「ドクロ、怖いんだもんっ!」
二時間後、目を覚ましたニナを問い詰めると、泣きながら言い訳を始めた。
「私、昔からドクロとか、お化けとか苦手で……。見ると気絶しちゃうの」
「ええー。お前自身も、お化けみたいなもんじゃねーか」
「これでも、ゾンビはなんとか慣れたんだけどね……。ドクロはどうしても……」
「じゃあ、過去二回、寝てたっていうのは……」
「うん。気絶してたの……」
肩を落とし、しょんぼりしながら隣に座っているニナ。
太陽は結構傾きかけているので、日差しは柔らかくなっていた。
日没まではあと三時間ってところだ。
「そうならそうって言ってくれよ」
「ええ! 言おうとしたよ。言おうとしたときに、あいつが来ちゃったんだもん」
「……ああ」
そういえばあの時、何か言おうとしてたな。
まあ、これ以上、このことを言っていても始まらない。
とにかく僕らはかなり崖っぷちに追い込まれたと言ってもいい。
「なあ、ニナ。もう一度聞くけどあいつの声とか体つきとかで、何か気づいたこととかはないんだよな?」
「……うん。ごめん」
「ってなると聞き込みもあんまり意味ねーよな。どうしようかな」
腕を組んで目をつぶり、頭をフル回転させる。
何かいい方法はないのか……。
おそらく奴は、今日はもう来ないだろう。
残り二日の間に来るかも怪しい。
なんとか、犯人の特定ができればと思っただけどな……。
と、そこでふとあることが気になる。
「そういえば、僕たちみたいなのはどのくらいいるんだ?」
「え? どういうこと?」
「ああ、ほら。朝活動できるくらい、体が揃ってる奴だよ。この街だと、僕とニナ、アメリアくらいしか見たことないからさ。そんなにいないのかなって思って」
「うーん。トラボルタ墓地は少ない方だと思うけど……大体、一つの街に五人くらいじゃないかなぁ」
「へえー。ホント、少ないんだな」
「体は高いからねー。なかなか揃えるのは難しいよ」
「ニナも結構、苦労したのか? 体揃えるの」
「ううん。全然。私の場合はチャーリー君に近い感じだから」
「僕と近い?」
「私、心臓麻痺で死んで、こっち来たんだ。だから、心臓以外は最初から揃ってたの」
「心臓麻痺? 冬に川にでも飛び込んだのか?」
「んー……」
ニアが視線を左右に何度も移し、言葉を濁す。どうやら、言いにくいことらしい。
無理に話さなくていいと言おうとしたが、先に言葉を発したのはニナの方だった。
「まあ、チャーリー君になら話してもいいかな」
決意したと言っても、話しづらいことには変わりはないのだろう。
顔を赤らめて、胸の前で両手をモジモジとさせている。
「実はね、私、誘拐されて死んだの」
重い話だった。
うん。
ごめん。あまり聞きたくなかった。
だが、僕の思いとは裏腹に一度口にし始めたことで勢いがついたのか、スラスラと話し続ける。
「うちはね、結構お金持ちだったし、私が見た目と違ってトロくさいってバレちゃって、それで狙われたみたい」
いや、見た目通りだよ。
見るからにトロそうじゃん。
そりゃ狙われるよ。
などと突っ込むとまた話が逸れるし、無駄に心に傷を負わせてもしょうがないので黙っておく。
それにしても、自分ではボーッとしてそうな顔をしてるって気付いてないのか……。
「でね、私を誘拐しようとした犯人さんの一人がね……。その……ふ、覆面を……してて……」
