「ねえ、本当に大丈夫なの?」
ニナが心配そうに僕の袖をグイグイ引っ張ってくる。
「おいおい。今まで僕の作戦が失敗したことがあったか?」
「え? 成功したところ、見たことないよ?」
「うっさいわ!」
次の日。
つまり、タイムリミットの日の朝だ。
僕らは小屋の階段のところで息を潜めて、墓荒らしが来るのを待っている。
「今日、現れなかった終わりなんだよ?」
「わかってる。いいから、静かにして……お、きたぞ」
墓地の隅に、黒い影が動くのが見えた。
「すごーい。ホントに来たんだ」
「だから、言っただろ。僕の計算に間違いはない」
ドンと胸を拳で叩く。
……ちょっと痛かった。
人間、無理をするものじゃない。
にしても、良かった。
ちゃんと来てくれて。
実は言うと確率は半分ぐらいだった。
けど、崖っぷちの僕たちにとって、五十パーセントの確立であれば十分勝負に持ち込める。
これは賭けだった。
もし、今日、奴が来なかったら……。
アメリアに土下座して、期間を伸ばしてもらおうと考えていた。
まあ、カラクリは単純でくだらないものだ。
墓守をしているニナと僕が寝込んでしまったこと。
もう一つは二人以外に墓守ができる人間はこの街にはいないと噂を流しただけ。
そして、僕の予想通り再び墓荒らしはやってきたのだ。
なんとか、最悪の事態は避けられたことに安堵する。
が、本番はこれからだ。
ここでまた逃がしてしまったら元もこうもない。
「ニナ、アメリアを起こしてこい」
「え? チャーリー君はどうするの?」
「僕はあいつが逃げないか見張ってる。いざとなったら足止めしないといけないだろ」
「ええっ! 危険だよ」
「そう思うなら、早くアメリアを連れてきてくれ」
「私も一緒に行くよ」
「いや、お前が来ても気絶するだけだろ!」
「なによー。チャーリー君の意地悪」
「だ、誰か、いるのかっ!」
墓荒らしが叫ぶ。
やべえ! ここは息を潜めて気のせいと思わせる……。
「いませんっ!」
ニナがいきなり叫んだ。
こ、このアホ……。
「くそっ! 噂に騙されたっ!」
墓荒らしが墓地から逃げ出そうとする。
「ちっ!」
僕は階段から駆け下りて、ドクロ覆面にタックルをかます。
「は、離せ!」
「離すかっ!」
ゴロゴロともみ合いになる。
なんとか素顔だけでも見ないと思い、覆面に手を伸ばすが相手もそこは死守してきた。
「チャーリー君、危ないっ!」
墓荒らしは右手から光の玉を出現させた。
くそ、アメリアと同じようなことができるのか、こいつ。
光の玉は僕の腹部にヒットする。
「ぐはっ!」
玉が弾けると同時に、僕の体も後方へと吹き飛んだ。
息が詰まり、意識が遠のいてくるがなんとか耐える。
地面に無理矢理足をつけて、墓荒らしの方へジャンプ。
逃げようとする覆面の足を掴む。
「邪魔するなら、バラバラにするまでだっ!」
今度はさっきの三倍はある玉を出した。
ヤバイ! ゾンビなら「ぎゃー」って叫ぶだけで済むけど、僕の場合は死んでしまう。
避けようとするが距離が近すぎる。
間に合わない。
「ダメーーーーーー!」
ニナが覆面に体当たりをする。
「ぐおっ!」
死角から激突されたので、簡単に倒れてしまう。
「くそがー!」
完全に怒りの矛先がニナに向けられた。
僕に放つはずだった玉はニナの方へと飛ばされる。
そこからは咄嗟のことであまり覚えていない。
僕は物凄い速さでニナの前まで走り、光の玉を拳で叩き割ったらしい。
「な、なんだとっ! 貴様、何者だっ! こんな力……クラム様しか……」
「ほう。楽しそうだな。あたしも混ぜてくれないか?」
声がした方向へ視線を向けると、不敵な笑みを浮かべたアメリアが仁王立ちしていた。
そのときは純粋に格好いいって思った。
……ネグリジェ姿だったけど。
そこからはもう一方的な殺戮だった。
いや、拷問と言ったほうがしっくりくるかもしれない。
アメリアが放った光の玉はあっさりと墓荒らしの腕を吹き飛ばし、さらに次の玉で足を木っ端微塵にする。
「う、うう……」
倒れた墓荒らしの方へ歩み寄るアメリア。
「あたしの墓地に手を出すなんて、随分と肝が座っているな。もちろん、死ぬ覚悟……いや、死すら生ぬるいと思えるほどの苦痛を受ける覚悟は出来てるだろうな?」
「……お、俺に手を出したら、どうなるかわかっているのか?」
苦し紛れか、墓荒らしが呻くようにつぶやく。
「知らん!」
そう言って、アメリアは覆面を剥ぎ取る。
ようやく墓荒らしの素顔が露になった。
……あれ? 誰だ?
