を、クイクイとランシエに引かれる。
「ボーッとしてないで、行きますよ」
ランシエを見失わないように、人混みの中を必死にかき分けて進む。
それにしても、なんでわざわざこんな地下に街を作ったんだ?
まるで、コソコソと隠れるように……。
「おい! 早く開けろ!」
いきなり、横から怒号のような声が響いた。
声がした方向を見ると、屋敷の玄関の前に迷彩服を着た軍隊のようなゾンビが二体立っている。
「上納金の滞納が三ヶ月以上になった。貴様は地上行きに決まったのだ!」
軍人ゾンビの一人がドアをガンガン叩きながら叫ぶ。
「素直に出てきた方が身の為だぞ! ドアを壊して入るからな!」
もう一体の方の軍人ゾンビが叫ぶ。と、同時にバンとドアが開く。
出てきたのは貴族の服に身を包んだ細いゾンビだった。手には短剣を握っている。
「い、嫌だ! 地上には行きたくねえ! ここで暮らせねえなら、死んだ方がマシだ!」
短剣をブンブンと振り回しながら、貴族ゾンビが叫んだ。
だが、短剣はまったく軍人ゾンビには当たらない。逆に武器を奪い取られ、組み敷かれる。
「安心しろ。ここでの記憶は消してやる。これからは地上で存分に働くのだな」
「嫌だーーー!」
まるで断末魔のように大声を放つ貴族ゾンビ。
おいおい。なんだかよくわからんが、無理矢理っていうのがムカつくぞ。
自然と軍人ゾンビたちがいる方向に歩き出す。
が、すぐにランシエが僕の腕を掴んだ。
「離せ」
「何をする気ですか?」
「黙ってられんだろ」
「あれは仕方ないんです」
「仕方ない?」
「税金を納めないゾンビはここに住めないんです」
「なんだ、そりゃ? 金を払わないと街に住めないってのか?」
「それがここの決まりです」
「お前はどうなんだ?」
「え?」
「あれを見て、何とも思わないのか?」
僕の問いに、ランシエは小さく唇を噛み、拳をグッと握る。
「……何も知らないくせに」
そう呟くと、僕の腕から手を離して背を向けて歩き出す。
「好きにしてください。ただし、どうなってもぼくは知りませんから」
ズキンと胸が痛んだ。
あいつも……苦しんでるのか?
一気に怒りが萎えてしまった。
もう一度振り返って騒動があった方を見る。
既に軍人ゾンビも貴族ゾンビもいなくなっていた。
街は再び、陽気に活気に満ち、ゾンビたちは踊り続ける。
僕は大きくため息をついた後、ランシエの背中を追ったのだった。