「……お、おいおい。まさか」
「うん……。ドクロのマスクだったの」
耳まで赤くしたニナは自分の顔を両手で覆った。
「そっから記憶がないから……きっと、それで……」
「心臓麻痺を起こしたと」
顔を覆ったまま頷くニナ。
……ある意味、それで死ねるのがすげーよ。
慌てただろうな、犯人も。
若干、犯人に同情してしまいそうだ。
「……あれ? 笑わないの?」
ニナが指の隙間から、こちらを伺うように見てくる。
「呆れた」
「もっと酷い!」
「まあ、そんなどうでもいいことよりも、今後の対策を立てようぜ」
「私の死因がどうでもいい!?」
うずくまって泣き始めるニナを見ているのも鬱陶しいので、腕を組んで目を閉じる。
話が逸れたが、情報を整理してみよう。
まず、墓荒らしは朝にやってきたということで、ほとんど体が揃っているはず。
次に、そこまで体が揃っている奴は一つの街に五人前後。
最後に、この付近の街は三つ程度。ということは、この街の人間を除けば、容疑者は十人くらいということか。
……これで犯人がアメリアだったら、さすがに意外過ぎるし、意味がわからん。
僕を追い詰めるために、墓荒らしを装うくらいはしそうだ。
しかし、実際に墓石の名前を削りまでしていることから、それはありえない。
十人か。
それくらいなら。
「よし、行くぞ、ニナ」
「え? どこに?」
「犯人を探しにだ」
落ち込んでいるニナの手を引っ張り、僕は犯人探しのために隣街へと繰り出したのだった。
結論から言うと、僕の作戦というか犯人探しは失敗に終わった。
一応は容疑者というか、それぞれの街にいる体が結構揃っている奴に会ってきた。
その結果、アリバイがあったり体格が違ったりして、調査は難航した。
それっぽい奴もいたけど、「お前が犯人だな!」と言うわけにもいかない。
それに結局は現行犯で捕まえないと意味がないことを最後の一人に会った時に気づくという体たらく。
くそ、時間を無駄にしたぜ。
というわけで、あっという間に夜が過ぎ、再び朝が訪れている。
ニナは横でスヤスヤと眠っているのだが……。
よく、この状況で寝れるもんだ。
墓地の正面にはちょっとした小屋があり、何故か入口が二階にあるというなんともアメリアが好きそうな構造をしている。
バカと偉い奴は高いところが好きというのは本当らしい。
別に、アメリアが使うわけじゃないのに……。
言われてみれば、この街って無駄に高い建物が多い気がする。
「う……ん」
ニナが階段から落ちないように、器用に寝返りを打つ。
……こいつ、手馴れてやがる。
いつも、サボって寝てやがるな。
なんとなく、イラっとしたのでニナにデコピンしてみるが、眉一つ動かさない。
首を伸ばして、階段の横にある壁から顔を少しだけ出して墓地を眺めてみる。
取りあえずは墓の方から僕たちの姿が見えないように隠れてはみたものの、一向に墓荒らしが現れる気配はない。
太陽は既に真上に登ろうとしている。あれが沈めば、また一日が過ぎてしまう。
「暇そうだな」
「うおっ!」
不意に後ろから声をかけられ、慌てて振り向く。
メリッ。
顔面に何か物体を押し付けられた。
「たわけ、見えるだろうが」
どうやら、僕の顔に押し付けられたのはアメリアの靴底だったらしい。
つまり、顔面を踏まれたのである。
なぜ、いきなりこんな仕打ちをされなければならない?
見えるって、何がだ?
