「本当にごめんね」
ニナが目を潤ませ、ハエのように手をすり合わせて謝罪の言葉を口にする。
これで、もう三十六回目だ。
「だから、いいって言ってるだろ。僕だって同罪なんだからさ」
「チャーリー君、優しいね。好きになっちゃいそう」
「悪い。ゾンビは無理」
「ひどいっ!」
目をバッテンにして、ガーンとショックを受けるニナ。
このやり取りも、すでに十五回目だ。
正直、そろそろ飽きてきた。
「それにしても……本当に広いな」
視線を上げると、そこには墓地、墓地、墓地。
際限なく墓地が広がっていた。
青々と茂る芝生の上に、等間隔で整列する白い墓石。
高さは五十センチ、横幅六十センチくらいか。
それが見渡す限り並んでいるのは、見ていて壮観だったりする。
ふむ、絶景、絶景。
普段は夜の墓地しか見ることがないので、朝にこうして見るのは新鮮な感じがする。
「大体、2キロくらい、ずっと続いてる感じだよ」
横にいるニナがアクビをしながら、伸びをする。
まだ眠いのか、目をしぱしぱさせながら、目尻に浮かんだ涙を拭っている。
「眠いのか?」
「うーん。大丈夫、頑張れるよ」
両頬をバンバンと叩きながら気合を入れている。
あんなに夜寝たのにまだ眠いってどれだけだよ。
墓守は主に朝、見回りするため夜に寝ることを許されている。
元の世界にいたときは、僕は夜型の人間だった。
だから、夜に活動できる人たちが羨ましいなんて思っていた。
だが、この世界に来たことで強制的に夜型になってしまったのだが、今度は健康的な朝型のニナが羨ましく思える。
人間、ない物ねだりが好きだということか。
「で? 墓守ってどんな仕事するんだ? 墓荒らしが出ないように見回るだけか?」
「ううん。大体は芝生の整備とか、墓石を磨いたり、壊れたりしてないかを見る感じかな」
「へー。結構大変なんだな」
空は青天で雲一つない。
強い日差しが容赦なく差し込んでくる。
そういえば、太陽を見たのなんて二ヶ月ぶりくらいか。
最近じゃ、すっかり昼夜逆転してるから、朝に起きてることに違和感があるくらいだ。
「さてと、じゃあ、二手に分かれて墓石掃除でもするか?」
「え? せっかく二人なんだから、一緒にやろうよ」
「……緊張感ねえな。僕たち結構崖っぷちなんだぞ」
「あっ! そっか、そうだよね。……ごめんね」
「だから、それはもういいって。掃除道具貸して……」
ニナが持っていたバケツとデッキブラシを受け取ろうと手を伸ばした時だった。
「ぐるるるる」
「ん?」
後ろから、前にどこかで聞いたことのある唸り声が聞こえてくる。
振り向くと、そこには野良ゾンビ犬が牙を剥いてこちらを睨んでいた。
「わんわんわん!」
いきなり僕に向かって襲いかかってくる。
おいおい!
なんで、僕に?
生きた人間には手を出せないんじゃなかったのか。
などと、パニックに陥ってるようで、意外と冷静なことを考えているうちに射程圏内に入ってくる。
犬の頭を撫でれそうな距離(撫でたくはないが)でジャンプし、僕の首筋目掛けて牙を剥いてきた。
「チャーリー君、伏せて!」
ニナの声で咄嗟に地面に伏せる瞬間、頭の上を何かがかすめる。
「ぎゃわんっ!」
ゾンビ犬が横に一刀両断され、ぱかりと割れた。
うーん。実にグロイ。
トラウマものだ。
てか、僕はこの世界に来て、いったい何個のトラウマを手に入れたのだろうか……。
犬が地面に落ちると同時に、髪もひらひらと落ちてくる。
……僕の髪だ。
一瞬でも伏せるのが遅かったら、ゾンビ犬の代わりに僕の頭が真っ二つになっていただろう。
「おい! 危ねえだろ!」
「うん、危なく噛まれるところだったね。大丈夫だった?」
いつの間に出したのか、右手にチェーンソーを持ったニナがにこりと笑う。
「いや、噛まれるより、お前に切られるほうが被害甚大だよ!」
「え? 助けてあげたのに、どうして文句言われるの?」
きょとんと首をかしげて見せるニナ。本当に天然さんだ。
「まあ、いいや。それより、なんでこんなところにゾンビ犬が来るんだ? こいつら、街には入ってこれないんじゃなかったのか?」
