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第12話 アメリアの命令

「別に案内など必要ありません」

「まあまあ、そう言うなよ。せっかくなんだから、楽しめばいいだろ」


 夜の街をランシエと共に、並んで歩く。

 既に深夜の一時を過ぎているので、街は大賑わいしている。

 ちょうど夜食の時間で、防腐剤店や死肉店の前はどこもゾンビの行列ができていた。

 ゾンビの列を縫うようにして進んでいく。


「言っておきますが、ぼくは本当に観光したいわけではないんですけど」

「知ってるって。あの貴族を見張るためだろ? 大丈夫だって。勝手に逃がしたりはしないし、逃げられたりもさせない。もし、この街からいなくなるようだったら、僕が責任を取るさ」

「あなたに責任を取るほどの甲斐性はなさそうですが」

「う……」


 痛いところを付いてくる。


「あと、ぼくを出し抜いてあの貴族から情報を引き出そうとしても無駄ですよ。部下がもう、この街についた頃です。二十四時間、ずっと監視させてもらいますから」

「うぅ……」


 さらに痛いところサクっと刺してきた。

 だが、まだこっちの真の目的までは感づかれてはいないはずだ。


「なあ、そういえば、お前ってガンツって奴の側近って言ってたよな?」

「それがなにか?」

「えっと……その……。ハンコ持ってるのか?」

「ハンコ? 何のです?」

「あ、いや、ほら。えーと、偉い人が持ってるやつ」

「……刻印のことですか?」

「そ、そうそう。刻印。持ってるのか?」


 僕はなるべく怪しまれないように、自然を装ってランシエに問いかける。

 しかし、ランシエは眉根を寄せて身構え、警戒心バリバリでこう言った。


「渡しませんよ」


 な、なぜ狙ってるってバレた!

 クソぅ!

 僕の完璧の演技を看破したと言うのか。


 ……やるな、ランシエ・クイーン。


 ヤバイな。

 これでアメリアの命令の遂行が難しくなった。

 まあ、あんまり乗り気じゃなかったからいいけど。失敗したら土下座して許してもらおう。

 それにしても……アメリアのやつ、なんでこいつの刻印なんか欲しがるんだろうか?



 昨日の夕方のランシエが来たときの騒動の後。

 アメリアに部屋の外に強引に連れ出されて一方的に押し付けられた命令は無茶苦茶なものだった。


「刻印を奪え」

「お前の、星の数ほどある欠点の中で割と重大なものの一つに、説明を省きすぎるところがあるよな」

「期限は一週間だ」

「あー。人の話を聞かないっていうのも、致命的だな」

「欲を言えば、ランシエ・クイーン自身にもバレないようにだが……まあ、これは貴様のようなクズには絶対無理だから、勘弁してやろう」

「あと、人を見下すとことか、ホント最低だよ」

「失敗は許さん。命で償ってもらう」

「そういう理不尽なところ、マジで殺意湧くよな」

「ずべこべ言わず、あたしがやれと言ったらやれ!」


 いきなり胸ぐらを掴んで、頭突きをしてくる。

 痛かったことより……アメリアの顔がすぐ目の前に迫ったことでのドキドキの方が優ったのが自分の中でかなり悔しい。


 ホント、美人なんだよな。

 黙っていれば絶世の美女なのに……。

 性格がヤバすぎる。


「まあ、やるだけやってやるけど、最低限の情報はくれよ。刻印ってなんだ?」

「ある一定階級以上の者が貰える印鑑ようなものだ。それがあれば、他者を強制的に支配下に置ける。簡単に言えば権力の象徴のようなものだ」

「ああ……。お前が好きそうな物だな。で? それをたくさん集めると、出世できるとかなのか?」

「いや、数は関係ない。重要なのは種類だ」

「……種類?」

「階級ごとの刻印があるのだ。あのゴリラが持っているのが、『国』の中では最高級の刻印ということになる。もちろん、階級が上の刻印は権限も大きく上がっていく」


 ……ゴリラ?

