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第11話 ランシエ・クイーン

 それは満月の夜のことだった。

 コウモリがキィーーー!と甲高い鳴き声で目が覚める。


 ……もう、夜か。

 ダルイ。

 二度寝したい。


 ベッドの上でアクビをしながら伸びをするが、寝起きで頭がボーッとしている。


「チャーリー。早よ、来い。防腐剤配りに行くで」


 ボブがガチャリと僕の部屋のドアを開けて覗き込んできた。


「先に行っててくれ。すぐ行くから」

「なんやねん。まだ着替えてないんかい。いっそ、ゾンビになれば着替えとかいらんくなるで」

「遠慮しておくよ」

「あんなぁ、それでなくても最近新人が激減してるんや。ぼやぼやしとったら、他の街に取られんで」

「大丈夫さ。この街にはボブっていう凄腕の勧誘者がいるんだ。きっと、なんとかしてくれる」

「ん? ま、まあな。オレがいりゃ、なんとかなるよな」


 ボブは照れたように頬を掻く。

 そのせいで、ボタリと頬の腐肉が落ちる。


 これがなけりゃ、いい奴なんだけどな。


「じゃあ、駅近のいつものとこで待ってるで!」


 上機嫌でボブは行ってしまう。

 ボブがいなくなったのを機会に二度寝しようとか考えた。

 が、そのあとアメリアに拷問されるくらいなら素直に起きた方がマシだと思い直す。

 のそのそとベッドから出る。


 えーと、服、服っと……。

 あ、やべえ、洗濯してねえ。


 一瞬、ボブの言うとおりゾンビになれば、服の洗濯とかいらなくなるならいいかもと思った。

 しかし、ボブの腐った体を思い出すことで、その考えを打ち消すことができる。

 仕方なく、昨日着た服を着ることにして、パジャマを脱ぐ。


「チャーリー君、大変!」


 今度はニナがバンと僕の部屋のドアを勢い良く開けた。


「きゃー! チャーリー君、早夜から大胆! 私、まだ心の準備できてないよ」

「すまん、ゾンビに興味ない」

「ひどいっ!」

「で? なにが大変なんだ?」

「あ、そうそう。変わったゾンビ犬が出たの」

「変わったゾンビ犬?」

「うん。ちょっと来てくれないかな?」


 やれやれ。

 とっくにニナの勤務時間は終わっているのに、真面目な奴だ。


 僕は若干急いで服を来て、ニアが言うゾンビ犬のところへ向かった。


 ……あ、防腐剤配り、忘れてた。

 すまん、ボブ。頑張って僕の分まで配ってくれ。



「……ただのゾンビじゃねーか」

「え? そうなの?」


 墓地の入り口辺りにぐったりと白目を剥いて倒れていたのは、真っ二つに切り裂かれた男のゾンビだった。

 ゾンビとは言っても、両手両足、顔の一部分は生身だ。

 なんとか、朝に少しくらいなら行動できるくらいのレベルだ。

 あと、真っ二つになっているのは、ニナがチェーンソーでぶった切ったかららしい。


「お前はどう見たら、これが犬に見えるんだ?」

「ええー。だって、街に入ってくるのって住民以外は犬だけなんだもん」

「だからって、問答無用で切ることねーだろ」

「だって、怖かったから……」

「こいつ、この街の住人じゃないってことは確かなんだな?」

「うん。一応、私、街の人の顔全部覚えてるから」

「全部っ! すげーな」

「えへへ。すごいでしょ」

「取り敢えず、中に運んじまおうぜ。こんなところに置いておいて、犬に食われても後味わりーし」

「もう私の話し終わりっ!? もっと、褒めてよー!」

「別に街の住人じゃなくても、中に入れてもいいんだろ?」


 口を尖らせプイっと横を向いて、ニナは不安そうに答える。


「うん。そんな規則はないよ。もし、一週間以上滞在するなら、観光の申請書が必要だけどね」

「意外と面倒くさいんだな。ニナはそっちの左半分持ってくれ」

「ええっ! 真っ二つのゾンビって、なんか怖い」

「お前が切ったんだろうが!」


 ……ホントにニナの相手をしていると疲れる。




「こいつはオーイット墓地の貴族だな」


 屋敷の端にある医務室。


 白衣を着た、老人ゾンビが真っ二つにされたゾンビを縫い合わせているのを見ながらアメリアが呟く。

 ちなみに、ニナは真っ二つのゾンビの左半分を持って、ここについた瞬間、倒れた。

 必死にグロイのを耐えていたのだろう。

 ここについてホッとした瞬間に緊張の糸が切れたかのように倒れたわけだ。

 だから今は真っ二つゾンビの隣のベッドで寝ている。


「隣街のやつか。なんで、またこんな早夜に」

「知らん。……が、恐らく亡命だろうな」

「なんで分かるんだ?」

「こんな時間に、貴族がこそこそと墓地側から入ってくるなど普通は有り得ん。この街に入ったことすら、誰にも気づかれたくなかったんだろうな」

「で? どうするんだ?」

「ふむ。まあ、通常の手順であれば身ぐるみ剥いだあと、野犬に食わせるところだな」

「鬼っ! 悪魔っ! ゾンビっ!」

「個人的には、新しい拷問の被検体になってもらいたい」

「……僕も亡命したくなってきたよ」

「ん? 拷問の被検体になりたいのか? それなら、いつでも歓迎するぞ」

「そっちじゃねえっ!」

「よし、終わりましたぞ」