今のところ見えるのはアメリアの靴底だけなのだが。
さらに襟を掴まれ、無理矢理立ち上がらされる。
アメリは口をへの字に曲げ、僕をギロリと睨んできた。
……ああ、なるほど。
今日のアメリアの格好は、相変わらずお高そうなものだが珍しく短いプリーツスカートを履いている。
まあ、確かに僕が座った状態で見上げればスカートの中が見えるかもしれないけど、踏むことはないだろうが。
てか、そんなとこから登場するのが悪い。
「珍しい格好だな」
「ん? 何がだ?」
不機嫌そうだった顔が、元のしかめっ面に戻る。
……あれ? あんまり変わらねーな。
「ほら、お前っていつも貴族っていうか豪華な服着てるよな。なんか、今日は普通っていうかおしゃれな女の子って感じだぜ。可愛いぞ」
「なっ! ば、馬鹿者!」
ガンと脛を蹴られる。思わずしゃがみこんで脛を抑えたい衝動に駆られたが、なんとか我慢した。
どうせ、しゃがんだら顔面を踏まれるに決まってる。
「まったく、無礼な奴め。ご主人様に向かって可愛いなど……。そ、それにいつもは公務中だからあんな堅苦しい格好をしておるのだ。別に趣味なわけではない」
鼻息を荒くして、プクゥと頬を膨らませる姿はいつもとは違い、年相応の十七歳に見える。
いつも、こんな感じなら可愛いのにな。もったいない。
「で? どうなのだ? 墓荒らしは捕まえられそうか?」
いつも通りの小憎たらしい笑みを浮かべて、アメリアが聞いてきた。
「余計なお世話だ」
「昨日は取り逃がしたらしいな。しかも、警備してると相手にバレたのだろう?」
「う、うるせーな」
「普通の神経なら、少なくても一週間以上はやってこないと思うがな」
「だから、うるせーって」
何が面白いのか、一瞬だけ笑みを浮かべて、すぐに真顔で僕の目を真っ直ぐ見てくる。
「今、許しを請うなら、考えてやらんこともないぞ」
「……それはニナも含めての話か?」
階段の上で寝ているニナをチラリと見下ろす。幸せそうに寝ている。
アメリアも同じく寝ているニナをチラリと見て、わずかに眉をひそませた。
「……いや、それはない。責任を負う者は必要だからな。下の者に示しがつかん」
「なら、お断りだ」
「なぜだ? ニナとはそれほど付き合いも長くないだろう。命を賭けるほどの仲とも思えんが?」
「仲が良いとか、悪いとか関係ねーよ。女の子が目の前で困ってる。なら、男として助けるのは当然だろ?」
「本当に変わった男だな。だが、三日間で捕まえられなかったら、貴様のその体、貰い受けるぞ」
「うっ……。な、なあ。もう少し刑を穏便にできたり……」
「するわけなかろう」
呆れたようにため息をつきつつ前髪をかきあげるアメリア。
「貴様は格好いいんだか、悪いんだかよくわからん奴だ」
……あれ? 今ってちょっと褒められたりしたのかな?
「策は何かあるのか?」
「え? いや……。その……」
「ふん。やはり、ただの阿呆か」
うわっ! 馬鹿にされた。
「このまま待っていても駄目、かといって探し出すのも難しい。そうなればおびき出すしかないだろう」
「……おびき出すって言っても、どうやってだ?」
「あたしはそこまで親切な人間ではない。後は自分で考えるんだな」
「ケチ」
「……猿並みの知能しかない上に向上心がないのか。本当に使えない奴だ。……自分が相手の立場だったらどうするか、その視点に立てば自ずと見えてくるはずだ」
そう言い残し、アメリアは再び小屋に入って行った。
……あ、この小屋って屋敷に繋がってるんだな。
っていうか、あいつ、何しにきたんだ?
わざわざ朝に起きてるなんて。
……おっと、今はそんなこと考えてる場合じゃなかったな。
えっと……相手の立場になって考える、か。
僕は頭をひねってみる。すると、すぐにピンとアイディアが閃いた。
「起きろ! ニナ」
「ふへ? なーに?」
眠そうに目をこすりながらムクリと起き上がる。
「作戦を思いついたぞ」
「作戦?」
「一発逆転だ」
ふっふっふ、と笑って見せるとニナはガクガクと震えだす。
「うわっ! エロいこと考えてる顔だ!」
「違せめて悪巧みしてるって言え!」
「どっちにしても、変態だね」
「お前なぁ、横でダラダラよだれ流しながら寝てたくせに、いちゃもんつける気か?」
「ヨダレなんて垂らしてないもんっ! チャーリー君だって、顔に足跡つけて、誰に踏まれて喜んでたのさっ!」
「こ、これはだなっ……」
なぜか変な口論へと発展していく。
結局、思いついた作戦を実行に移したのは、一時間後になった。