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第6話 ニナ・ローツの憂鬱

 夜明け近く。 


「……よく聞こえなかったな。ニナ・ローツ。もう一度報告しろ」

「そ、その――寝てました。申し訳ありませーん」


 報告室という名の玉座の間。

 アメリアがいつものようにチャイナドレスを身にまとって玉座に座り、皆の報告を聞いている。

 その前に使用ゾンビたちが一堂に会す。

 もちろん、僕もゾンビたちの群れの中の一員だ。

 そんな中、夜明けが近いということでウトウトしているゾンビもちらほら見える。


 そんなゾンビを見て、僕はよくアメリアの前でそんな態度がとれるもんだと思う。

 前に、アメリアの前で気絶するようにして倒れこんで居眠りした(今考えるとスゲー居眠りだ)ゾンビがいた。

 まあ、その後、アメリアにボコボコにされていたが。


 僕の場合はアメリアの前で気を抜くなんて、自殺行為に近い。


 そんなみんなが眠そうにしている中、一人不機嫌そうにこめかみをヒクヒクとさせているアメリア。

 ニナはそんなアメリアの前で土下座をしている。


「寝、て、た、だと?」


 血管をビキビキと浮き上がらせ、牙をむくようにギリっと歯ぎしりをした。


 ――ヤバイ。ガチ切れだ。


 周りのゾンビたちも、アメリアが本気で怒っているのを肌で感じた(いや、肌はないんだが)のか、いつものようにセクハラ発言を控えている。


「ひぃ! す、すいませーん」


 ペコペコと何度も頭を下げるニナ。


「……で? 墓荒らしによる損害はどのくらいだ?」

「は、八千……くらい……です」

「八千! 約、一割だぞ!」

「ご、ごめんなさーい!」


 拳を握り締め、アメリアが立ち上がる。そして土下座しているニナをつかんで引き上げた。

 そして、握り締めた拳を振り下ろし……。


「アメリア、止せ!」


 ギリギリのところでアメリアの腕を掴むことに成功する。


「離せ」

「どうした、お前らしくもない」

「ふん、貴様はこの重大さがわかってないだけだ。こいつは一割の街のゾンビを夜寝で見殺しにしたんだ」

「見殺しって……どういうことだ? あいつら、殺しても死なないだろ」

「説明する気にもなれん! 誰か、後でこいつに説明しておけ!」


 アメリアは怒鳴るように言い捨てて、ツカツカとヒールを鳴らして部屋を出て行った。




「うえーん。怖かったよー!」


 ニナが僕の胸で大泣きしている。

 ……結構、ガチ目な感じで。

 ちょっと引く。


「まあ、落ち着けって。ほら、ハーブティーだ。飲め」


 まだ絨毯や床に血が残っている応接室でニナから話を聞くことにした。

 クラムが来た時には片付けていたガラスのテーブルが元の位置に戻されている。

 そこに煎れたての紅茶が二つ置かれていて、ほのかに湯気がゆらゆらと揺らぐ。

 ニナを引き剥がすと、デロンと鼻水が僕の服についていた。


 うーん。

 可愛いんだけどなぁ。

 こういうところが残念だよ、ニナは。


 椅子に座らせ、まずは紅茶を飲ませる。


「美味しい!」


 一気に笑顔が戻る。


 うん。

 こういう反応をしてくれれば、秘蔵の紅茶の葉っぱを使った甲斐があるもんだ。


 一度、ゾンビたちに飲ませてみたときは飲み込む前に横から漏れるとか、味がしないとかもうちょっと腐った香りの方がいいとかさんざんだった。

 そのときから二度と飲ませねえと誓っている。


「ホント、ありがとね。チャーリー君。かばってくれて」

「いや、女の子が殴られるのは嫌だからさ。あれは咄嗟だよ」

「嬉しかったよ」


 頬をほんのりと赤く染めはにかむ。


「お礼に結婚してあげる!」

「ごめん、死体に興味ないから」

「ひどいっ!」


 目をバッテンにして、ガーンとショックを受けるニナ。


「そんなことより、本題に入ろうぜ」

「そんなこと!?」


 さらにガーンとショックを受けたように体を震わせた。今度はちょっぴり涙も出している。


「墓を荒らすって、どういうことなんだ? それでゾンビが死ぬって……」

「えっとね、街に所属するって契約を結ぶと、墓地にニュっとお墓が出現するの」

「ニュっと?」

「うん。いきなり竹の子が生えるように、地面から出てくるの」

「すげー、光景だな」

「でね、お墓はその人の命っていうか、魂の宿り木みたいなもので、お墓が荒らされちゃったらその人は消えちゃうの」

「消える……?」

「そう。シュッと」

「……」


 擬音ばかりで微妙に分かりづらい。

 とにかく、この世界で言う『死』なんだろう。


「墓を荒らすって、具体的にどんなことだ?」

「エイッって感じで、バーンってやるの」

「……お前、わざとやってないか?」

「えへへ。バレた? えっとね。お墓は名前のところが削られたら終わりなの」

「ふーん。なるほどなぁ。で? メリットはあるのか?」

「へ?」

「ほら、殺人を犯すには動機があるわけだろ? 墓を荒らして、その犯人には何か得があるのか?」

「うーん。ないんじゃないかなぁ……」


 顎に小指を当てて首を傾げるニナ。

 っていうか小指なんだ。

 まあ、他人の癖は色々だし、あえて突っ込むところでもないし。


「ますます、わからなくなってきた。八千の墓を荒らすって結構大変だと思うぞ」

「そうだよねー。それに墓荒らしは第一級の犯罪だから、見つかったら即、墓流しの刑だからね……」


 ニナが自分を抱きしめるようにして、体をブルっと震わせる。

 その様子から相当怖い刑なんだと伺える。まあ、めんどいから内容は聞かないけど。


「そこまでのリスクを負ってまでやるってことは、怨恨か?」

「どうだろ? 八千体も恨むって、犯人はすごいネガティブさんだね」

「いや……。ちょっと待て。何も墓が荒らされた奴が恨まれてたとは限らないぞ」

「ん? どういうこと?」

「クラムが、二割の墓が荒らされたらアメリアに何かあるようなことを言ってたけど、どうなるんだ?」

「え? えーとねぇ……。確か、三級に戻されちゃうんじゃないかな? 責任取って」

「なるほど。それなら、犯人はアメリアに恨みを持つ人間じゃねーか? そういう奴をシラミつぶしで調べれば……って、多すぎるなっ! あいつ、絶対、恨み買いすぎだよ!」

「でもさー。隣のオーイットも荒らされたって言ってたよ。アメリア様は関係なくない?」

「うっ! そっか……。また、振り出しに戻っちまったな」


 応接間がしんっと静まり返る。

 だが、ニナがニコっと笑って、ドンと自分の胸を叩く。

 自信ありといった表情。

 どうやら立ち直ったようだ。


 この調子なら今度はヘマなんかしないだろう。


「大丈夫だよ! 今度こそ、私がチェーンソーで墓荒らしを真っ二つにすればいいんだから!」

「まあ、それが一番簡単で、現実的だな。頑張れよ」

「うん! 任せておいて!」


 ビッとピースをするニナに対して、グッと親指を立ててやったのだった。

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