その顔は今まで見たことのないやつだった。
容疑者の十人にも入っていない。
「……貴様はクラムのところの……」
どうやら、アメリアはこいつが何者か知っているらしい。
って、あれ? クラムって確かアメリアより偉い奴だよな?
「くっくっく。何を企んでたか知らんが、これはチャンスだな」
アメリアが獰猛な笑みを浮かべる。かなり悪いことを考えている顔だ。
「貴様には、クラムを強請るための人質になってもらおう」
……あまりにも下衆な企みだった。
アメリアの部下なのが恥ずかしいくらいだ。
「ふ、ふん。そんなことをしてみろ、お前は絶対に後悔……うぐっ! ぎゃー!」
いきなり、墓荒らしが叫んだと思ったら、全身が砂になって消えてしまった。
「な、なにがどうなったんだ?」
アメリアに問いかけると、砂になったクラムの部下を見たまま舌打ちする。
「墓石に書かれている名前を削られたんだ。口封じにな」
「墓石を削られるとこうなるのか……」
そう考えれば、アメリアがあれほど怒った意味もわからんでもない。
「クラムめ、一体なにを企んでいる……」
顎に手を置き、思案顔をするアメリア。すぐにニッと笑みを浮かべる。
「まあいい。いつか必ず突き止めて、あの地位から引きずり下ろしてやる」
「……」
うーん。それにしても……。
僕はマジマジと自分の手を開いたり閉じたりする。
「どうした?」
「いや、さっきの力ってなんだろなーって思ってさ。僕には隠された凄い力があるんじゃないかって」
「ああ、クラムの部下の攻撃をかき消したことか。あれは恐らく、貴様が生者だからだろう」
「えー。そんな理由? もっと格好いいのを期待したんだけど」
「ふん。貴様ごときに特殊な力などあるわけないだろう。生きているのが唯一の取り柄のような奴にな」
「……頑張った僕に、もう少しねぎらいとか、心配の言葉はないのか?」
「チャーリー君、大丈夫だった?」
話しているところに、ニナがいきなりタックルしてくるように抱きついてきた。
ポロポロと涙を流している。頭をそっと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「ありがとな。助けてくれて」
「チャーリー君が危ないって思ったら、勝手に体が動いて……」
「あいつ、ドクロの覆面してたのに、気絶しなかったしな」
「あっ! 言われてみれば……」
「アメリア」
「ん? なんだ?」
「墓荒らしも捕まえたし、ニナも弱点を克服した。これでお咎め無しってことでいいよな?」
「ふん。そういう約束だったからな。……ニナ・ローツ!」
「は、はい!」
「これからも、墓守を頼むぞ」
「ふえーん! 頑張りますー」
今度は嬉し泣きをするニナ。
まったく、笑ったり泣いたり忙しい奴だ。
とにかく、これで一件落着だな。
次の日の夜。
ニナはアメリアの前で土下座をしていた。
「……で? 貴様は何をしていた?」
「ね、寝てましたー」
ブチッ!っとアメリアのこめかみの血管が切れ、ブシュッ!と血が噴き出す。
「寝、て、た、だと?」
「だってぇー。三日間ずっと徹夜続きだったんですー!」
「貴様が寝ていたせいで、何体のゾンビ犬が街に入ってきたと思ってるのだ!」
「ご、ごめんさーい!」
ガクガク震えながら、何度も土下座をするニナ。
……やれやれ、阿呆は死んでも治らないもんらしい。