 老人ゾンビはにこやかに笑い、満足そうに頷く。

 真っ二つにされたゾンビが綺麗に縫い合わされ、縫い跡すらわからないくらいだ。

 この老人はかなりの腕みたいだ。


「リア爺、悪かったな、こんな早い時間にたたき起こして」

「いやいや、なんの。今度、アメリア様の体を縫い合わさせていただければ、このくらい」

「……まったく。なんであたしの街の住人は変態ばかりなんだ」


 大きくため息をついて、眉間に寄ったシワを指でつまんで揉みほぐす。


「う……うう……」


 貴族のゾンビがうっすらと目を開ける。


「アメリア、気がついたみたいだぞ」

「そうか。拷問室に運べ」

「いや、話を聞くのが先だろ!」


 さっき住人のことで悩んでたけど、十分お前も変態だよ。


「う、うわああああ!」


 目をガッと見開き、バネじかけのように勢い良く起き上がる貴族ゾンビ。


「た、助けてくれっ!」


 必死の形相でアメリアの腕を掴む。

 その姿を見て、アメリアが獰猛な笑みを浮かべて見下すように貴族ゾンビに視線を落とす。


「ほう。もう命乞いか。実はあたし、助けを請うゾンビを拷問するのが一番好きなんだ」

「ど変態だな! 絶対、お前がこの街で一番の変態だよ!」

「俺はもう、ガンツ様についていけない!」


 頭をガシガシと掻きむしり、体を小刻みに震わせている。

 どうやら、拷問に対しての救援ではなく、亡命に関してのものだったらしい。

 その言葉を聞いて、アメリアの目の色が王のもの――公務時のものに変わった。


「オーイットでなにが起こっている?」

「あ、あの街はもう、終わりさ。いつ暴動が起きても不思議じゃないっ!」

「……実に興味深い話だ。詳しく聞かせてもらおう」


 なんか、僕だけ会話に混じれていない感じがする。

 まあ、無理に入ることもないとは思うけど、気になるっちゃ気になるな。


「なあ、ガンツって誰だ?」

「オーイット墓地の王だ。簡単に言えば、あたしの敵……ライバル、と言ったところか」

「なんだ、喧嘩でもしたのか?」

「昔からな……。お互いの街をどうやって奪おうか牽制し合っている」

「殺伐としてんなぁ。もっと仲良くやれよ。隣同士なんだから」

「阿呆。仲良くしていて、偉くなれるか。出る杭は打つ。ライバルは蹴落とす。これが上に登るための秘訣だ」

「僕はそんな関係、ごめんだよ」

「ふん。貴様は一生、下僕がお似合いだ。……よし、別室で話を聞こう。事務官を呼んでおけ」


 アメリアが僕に命令し、仕方なくそれに従おうと部屋から出ようとした時、突然ドアが開く。


「その取り調べ、待ってもらいましょうか」


 現れたのは髪の短い少年だった。

 白い襟付きのシャツに、ネクタイ。それにサスペンダーをして、黒いハーフパンツを履いている。


 ……あれ? いつだっけな。

 見たことあるぞ、こいつ。


「アメリア・ブライトマン。直ちに、亡命者を返していただきます」

「まずは名乗れ。そして、貴様の要求は却下だ」

「……噂通り厄介な人のようですね」

「貴様もオーイットの貴族だな? ふん、ガンツの部下は礼儀を知らんらしいな」

「むやみに、ガンツ様の悪口を言うのは止めてもらいましょうか」


 少年は無表情のままアメリアを見上げた。

 それに対して、アメリアは馬鹿にしたように笑みを浮かべて少年を見返している。


「どうでもいいが、早くあたしの質問に答えた方がいいぞ。話せる体のうちにな」

「……ぼくはランシエ・クイーン。ガンツ様の側近をしています」

「帰れ」

「……あなたの命令を聞く必要はありませんね。ぼくはその人を連れて帰るまでです」

「貴様も話を聞かん奴だな。貴様の要求は却下したと言っている」

「条例違反ですよ。亡命者は二十四時間の間に亡命国の人間が迎えに来た場合は、即日返さなければならない。確か、そう明記されていたはずですが?」

「い、いやだ! 俺は帰りたくないっ!」


 貴族ゾンビが布団に包まり、子供のように駄々をこねる。


「あなたの意思は関係ありません。とにかく、一緒に帰っていただきます」

「返さんと言ってるだろう」


 ランシエの前に立ち、威圧的な声で言うアメリア。


「戦争する気……ですか?」

「まさか。それに、この男は亡命者ではない」

「……どういうことです?」

「観光に来た。そうだな?」


 アメリアは懐から一枚の羊皮紙を出す。

 細かい、ミミズが這ったような文字が並ぶ中、真ん中に大きく『観光』というハンコが押されている。

 貴族ゾンビはガバッと起き上がって、アメリアが持っていた羊皮紙を奪うように手にとった。


「そ、そうだ! 俺はこの街に観光に来たんだ」

「というわけだ。返す必要はないな」

「……なるほど。卑怯な手が得意という噂に間違いないみたいですね」

「貴様が青臭いだけだ」

「いいでしょう。観光の申請書の期間は七日です。それまで、ぼくもこの街にいさせてもらう。文句はありませんね?」

「好きにしろ」


 そう言って、アメリアは僕の腕を掴んで、無理矢理部屋の外へと連れ出したのだった。

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