 ああ、クラムってやつのことか。

 あのゴリラ王子ね。


「クラムが持っているのって、僕が生き返るために必要な刻印だよな?」

「そうだ。あたしが今、最優先で欲しい物の一つだ」

「最優先って言ってる割に、欲しい物が複数あるような言い方だな。強欲は身を滅ぼすぞ」

「阿呆。強欲なくして成長はありえん。だから貴様はいつまでたってもクズなのだ」

「はいはい。で? その刻印って奪うのも有りなのか? 盗品でも効力を発揮できるんだな?」

「七日間所持していれば、所有権が移る」

「へー。そんなルールだと奪い合いで大変だよな。やっぱり、僕は偉くなるのは面倒くさいって思うほうだよ」

「貴様らしいな。唯一の長所と言っていい」


 フフっと笑うアメリアはやっぱ、ちょっと……綺麗だ。

 まあ、言ってることは劣悪だけど。


「あれ? ちょっと待てよ。あのランシエってやつより、お前の方が階級は上だよな? 街は違うけど」

「当然だろ。あんな青臭いガキと比べられること自体不愉快なほどだ」

「だったら、いらなくないか?」

「……」


 ぴくりとアメリアの眉の端が上がる。


「数は関係ないし、階級ごとで権限が上がっていくんだろ? で、ランシエよりお前の方が良い刻印を持ってるんだから、下の階級の刻印は必要ないんじゃないか?」

「同じことを二度も言わせるな。ずべこべ言わず、あたしがやれと言ったらやれ!」


 フイっと背を向けて歩き出すアメリア。


「最後に一つだけ。刻印ってどんな形なんだ?」

「自分で調べろ」


 振り向きもせず行ってしまう。

 急に態度が豹変したな。

 なんか、触れちゃいけないところに触れちゃったか。

 とはいえ、やる気は出ねーけど命令は命令だ。やってみるか。




「……ト。チャーリー・バロット。聞いているんですか?」


 ランシエの声で、ふと我に返る。

 相変わらずランシエは不審物を見るような目で僕を見ていた。


「ん? ああ、悪い。ちょっと考えごとしてたんだ」

「妙な企みは止めることですね、チャーリー・バロット。もし強行に及ぶようでしたら、ぼくは容赦なく、あなたを八つ裂きにします」

「ホント、こっちの世界の奴らって物騒なのが多いな。ああ、あと、チャーリーでいいぜ。ぼくもランシエって呼ぶし」

「呼び捨ては止めてください。慣れなれしい」

「硬いこというなよ。男同士なんだし、仲良くやろうぜ」

「……」


 僕は腕を組んで空を見上げる。

 雲一つなく、星が点々と輝いて光っている。

 街の灯りのせいで、若干、光は弱まって見えるが月に負けじと頑張っているように見えた。


 生きていたときは、こんな風に空を見ることもあまりなかったし、そもそも、外に出ることも少なかった気がする。

 引きこもり気味だったよな、僕は。


「……考えてみたら、僕って男友達っていなかったんだよなぁ。元の世界でも、こっちでも。ゾンビもいれればいるってことになるけど、男以前に人間として見れないからなぁ。そこを男友達として認めると負けな気がする」

「寂しい人生ですね」

「うっさい!」

「まあ、いいでしょう。特別にぼくを呼び捨てにすることを許可します」

「そりゃどーも」


 まずは第一ステップ完了ってところか。少しだけ距離感が縮まった気がする。


「あなたって、変ですね」


 気のせいだった。いきなり変態呼ばわりされたぞ。


「いえ、言葉が足りませんでした。不思議な雰囲気を持っていますね。ゾンビとは何か違う……」

「ああ、僕は生者なんだ。生きて、この世界に迷い込んだんだよ」

「生きてですか? そんなこと有り得ないと思うのですが」

「まあ、来ちまったんだから、仕方ねーだろ。で、ランシエ、なにか食いたいものあるか?」

「え? 食べたいもの……ですか?」

「あまり高いものは奢ってやれねーけど、穴場くらいは知ってるぜ」


 街には僕のような、ほとんど体が揃っている人間用の飯を出してくれるところが極端に少ない。

 ゾンビとの割合から考えると当然かもしれないが、それでも、十数店はある。

 と、いうのもアメリアが美食家を気取っていて、店に毎月援助して潰れないようにしているとどこかで聞いた覚えがあった。


 まあ、どうでもいいけど。


「結構です。ぼくはサンドウィッチを持参していますので」


 あっさりと僕の誘いを断ったランシエ。

 だが、見たところ何もサンドウィッチどころか、ゆで卵一つ持っていなさそうだった。


「屋敷に置いてあるんだろ? それじゃ、すぐ食べれねえじゃん」

「ぼくは別にご飯を食べに来ているわけではないですし、そもそもあなたに奢ってもらう筋合いが……」

「固いこと言うなって言ってんだろ。ほら、行くぞ。店は僕が勝手に決めるからな」


 ランシエの細腕を掴み、路地裏へと入って行く。


「手を離してください、チャーリー・バロット。路地裏に連れ込んで無理矢理、刻印を奪う気ですか」

「チャーリーでいいって。それに、まずは腹ごしらえだ」


 僕の手を振り払おうとするランシエの腕をしっかりとつかみ、半分引きずるようにして進む。


 ……ランシエが男で良かった。

 女の子だったら、犯罪の臭いがするところだ。

 危ない危ない。


 家と家の壁が作り出す迷路を進み、ゴミを漁る野良ゾンビ犬を蹴散らして、三十メートル進む。

 その先に突如、湧き出るように湯気が漂ってくるのが見える。


「あった、あった。ここだ」

「逃げたりしませんので、手を離してください」


 引きずるように進んだことを根に持っているのか、ランシエは目を細くして口を尖らせている。

 その仕草が子供っぽい感じがしたので、思わず笑ってしまう。


「悪い、悪い。ほら、食べようぜ。ラーメンって知ってるか?」

「……その笑みは不愉快です」


 ブツブツ言いながらも、ランシエは僕に続いて屋台へと入っていった。

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