「うーんとね、入ってこれないって言うか、見張りがやっつけるから街にいないだけだよ」
「え? そうなのか?」
「朝は私で、夜はキース君が見張りをやってるんだよ。ほら、この場所って街の端っこでしょ? 結構、犬が入ってくるんだあ」
「へー。そうだったのか。スゲェし偉いな、お前」
「えへへ。褒められちゃった」
頬を赤らめてモジモジと体をくねらせ、恥ずかしがっている。
可愛らしい仕草だが、右手にチェーンソーを握っているから台無しだ。
というより、危なっかしい。
「でも、安心したよ」
「え? なにが?」
「墓荒らしが出ても、ニナがいれば平気って話。寝なきゃ、いいってだけの話だろ。正直、墓荒らしが出たとき、どうやって捕まえようか考えてたんだけど、心配なかったな」
「あ……。う、うん……」
一気に表情を曇らせてうつむいてしまう。
「どうしたんだよ? また居眠りしないか、心配なのか? それなら平気だと思うぜ。僕がずっと起きてるんだから。墓荒らしが現れたとき、もし寝てても起こしてやるからさ」
「ね、ねえ、チャーリー君……。あのね……」
意を決したようにニナが顔を上げた。何を言うのか聞こうとしたとき、目の端に黒い影が通り過ぎたのが見えた。
「ニナ、話は後だ。今、あっちの方に誰かがいた。行くぞ」
「あ、う、うん。わ、わかった。今度こそ、頑張る!」
顔を青くして、チェーンソーをぎゅっと握り締めるニナ。
怖いのか、小さくブルブル震えている。
「大丈夫だ。僕がついてる」
そう言って、ニナの両肩をガシッと掴む。
そうすると、青かったニナの顔が一気に真っ赤になる。
「好きだよ! 結婚して!」
「あ、ごめん。ゾンビは無理」
「ひどい!」
いつも通りのやりとりを終わらせて、ニナと一緒に身を屈めて墓石の影を縫うように歩いて黒い影がいたところまで進む。
――ガリガリガリ。墓石が削られる音が聞こえてくる。
「どうやら、ビンゴのようだな」
「そ、そうみたいだね」
「準備はいいか?」
「う、うん」
僕は勢い良く、墓石の影から飛び出し墓石を削っているやつにビシッと指を指した。
「貴様の悪事はそこまでだ!」
「え?」
そいつはビクっと体を震わせて僕を見上げた。
手には石を削るためのノミを持っている。
とにかく顔の確認が先だと思い、そいつの顔を見たが――ドクロだった。
いや、ドクロ自体はそんなに珍しくない。
ボブも手入れをサボりすぎて顔の肉が落ちて一週間くらいただのドクロ状態になっていたこともある。
だが、そいつは違った。
ゾンビがドクロの覆面をしている。
――シュールだな。
ていうか、なんでドクロをチョイスしたんだ?
まあ、顔を隠せればいいんだから、これでも良いって言えば良いんだけど……。
服装は黒いつなぎだった。
よく、工場の人とかが着るような感じの。
ただ、黒っていうのがあまり見たことないけど。
さっき、黒い影が通り過ぎたように見えたのはそのせいだろう。
「な、なんで墓守がいるんだ? 二日間いなかったのに……」
「いや、普通被害が出たら、誰だって警備するだろ」
「くそっ! 罠だったのか!」
よくわからんが、勝手に勘違いして焦っている。
今がチャンスだ。
「ニナさん、懲らしめてやりなさい!」
僕はおじいさんでもないし、変な印籠も持ってないがここは仕切らせてもらう。
「……」
「……」
僕とドクロ覆面は顔を見合わせる。
何も起こらない。
僕とドクロ覆面は同時に首を傾げる。
ふと、後ろを振り向くとニナが泡を噴き、白目を剥いて倒れていた。
……グロイ。
っじゃなくて! なんでだよ!
「くそっ! ここは逃げの一手だ!」
覆面ドクロは脱兎のごとく走り去っていく。
「あ、待て!」
「待つか、ばーかー!」
相当足の速い奴だった。
今から追っても、間に合わないだろう。
……それにしても、寝てたってこういうことかよ。
ぐったりと倒れているニナを呆然と見下ろしていると、上空でゾンビカラスが「あほーあほー」と鳴いている。
そして、ボタっと体の一部である肉を落としていったのだった。